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8.ジェシカの回想
しおりを挟む「泉とイルメラの様子がどうも怪しいんだよな。いや、いい感じっていうのか」
「何よ、怪しいって。犯罪の匂いでもする訳?」
はあっと大袈裟に溜息をつくとショータは小馬鹿にしたような視線を向けてくる。
「ホント仕事人間だな。流石、イルメラの従姉妹。ジェシカには色気のある話は理解出来なそうにないな」
人を小馬鹿にするのも大概にしなさいよ。舌打ちし翔太を睨みつける。こんなやり取りも職場での日常になっていた。彼の有能さは認めているつもりだが、相変わらずいけ好かない男だ。
「なによ、二人が恋に落ちたとでも? それとももう付き合っているとか?」
「うーん、まだ始まってはいないけれど」
常にポーカーフェイスの翔太がいつになく表情を緩めているが、そんな彼とは対照的に私は目を見開いた。
「だとしたら、イルメラの願いは叶うってことかしら……でも魔法省にそれがバレたら」
口籠る私に翔太は怪訝な表情になる。
「なんだよ。いつになく歯切れが悪いな。もっとはっきり喋れ」
「なんでもないわよ!」
会話を無理矢理終わらせ控室を出るとオレンジ色の夕陽は沈みかけ、まだ青い夜空に輝き始めた星が見えた。小さな星の輝を見ながらジェシカは学生時代のイルメラを思い出していた。
◆
「私、友達ができたの!」
そう言って嬉しそうに同級生の話をしてくれたのはイルメラが中等部に進んで間もない頃だった。普通の学校に通う私と違ってイルメラが通うのは王立魔法魔術学院。そこは魔力を持って生まれた類稀なる人間だけが集まる場所。
そう、イルメラはその類稀なる子供だった。周囲は彼女を褒め称え羨望の眼差しを向けた。年齢が近かった所為で比べられることも多かった私は、何も悪くないイルメラを次第に嫌いになり彼女に関わりたくないと思うようになった。
だが、そんな幼稚な感情はそう長く続くことはなかった。彼女は早くに親元から離され寄宿学校に入れられ王立魔法魔術学院で学ぶことになったからだ。
名門ではあるが、世間とは隔離された特殊な学校であることは間違いないかった。
長期休暇の折に私が話す同級生との日常を羨ましそうに聞く彼女に僅かな愉悦感を覚えていたのは事実だ。
イルメラは言っていた。学院は友達を作る場所ではないと。そして学院生活の話を聞く度に私の中には次第に彼女を哀れむ感情が芽生え自分は魔力持ちでなくて本当に良かったと思えるようにまでになっていた。
子供ながらに個人主義で周囲は皆ライバル、馴れ合いもないドライで無機質な友人との関係性は自分には理解出来ないし無理だと思った。私だったら早々に退学を願い出ていただろう。魔力持ちのイルメラには進む道の選択肢なんて与えられないし拒む自由さえも奪われていたのだけれど。
そんな彼女の口から友達の話を聞くことになるなんて。
中等部での代わり映えしない無機質な学生生活の話を聞かされるのかと思いっていたので正直面食らった。しかも友達というのが男子生徒であることを知って更に驚いたものだ。
それからというもの長期休暇で帰宅する度に彼の話が出てくることは当たり前で、彼女にとって彼が学院での唯一の友達である事実は卒業まで変わらなかった。
あれは、彼女が学院卒業を目の前にし短い休暇を過ごす為、自宅に帰って来ていた時のことだった。
学院のエリーコースに乗ったままイルメラは魔法省への入省も決まり前途有望な若い魔法使いと言ったところだった。なのに帰宅した彼女の顔は暗いままで私の問いかけにも上の空だ。
そして、彼女は暗い顔のまま私に聞いたのだ。
「ジェシカの初体験は数年前の恋人、ライルだったわよね……」
あまりに唐突な質問に目を瞬かせる。
「え?! ああ。そうね、彼とはその後別れちゃったけど。まあ、今でも友人として仲良くはしているわよ。何? 急にどうしたの?」
「私がいずれ魔法省から決められた相手と性交するってことは知っているわよね?」
「ええ、知っているわよ……凡人には受け入れられないけれど。有能な魔力持ちの子孫を後世に残す為にでしょう?」
「うん……」
そう言って黙り込んだイルメラを見つめた。
一般人として暮らし生活している私にとって、セックスの相手も結婚相手も自由に決めることが出来ないなんて到底受け入れられないことだった。自分はどちらかというと性には奔放な方だと思う。恋人が絶えたことはなかったし学生でありながらセックスの相手に困ったこもなかった。
しかし、彼女のような魔力持ちは、私にとって有り得ないその環境が普通なのだろう。イルメラ自身も皆がしていることだから私もそうなるのよと笑っていたし、特に不満を持っているようには思えなかった。
「彼、変なの……」
「え、変って?」
「この前、魔法省からの性交相手の決定通知が届いたみたいで。それで……彼、ちょっと前に初めての相手と……その……性交したの」
彼女の学院生活唯一の友が一足先に決められた誰かとセックスしたと言うのだ。
「そう、そういう時期が来たのね。イルメラもそろそろなの?」
「わからない。時期も相手も魔法省が管理しているから」
「うん。で、変って何が?」
「うん……えっと、彼に通知が届いたって噂で聞いて」
「うん」
「でも、彼……行為が済んだ途端、部屋を飛び出したんだって。何かあったのかと心配になって。悩みがあるなら友として聞きたいけれど。でもその……人によっては聞かれるのは嫌な人だっているし。それに彼の姿を見つけて近寄ろうとすると避けられているようで」
「……うん」
「実はね……偶然、彼の性交相手の女の子が話していたのを聞いちゃって。彼、初めての性交は無事済ませたものの……その一度きりでその後は何もないって。問い詰めた彼女に彼ったら好きでもない相手としたくないって言い切ったらしいの。彼女凄く怒ってたわ」
勿論、彼にはペナルティが与えられることになるらしいが魔法省も本人があまりに抵抗するなら相性が良くなかったということで次の性交相手を宛てがう準備をするのだという。
彼のとった行動は一般人の自分からすれば当然の感情だと思うのだが魔力持ちの彼等の特殊な世界では皆が受け入れられる事を受け入れられない彼が異端になるのだろう。
「可哀想に……」
思わず、言ってはいけない言葉が口から滑り落ちた。
「……可哀想?」
ハッとして慌てて口を手で覆ったが、もう遅かった。
「え、あ! ごめん。違うの……えっと。いや、違わないか」
魔力持ちの価値観と、そうでない私の価値観に違いがあるのは当たり前だ。それを押し付けてはならないと思ってきたのに。やってしまった。
今でも私の心の奥底にイルメラを哀れむ感情がないといえば嘘になる。それが彼女を嫌いにならずに済んだ私の小さな自尊心を支えていたものなのかもしれない。
私は覚悟を決めて、それでも言葉を選びながら話した。
「イルメラ、あなたの両親は魔力を持っていないじゃない? 二人は私から見ても仲睦まじい夫婦で周囲が羨むくらいだわ。なんでも大恋愛の末に結ばれたって聞いたことがあるもの。私や魔力を持っていない人々の普通っていうのは、愛情があったり好意があってセックスするの。だから……彼が抱いたような感情は魔力を持たない私達には至って普通で。それにペナルティを与えられるなんて……しかも彼の気持ちを無視して別の相手を宛てがうなんてこと……私には可哀想に思えてしまったの。でも、これは私の押し付けよ。普通なんで基準、住む世界によっても違うし人それぞれ違うのだから」
なんだか言い訳っぽくなってしまったが、自分の本心を言ったつもりだった。
イルメラは黙り込んでしまった。
そんな彼女をただ私も黙って見つめることしか出来なかった。どのくらい待っただろう。彼女は漸く言葉を絞り出した。
「私は……今まで、性交制度に難癖をつけたり抗おうとする人達を馬鹿だなって思ってた。受け入れたほうが楽なのにって。でも、彼が苦しんで悩んでいるのを知って……」
たまに、彼のように性交を拒否する者も現れるそうだが周囲からは子供扱いされ、義務を果たせない落第者として白い目で見られるそうだ。魔法省からは行動に難有りという評価を下され拒否し続ければ要注意人物の烙印を押され制裁が課せられるという。
「私だってわかっているのよ。普通の両親の間に生まれた魔力持ちとして、この性交制度が世間では普通じゃないってことくらい。でもね、これが普通だって思わなくちゃ。常識なんだって思わなくちゃ学院でも魔法省でも魔力持ちの世界では生活していけないの。魔力持ちとして生きていかなくてはならない以上、なんでもないって思い込まなくては……心が折れてしまうのよ。だから私のような魔力持ちじゃない両親の元に産まれた者達は、気づかない振りをして心の奥底に封印するしかないの……」
彼女の金色の瞳には涙が滲んでいた。
その時、私は初めてイルメラの本心を、隠された本当の声を聞いたのだった。
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