【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

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診察

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侯爵家の主治医であるスープラ医師による魔法診療が終わりジョアキンとエメリは並んで座った。
白い顎髭をたくわえたスープラ医師は瞳を閉じたまま髭を撫でている。

「どうしたものか……」

ポツリと呟いたままだ。
次の言葉をじっと待つが、とうとう焦れたジョアキンが口を開いた。

「どのような異常が見つかったのか…そこから話してはくれないか?」

「侯爵様から聞いた症状を考えると…性欲が全くないという訳ではないと思います。ただ著しく同年代の男性に比べると性欲は弱まっているのは確かです。僅かに性欲を感じることは出来てもそれが身体に伝達できていない……といったことも考えられる」

「性欲の減退以外にも伝達できないというのは…脳に異常があるということか?」

「そう見えるのですが…そうでないような気もするのです…」

「魔法診療の名医と言われるそなたでさえも、はっきりとはわからぬということか?」

「先程、侯爵様に魔力を通しましたが、頭の一部分に霞がかかったようにぼやけて見えない箇所がありました…その霞こそが症状の原因なのか…霞がかかって見えていない部分に隠れている何かなのか……魔力を通して見えない部分があるなど今までそんな症例は私の経験でも初めてのことでございます。一度、持ち帰り調べる必要がございます」

ジョアキンはあからさまにがっかりし溜息をついた。

「……簡単ではないと思ってはいたが…時間がかかりそうだな…」

医師は頭を下げ出て行った。

ジョアキンがこんなに落ち込んでいる姿を見たのは初めてで正直驚いた。
もっと言えばジョアキンがこのことで落ち込むなんて思ってもいなかった。
いつも冷静なジョアキンを見てきたエメリにとっては予想外の姿だ。

ジョアキンの暗い影を落とした瞳を見て『大丈夫』と安易に言ってはいけない気がした。どんな言葉を掛けて良いのか考えあぐねるが…何も思い浮かばす不甲斐ない自分に唇を噛んだ。

そして無意識にジョアキンの手の上に自分の手を重ねていた。
自分から手を重ねておきながら目が合った瞬間、その行動に驚いて慌てて手を引っ込める。

ジョアキンは無言でフィっと目を逸らすと席を立って出て行ってしまった。

何も言葉をかけられなかった自分がほとほと嫌になる。

同じ問題を抱え共有することで旦那様との距離が縮まったと感じていたのは自分勝手な思い込みだったのか…。
彼の苦しみをわかっているつもりでいただけで、本当の意味で理解なんてしていなかったかもしれない。
チリッと胸の奥が痛む。

そのまま暫く呆然としているとローラが入って来た。

「奥様、キャサリン様がいらっしゃっております」

「キャサリン様が?」

何か約束していただろうか?
暗い気分のまま玄関に向かうとキャサリンは朗らかな笑顔をこちらに向け、手に持っていた籠を差し出した。

「急にお邪魔してごめんなさい。この前話した農園でベリーを沢山摘んできたの。好物だと聞いていたから新鮮なうちに届けたくて」

お茶会以降キャサリンとは親交が続き、王都に来て初めての友人と言っていいほどの関係を築いていた。

そういえば、この前会った時に伯爵家が所有する農園が王都郊外にあり数種類のベリーが実る頃だから差し入れると話していたっけ…。

「…そうだったの?嬉しいわ。こんな嬉しい訪問ならいつでも歓迎よ…」

取り繕ったように微笑むと、キャサリンの表情が僅かに曇る。

「どうかしたの?…なんだか元気がないみたい」

「え…そんなことないわよ。お茶でも飲んでいって」

お皿に数種類のベリーが美しく並べられ、それに合う紅茶が用意された。

「疲れているみたいね?」

「ええ…来客が帰った後で少しバタバタしていたから…」

「そうだったの…タイミングの悪い時に来てしまったわね…今日はもう失礼するわ」

立ち上がろうとするキャサリンを引き留めた。
今一人でいても落ち込む一方だ。
キャサリンと世間話をしていた方が気が紛れるだろう。

執事が入ってきて耳元でジョアキンが仕事の為、王宮に向ったと伝えられる。
自分の顔を見たくなかったのかと、ほんの一瞬表情が歪んだ。

「本当に大丈夫?」

その僅かな変化も見逃さなかったキャサリンに心配そうに見つめられた。

「あ、うん…大丈夫よ。夫が仕事に向かったようだわ」

「そう…遅い出勤なのね。もしかして…侯爵様…体調がよろしくないのですか?」

「体調が悪い訳ではないと思うの…きっと疲れているだけだと思うわ」

本当のことを言う訳にもいかず適当に話を取り繕う。

「無理には聞かないけれど…抱え込み過ぎないでね?聞くだけなら私にも出来るから…話せば気持ちが軽くなることもあるでしょう?」

「ありがとう。キャサリン様…」

エメリは王都に来て、初めて友と呼べる人が出来た。
それがキャサリンで良かったと心底思った。

「……実は…旦那様には…持病の様なものがあって…あ、でも…命に別状もないし、いたって元気!日常生活や執務には何の影響もないものよ。でも…念のため魔法医師に診てもらったの。でも直ぐには原因もわからないし、詳しく調べるって言われている状況でね…」

「そうだったの…それは心配でしょうね…侯爵家の主治医は確かスープラ魔法医師だったかしら」

「ええ、よくご存じね」

「だって、王都でも名医と名高い方ですもの。きっと侯爵様の持病も治してくださいますわ」

「ええ、そうね…そうよね。希望を持たなくちゃ…」

キャサリンの言うとおり、話したことで幾分気分が軽くなりエメリはティーカップを口に運ぶ。

すると、侍女のローラが部屋に入って来て、お客様に聞こえぬように耳打ちする。

「奥様、大奥様がお見えです」

今日は千客万来だ。
察したキャサリンが席を立った。

「ただ届けるだけのつもりだったのに長居をしてしまったわ。もう失礼いたします」

「慌ただしくて、ごめんなさいね。また今度ゆっくりいらっしゃって」

キャサリンを玄関まで送ろうと部屋を出ると義母に声を掛けられた。

「あら、お客様がいらっしゃっていたのね。ごきげんよう」

キャサリンが振り返ると義母は少し驚いたようだった。

「まぁ…パークシャー伯爵の…」

「ご無沙汰しております」

キャサリンは微笑むと、膝を折り優雅に挨拶する。

「お茶会以降、キャサリン様には仲良くしていただいているのです」

満面の笑みで報告するエメリに義母は曖昧に笑う。

「そうですか…それは、良かった。これからもエメリと仲良くしてくださいね」

「そんなことを仰っていただけるなんて…光栄にございます」

キャサリンを見送るエメリを義母は複雑な表情で見つめていた。


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