【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

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魔力

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スープラ魔法医師。
十代の頃に先々代のミュラー侯爵に見出され才能を開花。
王国の中枢を担う魔法魔術研究所の副所長でもあり侯爵家の主治医も務める人物。

大昔は王国の国民殆どが魔法を使えたそうだが、現在では魔力を持って生まれる者は希少で全ての者が国の管理下に置かれるようになった。

スープラ魔法医師が駆け出しの頃は貴族の主治医ともなれば他の病院に勤務をすることは許されなかった。
だが、先々代のミュラー侯爵が『才能は真に必要とされるところで発揮されるべき』との考えから王を説得し侯爵領の民の為に診療所を開いたのだ。

この行いが発端となり、王族や貴族のみしか受けられなかった魔法診療を広く国民の為にも開放すべきという運動が起きた。

現在では王立魔法診療所が三か所置かれ一般医療で難病と判断された国民は誰でも身分に関係なく等しく治療が受けられるようになっている。
魔力を持つ者は通常の人間より長生きだ。スープラ魔法医師も百歳をとうに超えているが今も現役で診療に当たっている。



スープラ魔法医師の自宅に窃盗と思しき何者かが入ったと聞かされたのはジョアキンが診察を受けた翌日のことだった。

何者かが盗みに入ったものの不幸中の幸いで就寝中だった家族には危害が及ばなかったらしい。
事態に気付いたスープラ医師は直ぐに侯爵家に使者を送った。
侯爵邸にその一報が入ったのは二人が朝食を済ませた時だった。

主治医の書斎から侯爵家の人間の受診記録が盗み出されたと報告があったのだ。
盗み出されたのが侯爵家の人々の診察記録であることから被害を届け出るべきかジョアキンの指示を仰ぎたいとの考えからだ。

ジョアキンの表情は明らかに険しくなった。
二人は慌ただしくスープラ魔法医師の邸宅へと向かった。



スープラ医師の案内の元、書斎に足を踏み入れるが特に荒らされた形跡はない。

「このとおり、書斎は荒らされておりません。犯人の目的はただ一つだったのでしょう。他の物には目もくれず隠し扉のある、この本棚を開くことしか頭になかったようです」

「魔法で制御されていた筈の隠し扉を開けられる人物ということは犯人も魔力のある人物ということか…」

ジョアキンは開かれた隠し扉を見つめる。

「そういうことになります。本来、魔力を持つ者なら王国に登録され厳しい管理下に置かれるので、このようなことをすれば直ぐに足がつく…………ですが…王国の登録を逃れ秘密裏に魔力を持つ者を抱え込んでいる貴族がいる。侯爵様も御存じのとおりです」

ジョアキンは腕を組み驚く素振りもなく頷くとスープラ医師の後について隠し部屋に足を踏み入れようとした。
咄嗟にエメリはジョアキンの服の袖を掴んだ。

ちょっと驚いた顔のジョアキンは直ぐにエメリの状況を理解したようだ。

「大丈夫だ。今はもう魔力の気配はない」

ジョアキンはエメリの手に自分の手を重ね軽く擦った。
エメリは手を離すと自分が咄嗟に取った行動が急に恥ずかしくなり俯いた。
魔力という日常であまり関わったことのない目に見えないものに恐怖を感じたのも事実だが…それ以上にジョアキンに何かあったらと一瞬、得も言われぬ不安に突き動かされたのだ。

落ち着きを取り戻すとエメリはジョアキンのすぐ後ろを離れないように続いて部屋に入った。


隠し部屋の中央には小さな丸テーブルが置かれていた。入って右側の壁には腰の高さほどの本棚と美しい冬の野山を描いた絵画が飾られていた。左側の壁には書類棚があり、そこに侯爵家の診察記録が保管されていたと説明を受けた。

書類棚にも魔法でカギがかけられていたが見事に壊されたようで鍵穴らしき所は黒く焼け焦げ、嵌め込まれていたガラスは砕け散り床に散らばっていた。

スープラ医師は本棚の上に飾られていた花瓶、鏡、絵皿の中から徐に鏡を取り上げると中央の丸テーブルに置いた。

ジョアキンは眉を上げた。

「もしかして、記録魔法か?流石、魔法魔術研究所の副所長。この高度な魔法を使える者がまだこの国に残っていたとはな…」

「恐れ多い言葉にございます。管理は厳重にしておりました…ただ…盗み出された今となってはお恥ずかしい限りですが」

隠し部屋の中には記録魔法が施された鏡が置かれていた。
本棚の後ろに隠し部屋があることも記録魔法が施された鏡があることもスープラ医師本人以外家族にさえも知らされていないという。

スープラ医師が鏡に手を翳しブツブツと呪文を唱えると鏡には隠し部屋内をうろつく人物の姿が映し出された。

エメリは驚き口元を手で押さえながら鏡の中を見つめた。


犯人は二人。
黒いローブを羽織った二人組は背格好からして男一人と女一人のようだ。
目から下を布で覆っていて顔はわからない。

辺りをぐるりと見まわし危険がないか探っているのだろう。
僅かにのぞく目元から視線がキョロキョロと動かされているのがわかる。

男が杖を向けると白い閃光が走り書類棚の鍵穴から激しい火花が舞ったかと思うとガラス割れ砕け散る。
女が書類の中から数枚の診察記録を抜き取る。
二人の動きには無駄がなく診察記録を盗み取った後は直ぐに部屋を後にした。

鮮明な映像を見ながら、あまりにもあっという間の出来事に何も言葉を発せず三人は見入った。

漸くジョアキンが顔を上げた。

「犯人に心当たりは?」

「私自身、魔力を持つ者として嫉妬や恨みの対象となることもあるかもしれませんが…侯爵家の診察記録だけを抜き取るとなると……見当がつきません」

「そなたではなく、俺や侯爵家を狙ったと考えた方が自然か…」

腕を組み破壊された書類棚に目をやる。

「秘密裏に調べましょう…」

スープラ医師は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

「ああ、そうして欲しい。出来れば、魔法魔術研究所や騎士団の捜査が入ることは避けたい。昨日の診察内容を知られるのはこちらとしても避けたいからな」

「……捜索されたくないこちらの事情を知ったうえで盗みに入ったのでしょうか?」

エメリは遠慮がちに言う。

「俺の身体的悩み関わる情報が漏れているということか?」

エメリは首を振る。

「犯人が情報をどこまで得ているのかはわかりません。わからないからこそ詳細を知るために盗み出したでしょうし…」

言葉を選びながらゆっくりと続けた。

「…だって、スープラ医師が侯爵家の人間を診察したのは随分と久しぶりだと聞きました。なのに、ジョアキンが診察を受けた翌日に盗みに入るなんてタイミングが良すぎます」

「俺や、侯爵家がターゲットなら屋敷内に密偵がいてもおかしくないな……どちらにしても捜査の手が及ばないとわかっていて盗みに入った可能性はある。舐められたものだ」

「侯爵家と敵対する貴族がいれば当主の健康状態について弱みを握りたい可能性もありますよね?」

「少なからず、我が家を良く思ってない貴族がいたとしても表立って敵対する程の勇気はない筈だ…現国王の時代になってからというもの我が家には政敵らしい政敵もいない。俺の診察記録を狙う輩の目的が何なのか…皆目見当がつかない」

スープラ医師は指で眼鏡を上げる。

「全ての可能性を捨てずにあらゆる方向から調べを進めましょう」

ジョアキンとスープラ医師が調査の方法について話を詰め始めると、エメリは話し合っている二人から少し離れ書類棚の前に立った。

エメリは映像を見ている途中から些細なことが気になって仕方なかった。
女の歩き方だ。
エメリは首を傾げた。
少し右足の踵を気にするような歩き方に見覚えがあるような気がしたからだ。

百人近い貴族の名簿を一日で覚えきったエメリの記憶力は並大抵のものではない。
それでも思い過ごしかもしれないと思い二人には言い出せずにいた。
本当に思い過ごしだろうか?
それにしては引っかかる。

記録された映像を見るに書類棚と女の背丈が同じに見えた。
エメリは同じように書類棚に並んでみる。
エメリの身長と同じ高さの書類棚を見つめ、犯人の女が自分とほぼ同じ身長であることがわかった。

そしてまた考え込んだ。

結局、何も思い出せないままスープラ邸を後にすることになった。
見送りに出たスープラ医師と家族の奥にチラリと見えた下働きの女の姿にハッとして固まった。

「どうした?」

馬車に乗り込もうとしたジョアキンに声を掛けられ我に返るとぎくしゃくした動きのまま礼を言い馬車に乗った。


そして、侯爵邸に戻ると直ぐに侍女のローラを呼んだ。



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