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声
しおりを挟むメモに書かれた住所には迷わず辿り着くことが出来た。
それは小さな工房の前だった。
サラの実家は魔法道具の工房を営んでいたのだろうか。
工房が立ち並ぶメインのエリアからは少し離れた場所にあり行き交う人もまばらだ。
看板は出ているものの扉は鍵がかかり営業はしていないようだった。
首を傾げたエメリに護衛騎士のレジスは遠慮がちに聞いた。
「奥様…いかがいたしますか?」
「……出来れば、そっと隠れてサラの姿を確認したいんだけど…ああ、それと!奥様と呼ぶのは駄目よ。もし、サラ以外の人に会った場合は…レジスは私の兄ということにしましょう。良いわね?」
「承知しました」
「敬語も駄目よ。妹に話しかけるように普通にね?私のことも名前で呼んで。そうね、リリーでいいわ」
「は、はい。いや…わかった…リリー」
店は営業していなくとも、ここに住んでいる可能性はある。
エメリとレジスは近所に事情を知っている者がいないか聞き込みをすることにした。
レジスが向いの店に事情を聞きに行っている間、エメリは両隣の店の様子を見ようと歩き出す。
数歩進むと店の脇に細い小道があり店の勝手口らしきドアが僅かばかり開いていることに気が付いた。空き家になっているのかと思ったが、やはりここに住んでいるのだろうか。
瞬間、ガシャンと何かが割れるような音に顔を顰めた。
小道の奥からだ。
エメリは迷ったが小道に足を踏み入れた。
微かに人の声が聞こえたような気がしたからだ。
細い小道は下り坂になっていて小さなドアがある辺りは店の半地下の様な場所になっていた。
エメリは小さなドアの前で足を止め、隙間からそっと中を窺った。
黒いローブを着た女がフードを目深にかぶり立っていた。
部屋の中にはローブの女より少しばかり背が低い女がいた。
茶色の髪に頬から鼻にかけてそばかすが目立つ女の顔には見覚えがある。
サラだ。
サラは慌てたように割れたガラスを集める。
ガラス片と共に乳白色の液体が床を濡らしていた。
黒いローブの女はハンカチで口と鼻を覆っている。
「大丈夫だ、女には効かないから安心してくれ」
掠れた低い声が聞こえ視線を動かすと壁際に立つ背の高い男の存在に鼓動が速まる。
サラの弟だろうか。
サラに疑いを持っているエメリは、その男が記録魔法で見たもうひとりの男と同一人物のようにも思えた。
ただの偶然か…しかし、三人の様子はサラと弟を訪ねてきた客人とは到底思えない雰囲気だ。
黒いローブの女はハンカチを外す。
「良かったわ。この若さで不能になるなんて御免だから」
「酷いな。恋焦がれる男に性欲を抑える薬を仕込んだうえ、黒魔術まで使っておいて自分は御免だなんて」
「一生不能な訳ではないでしょう?この薬の成分を含んだ空気を吸い続けている間だけでしょうね?」
「ああ、勿論だ。流石名門侯爵家だけあって警備も安全管理もばっちりだ…どうやって薬を摂取させるか悩んだ末に浮かんだ名案がこれだからな」
男は傍に転がっていた白い蝋燭を指で摘まみ上げた。
「蝋燭を溶かしてこの薬液を混ぜ、また固める…蝋燭が溶けるのと同時に空気中に薬剤が漂う仕組みさ。これを夜だけでも日常的に吸い体内に入れば男は性的に不能、役立たずってやつだな」
クッと声を抑えて笑う。
「ビルの才能には感謝してるわ」
説明にさほど興味がないのか、感情のこもっていない声で淡々と続ける。
「で、例のものは?」
「これさ…」
テーブルの上に投げるように書類らしきものを数枚置くと男は口元を歪めた。
「スープラ医師が係わると聞いて慌てたが…今のところ症状から原因を突き止めるところまではいっていないようだな」
「安心はできない。魔法魔術研究所が動き出すと拙いわ。あなたには弟の病気を理由に仕事を辞めてもらう。もう侯爵家には戻らなくていいわ」
女は床を拭くサラに視線を落とした。
サラが雑巾を握り締め頷くと女は男に向き直った。
その瞬間プラチナブロンドの美しい髪が一房フードから肩へと落ちた。
エメリはガクガクと震える手をギュッと握り締めた。
嘘だ、嘘だ…嘘……聞き間違える筈がない。
いつも私に優しく問いかけるあの穏やかで心地よい声の響き。
血の気が引くのがわかった。
一気に体温が下がり寒気がする。
どうしよう、動けない。
サラの紹介元。
サラが蝋燭の交換にジョアキンの書斎や夫婦の寝室に出入りしていたこと。
彼女があれ程までにジョアキンの前で緊張していたのも。
一つの線でつながる。
「おい!何をしているんだ。おまえって奴は…」
聞き慣れた声の方向を振り返った瞬間、背後で小さなドアが勢いよく開き男が飛び出す。
男は躊躇することなく杖を振りかざした。
「伏せろ!!!」
ジョアキンの叫びに咄嗟に身を屈めた。
エメリの頭上を白い閃光が通り抜ける。
ジョアキンは寸でのところで閃光を避けた。
足が縺れそうになるのを必死で堪えジョアキンの元へ走り出す。
すると、もう一発閃光が放たれエメリの髪を掠め目の前にいるジョアキンの太腿に命中した。
鮮血が散り魔力により裂けた肌の一部が黒く焼ける。
激痛で声も出ないジョアキンが目の前で転びそうになるエメリの手を掴み自分に引き寄せ抱き締めた。
レジスが騒ぎに気付き、もの凄い勢いで走って来るのが見える。
痛みの中でジョアキンは声を絞り出した。
「行け!早く!」
抱き締めたエメリを立たせると更に苦痛で顔を歪める。
「で、でも!」
「馬鹿野郎!言うことを聞け!早く!」
エメリはジョアキンに背を押され縺れそうになりながらレジスの来る方向に走った。
上り坂になっているので男の視界からは外れた筈だ。
「レジス!レジス!…旦那様が!」
主人の危機を察知したレジスは走り寄るエメリを咄嗟に物陰の後ろに隠す。
「絶対にここから出てきて来てはいけません。いいですね!」
エメリがコクコクと頷くとレジスはもの凄い勢いでジョアキンがいる方向に走った。
走り去るレジスの後ろ姿が溢れる涙で霞む。
「キャサリン…どうして……うっ…旦那様…」
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
エメリ自身がその記憶力から疑いを持ったとおりだった…しかし、疑いもしなかった新たな真実も知った…そして大切な人が傷を負うという現実が目の前にあった。
思考が追い着かない。
後はもう声にならない嗚咽が喉をついて溢れた。
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