17 / 44
一途
しおりを挟むサラが食事の入った籠を抱えて入ってきた。
硬いパンと水、パンにはチーズが挟まれ待遇の良さを感じる。
早いうちに殺そうとしている男に与えられる食事としては上等だ。
「……少しだけ…話を聞いていただいてもよろしいですか?」
伏し目がちな瞳でこちらを窺うサラを見て小さく息を吐く。
「不審に思われない程度にな……」
頷くと小さな声で話し始めた。
「お嬢様はずっと…ずっと…幼い頃より侯爵様のことを想っておいででした。本当に純粋な…初恋だったのです」
ジョアキンは黙ったまま表情を変えることもない。
「あなた様のことを学院で一目でも見られた日には…それは嬉しそうに話してくださいました…」
その言葉にジョアキンは学院時代のキャサリンを思い浮かべ、ほんの少し片眉を上げた。
キャサリンはジョアキンが三年生の時に一年に在籍していた。
彼女は成績も優秀で模範生として学院のイベントの打ち合わせ等には顔を出していた。
生徒会長をしていたジョアキンはキャサリンの名前と顔は一致していたが何せ当時から自分に興味を寄せる女を毛嫌いしていたので、それ以上の情報を頭の中に入れることはなかったのだ。
「お嬢様は美しく聡明な女性に成長され結婚の申し入れも数知れない程でしたが、あなた様以外に興味を示されません…遂には伯爵様に懇願し侯爵家に縁談を申し入れたのです……なのに!その一週間後に公爵令嬢との婚約が発表され…とうとうお嬢様の心は壊れてしまわれたのです…」
レナータとの結婚前にそんな縁談があったことさえジョアキンは知らないでいた。
「それを聞いて俺にどうせよと?可哀想だとは思うが、前の結婚は王妃の肝入りだった。断ることなどできない。貴族なら婚姻が自分の思うようにならないことなど充分理解していると思うが?」
涙声になるサラにジョアキンが投げかけた言葉は冷えたものだった。
詫びの言葉や可哀想だとか適当な言葉を掛けてやれば彼女の気持ちは落ち着くのかもしれない。だが如何せん、心に微塵も無いことを口には出来ない性分だ。
前の結婚で苦しんだのはキャサリンだけではない。
あの結婚で苦しんだのは当事者であるレナータと自分だ。
傍観者でしかないキャサリンの辛さを理解しろと言われても本当の意味で理解などできない。
「お嬢様のしたことが許されない事であることは重々承知しております。侯爵様の離婚の原因も私達がしたことの結果でしかありません…本来ならお嬢様を止めるべきだったのに…」
「もういい…君の立場で仕えている令嬢に物申すなど出来ないことだろう」
サラの言葉を遮った。
自分勝手な言い分ばかりだ。
好きだったら、愛していたら…愛していたが故に行なわれた行為なら何でも許されると思っているのか。
愛という言葉が免罪符の様に使われることへの強い違和感しかない。
唯一の救いはサラから自分がやったことへの謝罪の気持ちと言葉があったということだけだ。
例えキャサリンとの見合いを両親が勧めたとしても、素気無く断っていたに違いない………フッと記憶の片隅に何かが浮かんだ。
女性を毛嫌いしていたジョアキンに縁談の話が両親から聞かされたのは一度だけ……。
数か月前のことだ。
自分の記憶の中からすっかり抜け落ちていた…あることを思い出し、頭を金槌て撃たれたような衝撃を受けた。
見合いの釣書の名と絵姿…あれは紛れもなくキャサリン・パークシャーのものだった。
あの興味を持つこともなく一瞬で閉じられた釣書が…自分としたことが、こんな大事なことを見落としていたなんて。
チッと自分に勘の悪さに苛立ち舌打ちをする。
キャサリンは侯爵家の…俺の情報を探るためにエメリに近づいていたのか。
犯人とキャサリンが繋がっていることはあの場にいた勘の良いエメリなら気づいた筈だ。
キャサリンのことをあんなに嬉しそうに話していたエメリが、どんなに傷付いたか考えるだけで胸が苦しくなった。
黙り込んだまま険しい顔を崩さないジョアキンにサラは声を震わせた。
「このまま、侯爵様が殺されるようなことがあれば…お嬢様は命を絶たれるかもしれません。お嬢様の命を守りたいから、あなた様の命を助けるなど…酷いことを言っているのも承知しております」
そう言うと、サラはジョアキンの手枷と足枷の上に自分の手を翳し何か呟くと魔法が解除され外れた枷は音を立てて床に落ちた。
驚きの目で見ると暗い表情の彼女は消え入るような声で言った。
「…私にも少しばかり魔力あったのです……ほんの僅かな魔力で大したことは出来ません…弟のようになるのが怖くて誰にも言えなかった…」
俺さえ死ななければキャサリンの心はこれ以上壊れないし、命を絶つこともない…サラがとる行動は全て彼女の為だ。
サラは拉致した際に奪った剣と銃を隠し戸棚の中から取り出すとジョアキンに渡した。
覚悟を決めたサラの瞳には迷いがなかった。
「外に続く道にご案内いたします」
そう言うと、重い扉を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。
そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて……
表紙はかなさんのファンアートです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる