【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

文字の大きさ
26 / 44

再会

しおりを挟む


部屋を出ると廊下の先を曲がる彼の背中が見えた。
慌ててドレスのスカートを掴み上げ走ると、廊下を曲がったそこは美しい庭に面した回廊だった。
回廊の先に彼の後姿を見つけ、堪らず叫んだ。

「マルセル!」

振り向いたマルセルは目を丸くする。

「……マルセルでしょ?」

嬉しさのあまり駆け寄るとエメリは、マルセルの目の前で不覚にも躓き転びそうになった。
転んだのに体に衝撃はなく、そっと目を開くと彼の腕の中にいた。
マルセルは目を細めて微笑んだ。

「……覚えていてくれたの?嬉しいよ。きっと忘れられているって思っていたから」

「…あ、あの…私のことは覚えている?」

いきなり呼び止めマルセルだと確認したものの、自分が同級生のエメリだと気付いてもらえているのだろうか…急に不安になる。

「勿論だよ!エメリ」

お互い破顔して笑い合う。

「名前を聞いて…もしかしてと思っていたの…最後に演奏した、あの曲を聞いて確信したわ!」

「あの曲も覚えていてくれたの?嬉しいよ…」

「勿論、マルセルが初めて作った曲でしょう。一番に聞かせてもらったのは私だもの!」

この演奏会でマルセルが最後に弾いた曲は二人の思い出の曲だった。
マルセルがエメリの為に作曲した曲だ。
生まれた初めて作曲した曲はエメリの為の曲だった。

「凄いわ!マルセルは夢を叶えたのね。バイオリニストになって世界中を旅したいって言っていたものね」

興奮気味のエメリを眩しそうに見つめる。

「エメリは……綺麗になったね。元々貴族の令嬢だったけれど、昔はそんなこと微塵も感じなったのに…今では立派なレディだ…いや…侯爵夫人だったね」

貴族間の社交辞令として何度か言われたことのある言葉だし、上手く返すことくらいなんでもないのに…自分の幼い頃を知っているマルセルに綺麗と言われて、恥ずかしさに耐えられず視線を漂わせた。

「き、綺麗に?やだ…マルセルも大人になったのね。お世辞が言えるようになるなんて」

「お世辞じゃないよ。本心だ」

更に熱が顔に集まるのを感じ動揺していると背後から名前を呼ばれた。

「……エメリ」

聞き慣れた声だが、いつもにはない硬さを含む響きだ。

振り向くと、コツコツと靴音を響かせながらジョアキンがゆっくりと回廊を歩いて来る。月明かりの中でも彼の瞳がいつも以上に冷たく光っているのがわかり動けなくなった。

「…探したぞ」

腕を掴まれ引き寄せられた。
そこで初めてマルセルと抱き合ったままだったことに気付き更に赤くなる。

「え、えっと…旦那様、彼はね地元の同級生で…」

慌てて紹介するが、抱き合っていた状況のせいで、どこか言い訳がましく聞こえてしまう。

「はじめまして…マルセル・ターナーです。夫人とは…」

マルセルは驚きながらも取り繕った笑顔を向けた。

「素晴らしい演奏だった。今度は是非、我家でも演奏会を開いてもらいたい。何よりも妻が喜ぶ顔が見たいからな」

ジョアキンはマルセルの言葉を遮ると冷えた瞳のまま口元だけに微笑みを湛えた。
貴族然とした態度でマルセルとの間に超えられない壁を作った。

「ええ、それは…光栄に存じます」

「では、マルセル殿…妻の体が冷えてしまうといけない。これにて失礼」

ジョアキンに腰を抱き寄せられ、そのまま方向転換させられる。
必死に首をひねり、どうにか言葉を掛けた。

「あ、マルセル…またね…」



帰りの馬車の中でジョアキンが沈黙を貫いているのが想像以上に怖くて仕方なかった。
怒られるのが怖い訳ではない。
何を考えているかわからないから怖いのだ。
ジョアキンの思考回路がどうなっているのか皆目見当もつかないのだ。

ただ久し振り会った同級生と盛り上がっていただけの話だ。
待っていろと言われていたのに勝手に部屋を出たのだから、そこのところは心配させたかもしれないし謝罪したい…でも、ここまで怒ることだろうか?
チラリとジョアキンを見ると、いつも以上に冷えた瞳は窓の外を見つめたままだ。

「あの…黙っていなくなってごめんなさい。久しぶりの再会で嬉しくなって…つい追いかけてしまったの。心配かけてごめんなさい」

「嬉しくなったのか……」

あまりに小さな声で聞きとれずに聞き返す。

「え?…」

「また会うのか?」

「…は?」

「またね…とか…言っていただろう」

「……まあ、機会があれば…同級生ですし懐かしいし…積もる話も……」

「おまえは侯爵夫人だぞ…軽率な行動で侯爵家の品格を落とすようなことはするな!」

エメリは呆気にとられる。

どの口が言うのか。
再婚し新しい妻がいるにもかかわらず元妻にプレゼントを用意し渡そうとしている自分の行動は軽率ではないのか?理性を欠いた行動だとは思わないのか?侯爵家の品格を落としているのは自分ではないか。
自分のことを棚に上げたその態度に頭に血がのぼった。

「ただ同級生に会うだけのことが、そんなに非常識でしょうか?私とて男性と会う時はメイドや執事を同席させるくらいの常識はございます!私は旦那様のように理性を欠いたことはしておりません」

見なかったことにしよう、知らない振りをしようと必死に目を逸らしていたのに、咄嗟にジョアキンを責める言葉が口を突いて出ていた。

「誰が理性を欠いていると?」

シマッた……。
エメリは青褪め俯いた。

「俺の理性が欠けていると言ったように聞こえたが?」

ジョアキンの冷たい視線には怒気が滲みエメリは唇を噛み必死に怖気づく気持ちを奮い立たせた。

「執務机の引き出しの中には、およそ執務とは似つかわしくない物を仕舞ってらっしゃいましたね。随分と美しい香水瓶と…いかがわしい薬…」

「っ!…それは………勝手に引き出しを開けるとは…いくら妻とはいえ憚られる行為だぞ!」

「偶然見つけたのです。決して探った訳ではありません!」

「あれは…その……いや、でも…薬は……ああっ!もういい!」

「説明をしていただけませんか?」

結論はもうわかっているけれど……旦那様の口からちゃんと聞きたい。
エメリは背筋を伸ばした。

「…もう少ししたら…今は言わずとも、後でわかることだ」

そう言うと、これ以上答える気はないと腕を組み車窓に視線を移した。

今までは、ジョアキンの気持ちを聞きたくてぶつかっていくと逃げることなく答えてくれたのに…性的に不能だと告白してくれた時も…私にわかるように話してくれたじゃない。
周囲の悪評とは、かけ離れた真面目で律儀な姿はエメリが知るジョアキンだった筈なのに。

なのに、どうして?
何も話してくれないの?

失望し言葉をなくした。

二人は沈黙のまま侯爵邸に到着した。


    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...