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再会
しおりを挟む部屋を出ると廊下の先を曲がる彼の背中が見えた。
慌ててドレスのスカートを掴み上げ走ると、廊下を曲がったそこは美しい庭に面した回廊だった。
回廊の先に彼の後姿を見つけ、堪らず叫んだ。
「マルセル!」
振り向いたマルセルは目を丸くする。
「……マルセルでしょ?」
嬉しさのあまり駆け寄るとエメリは、マルセルの目の前で不覚にも躓き転びそうになった。
転んだのに体に衝撃はなく、そっと目を開くと彼の腕の中にいた。
マルセルは目を細めて微笑んだ。
「……覚えていてくれたの?嬉しいよ。きっと忘れられているって思っていたから」
「…あ、あの…私のことは覚えている?」
いきなり呼び止めマルセルだと確認したものの、自分が同級生のエメリだと気付いてもらえているのだろうか…急に不安になる。
「勿論だよ!エメリ」
お互い破顔して笑い合う。
「名前を聞いて…もしかしてと思っていたの…最後に演奏した、あの曲を聞いて確信したわ!」
「あの曲も覚えていてくれたの?嬉しいよ…」
「勿論、マルセルが初めて作った曲でしょう。一番に聞かせてもらったのは私だもの!」
この演奏会でマルセルが最後に弾いた曲は二人の思い出の曲だった。
マルセルがエメリの為に作曲した曲だ。
生まれた初めて作曲した曲はエメリの為の曲だった。
「凄いわ!マルセルは夢を叶えたのね。バイオリニストになって世界中を旅したいって言っていたものね」
興奮気味のエメリを眩しそうに見つめる。
「エメリは……綺麗になったね。元々貴族の令嬢だったけれど、昔はそんなこと微塵も感じなったのに…今では立派なレディだ…いや…侯爵夫人だったね」
貴族間の社交辞令として何度か言われたことのある言葉だし、上手く返すことくらいなんでもないのに…自分の幼い頃を知っているマルセルに綺麗と言われて、恥ずかしさに耐えられず視線を漂わせた。
「き、綺麗に?やだ…マルセルも大人になったのね。お世辞が言えるようになるなんて」
「お世辞じゃないよ。本心だ」
更に熱が顔に集まるのを感じ動揺していると背後から名前を呼ばれた。
「……エメリ」
聞き慣れた声だが、いつもにはない硬さを含む響きだ。
振り向くと、コツコツと靴音を響かせながらジョアキンがゆっくりと回廊を歩いて来る。月明かりの中でも彼の瞳がいつも以上に冷たく光っているのがわかり動けなくなった。
「…探したぞ」
腕を掴まれ引き寄せられた。
そこで初めてマルセルと抱き合ったままだったことに気付き更に赤くなる。
「え、えっと…旦那様、彼はね地元の同級生で…」
慌てて紹介するが、抱き合っていた状況のせいで、どこか言い訳がましく聞こえてしまう。
「はじめまして…マルセル・ターナーです。夫人とは…」
マルセルは驚きながらも取り繕った笑顔を向けた。
「素晴らしい演奏だった。今度は是非、我家でも演奏会を開いてもらいたい。何よりも妻が喜ぶ顔が見たいからな」
ジョアキンはマルセルの言葉を遮ると冷えた瞳のまま口元だけに微笑みを湛えた。
貴族然とした態度でマルセルとの間に超えられない壁を作った。
「ええ、それは…光栄に存じます」
「では、マルセル殿…妻の体が冷えてしまうといけない。これにて失礼」
ジョアキンに腰を抱き寄せられ、そのまま方向転換させられる。
必死に首をひねり、どうにか言葉を掛けた。
「あ、マルセル…またね…」
帰りの馬車の中でジョアキンが沈黙を貫いているのが想像以上に怖くて仕方なかった。
怒られるのが怖い訳ではない。
何を考えているかわからないから怖いのだ。
ジョアキンの思考回路がどうなっているのか皆目見当もつかないのだ。
ただ久し振り会った同級生と盛り上がっていただけの話だ。
待っていろと言われていたのに勝手に部屋を出たのだから、そこのところは心配させたかもしれないし謝罪したい…でも、ここまで怒ることだろうか?
チラリとジョアキンを見ると、いつも以上に冷えた瞳は窓の外を見つめたままだ。
「あの…黙っていなくなってごめんなさい。久しぶりの再会で嬉しくなって…つい追いかけてしまったの。心配かけてごめんなさい」
「嬉しくなったのか……」
あまりに小さな声で聞きとれずに聞き返す。
「え?…」
「また会うのか?」
「…は?」
「またね…とか…言っていただろう」
「……まあ、機会があれば…同級生ですし懐かしいし…積もる話も……」
「おまえは侯爵夫人だぞ…軽率な行動で侯爵家の品格を落とすようなことはするな!」
エメリは呆気にとられる。
どの口が言うのか。
再婚し新しい妻がいるにもかかわらず元妻にプレゼントを用意し渡そうとしている自分の行動は軽率ではないのか?理性を欠いた行動だとは思わないのか?侯爵家の品格を落としているのは自分ではないか。
自分のことを棚に上げたその態度に頭に血がのぼった。
「ただ同級生に会うだけのことが、そんなに非常識でしょうか?私とて男性と会う時はメイドや執事を同席させるくらいの常識はございます!私は旦那様のように理性を欠いたことはしておりません」
見なかったことにしよう、知らない振りをしようと必死に目を逸らしていたのに、咄嗟にジョアキンを責める言葉が口を突いて出ていた。
「誰が理性を欠いていると?」
シマッた……。
エメリは青褪め俯いた。
「俺の理性が欠けていると言ったように聞こえたが?」
ジョアキンの冷たい視線には怒気が滲みエメリは唇を噛み必死に怖気づく気持ちを奮い立たせた。
「執務机の引き出しの中には、およそ執務とは似つかわしくない物を仕舞ってらっしゃいましたね。随分と美しい香水瓶と…いかがわしい薬…」
「っ!…それは………勝手に引き出しを開けるとは…いくら妻とはいえ憚られる行為だぞ!」
「偶然見つけたのです。決して探った訳ではありません!」
「あれは…その……いや、でも…薬は……ああっ!もういい!」
「説明をしていただけませんか?」
結論はもうわかっているけれど……旦那様の口からちゃんと聞きたい。
エメリは背筋を伸ばした。
「…もう少ししたら…今は言わずとも、後でわかることだ」
そう言うと、これ以上答える気はないと腕を組み車窓に視線を移した。
今までは、ジョアキンの気持ちを聞きたくてぶつかっていくと逃げることなく答えてくれたのに…性的に不能だと告白してくれた時も…私にわかるように話してくれたじゃない。
周囲の悪評とは、かけ離れた真面目で律儀な姿はエメリが知るジョアキンだった筈なのに。
なのに、どうして?
何も話してくれないの?
失望し言葉をなくした。
二人は沈黙のまま侯爵邸に到着した。
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