【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

文字の大きさ
30 / 44

男爵邸

しおりを挟む


男爵邸の門をくぐり玄関前に馬車が到着すると執事が出迎えてくれた。

ジョアキンはまだ到着していないのだろうか。
尋ねると少し前に到着していると言うが、対応する執事の表情は曇り自分の到着に困惑している様子が見て取れた。
不審に思いながら出迎えに礼を述べた。

「お食事の席は既に用意出来ておりますが、主がまだお戻りではありません…実は火急の用件で、騎士団より呼び出しがございました…暫くすればお戻りになるかと思うのですが…」

一旦、応接間で待つことになった。

初めて訪れる男爵邸、これから元妻と現在の妻が対面するのだ。
否が応でも緊張感が高まる。

ローラが選んでくれたドレスは落ち着いた濃紺だ。胸元と袖口そして裾に黄色や白、薄桃色等の淡い色調の花の刺繍が施されていた。
落ち着いた色合いでありながら可憐さを残したデザインはエメリに良く似合っていた。
妊婦であるエメリに配慮し、お腹を締め付けないように胸元からストンと落ちる直線的なシルエットのエンパイアドレスを選んでくれたいた。
ローラのセンスの良さと心遣いに感謝した。

おかげで少しばかり自信持ってレナータに会うことが出来そうだ。

それに…大丈夫、自分は一人ではない…そっとお腹に手を置く。
何よりも今の自分の支えとなる存在。まだまだ小さな実ったばかりの生命。

案内され、ある部屋の前を通り過ぎようとした瞬間…ガタンと大きな音がして聞きなれた声がした。

「ぐっ…う……レナータ…」

この声は…間違いない旦那様の声だ。
エメリが立ち止まると、執事は顔色を変えエメリと扉の間に立ちはだかった。

「なんですか?」

「いえ…お部屋にご案内いたします。ここではございませんので…」

「今、声が聞こえて…夫の声だったと思うのですが?」

「そ、そんな筈はございません…」

不可解な執事の態度と、いつも冷静なジョアキンとは思えない声色に危機感を覚えたエメリは慌てふためく執事を一喝した。

「そこをどきなさい!」

執事を押し退けドアを開けた。

「………旦那様?」

強烈な酒の匂いに顔を顰める。

そこでエメリが見たのは今日、誰よりも自分の報告に喜んでくれる筈の夫ジョアキンの姿だった。

ジョアキンは床に寝転がり美しい女性とキスを交わしている。
その美しい人は紛れもない元妻レナータだ。
ジョアキンの上にレナータが情熱的に覆い被さり恋人同士がするような濃厚なキスを交わしていた。

目を見開いたまま言葉も出ず呆然と立ちつくす。

入って来たエメリと目が合ったジョアキンは驚きで目を見開くと、どうにか顔を動かし唇を外した。

「…エメ…リ…」

執拗にキスしようとするレナータ。
立ち上がろうと四つん這いになったジョアキンにレナータが縋るように後ろから抱き着くと、ジョアキンの乱れて脱げかけているフロックコートのポケットから小さな箱が落ちた。

その箱には見覚えがある。
『レナータ』と書かれたメモと小さな美しい箱。

暫し、その箱を見つめた。

そうだったのか、今日、旦那様が自分より早く到着したのはプレゼントを渡す為。
しかも、妻である自分が屋敷に来るのを分かっていながらも我慢できずに交わす濃厚なキス。

そんなに…そんなにレナータが忘れられないの?
親友の妻となっても恋焦がれて止まない程に。

『最愛の人に贈る香り』…言葉が重くのしかかる。

手が震えて…パウンドケーキの入った箱を落としてしまうがエメリは落としたことにさえ気がついていない。

二人を見つめていた筈なのに焦点が定まらない。
この場から早く逃げ出したい、その一心で震える体をゆっくりと動かし後退り静かに部屋の扉を閉めた。

グッと奥歯を噛みむと、震える手でドレスを握り締め裾を上げると急ぎ足で玄関へと向かっていた。
まだエントランスに停まっていた侯爵邸の馬車に自ら乗り込むと御者に叫んだ。

「すぐに出して!」

馬車は勢いよく男爵邸を出ると行先も聞かないまま進んでいた。

何も言わずとも多分このまま侯爵邸に着いてしまうだろう。

ジョアキンは帰って来るのだろうか?

愚問だ…ジョアキンはきっと帰って来る。
そして、何も言わずいつもの様に同じベッドで私の横に寝るのだ。

わなわなと唇が震えた。

濃厚なキスを交わしていた二人の様子が頭から離れない。
その唇の弾力を感じ、湿り気に満ちた甘い唇を与えられるのは私だけじゃなかった。
わかりきっていた筈なのに…………。

顔なんて見たくない。
彼が戻ってくる侯爵邸になんて帰りたくない。

酷く混乱したまま馬車を止めさせると、制止する御者の声も聞かず足早に喧騒の中に消えた。


ポツポツと雨が降り始めた雨の中を人波を縫い足早に進んだ。
後を追う御者の姿が見えなくなるとエメリは歩調を緩め息を整えた。

途端に目の前が暗くなり目に映る光景がぐにゃりと歪みその場にしゃがみ込んだ。
拙い…妊娠初期だから気をつけるようにと言われたばかりなのに…急な目眩に怖くなり震える手でお腹を擦った。

「エメリ?」

誰かに名前を呼ばれたような気がする…意識が朦朧とし視線を上げることさえ出来なかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

処理中です...