【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

文字の大きさ
31 / 44

男爵邸~ジョアキンの誤算~

しおりを挟む


扉を開けると、部屋に充満している酒の匂いが鼻を突いた。

見れば床にはウイスキーの空き瓶やワインのボトルが何本も転がっている。薄緑色の絨毯には赤ワインを零したのだろう大きなシミもある。

拙いときに来てしまった。ジョアキンは眉間に皺を寄せ、手の甲で鼻を覆う。

ソファに寝ころんでいたレナータがムクリと起き上がり千鳥足でこちらに近づいてくる。

ヤバイ…完全に目が据わっている。
踵を返して部屋から出ようとすると、さっきまで千鳥足だったレナータは凄い勢いで飛び掛かりジョアキンのフロックコートの襟を掴んだ。

「ぐ、ぐえっ…」

凄い力で襟元を後ろに引かれ首が締まる。
こいつ、今まで見た中で一番凶暴だ。

ジョアキンは襟口を掴まれた拍子に転倒し床に身体を激しく打ち付けた。痛みに顔を引き攣らせレナータを睨みつける。彼女はジョアキンに馬乗りになるとヘラヘラ笑った。

レナータの酒癖の悪さはテオとジョアキンの中では周知の事実だ。

学生時代にこっそり寮の部屋で酒を飲んだ時、レナータが豹変し手が付けられなくなったのだ。テオがレナータが寝落ちするまで後ろから羽交い絞めにし拘束した状態で過ごさなければならなかった。

細い女のどこにそんな力があるのかと思うくらい酔った人間というのは常人には理解できない力を発揮し行動を起こすのだ。

しかもキス魔だから、なお質が悪い。

迷惑を被った二人が本人にきつく注意してからというもの、レナータはテオのいる時にしか酒を口にしなくなっていた。

……いったいどうしたというのだ。

レナータのヘラヘラとした笑いに恐怖を感じずにはいられない。

「おい、おまえ!なんで酒を飲んでいるんだ!?テオがいない時に飲むなんて…何やってんだっ。こら、どけ!降りろ!」

酔っ払いの馬鹿力に対抗したいが、男である自分が本気を出して怪我をさせる訳にもいかない。力の加減がわからず取り敢えずレナータを退けようと身じろぎ彼女の腕をとろうした。

その瞬間、レナータは床に転がっていた酒瓶を掴み床に叩きつけた。
瓶は割れ砕け散った破片がジョアキンの頬を掠める。

ヒュッと息を呑む。

「…なによぉ~、テオがどうしたってぇ?!私のぉ愛しい旦那様のぉ名前を…軽々しく呼ばないで頂戴っ!…いや…もういい…愛しいなんてぇ…あんな男いなくたっていいのよぉ。どうせまた仕事、仕事ってぇ…国境辺りにでもいるんじゃないのぉ?………」


今日はエメリと二人、男爵邸の夕食に招かれていた。
正確にはこの夕食の席はジョアキンとテオ、レナータの三人で計画したものだった。

エメリと結婚してからジョアキンに対する悪評が語られるのも減り、蔑むような視線を向けられることも少なくなった。

ジョアキンだけでなく、テオやレナータも以前よりずっと穏やかな日常を送れるようになっていた。

時を同じくしてエメリとの仲も深まったと感じたジョアキンだったが…彼女の存在が近くなるにつれてエメリが自分とレナータの関係を疑い誤解していることに頭を悩ませていた。

そこで誤解を解くべく、レナータとの結婚と離婚の真相をエメリに打ち明けたいと二人に相談したのだ。

テオとレナータは快く承諾してくれた。
親友の妻ともっと親交を持ちたいと思っていた二人は四人で揃った際に全てを打ち明けることを提案してくれた。
そして食事の席を計画してくれたのだ。

正直、自分一人で説明するより三人の方が説得力がある。ジョアキンは二人の有難い提案に甘えることにした。

そして今日、ジョアキンは仕事終わりに男爵邸に向い、エメリとは男爵邸で合流することになっていたのだが……。

なのに…どうして、こうなった?
ジョアキンは青褪めた。

「あんたさぁ~、前々から思ってたけどぉ…自分にぃ興味のある女がぁ…キライよねぇ~。ちょぉ~っと顔がいいからってぇ…調子乗り過ぎだろっ!何様なんだよぉ…なぁ?!ジョ~アキン?」

馬乗りになったレナータはジョアキンの胸倉を掴み上げ揺らしながら口汚く罵る。

言い当てられたのが悔しくて睨み返す。

「はっ!俺は色目使うような女が嫌いなんだよっ…女の媚びた視線にも虫唾が走る!だが、エメリは違う、俺に色目なんて使わないし媚びたりしない!」

「ぷぷつ…それってぇ~あんたにぃ興味がないだけじゃぁ…ないのぉ~?」

レナータの言葉で一気に頭に血がのぼる。

「ちっ…違う!エメリも俺に好意を持ってくれている!でなきゃ毎晩俺に抱かれるわけがないだろぅ…」

言い返しながらも語尾が小さくなる。
見ないようにしていた妙な不安が、酔っ払いに馬乗りにされた状態で目の前に突き付けられる。

ブハッっと吹き出すとレナータは可笑しそうに顔を歪めた。

「はぁ~むっつりスケベぇの女好きぃ~。あんた!…そんなんじゃあ…幸せになれっこないって言うのっ!」

ププッ……クククッ…笑いを堪えるように肩を揺らした。

「寂しい男ねぇ…でも、まぁ…あんたのこと笑えないかもぉ…わたしも…寂しい女なんだぁ…じゅんあい?そう…純愛を貫いたのにぃ~!なぁ~のぉ~にぃ……」

さっきまでの威勢の良さはどこに行ったのか…レナータは急にポロポロと涙を流し、すすり泣きを始めたかと思ったら次第に嗚咽へと変わっていった。

レナータに馬乗りにされたままのジョアキンは、今が好機とばかりに泣き崩れる彼女を振り落としドアに向って走り出そうとした。
だが寸でのところで背後からタックルされ、また床に崩れ落ちる。
身を捩りレナータの腕を解こうとするが酔っ払いの尋常でない力に脅威を覚える。
こいつ…何か特殊な訓練でも受けていたんじゃないのか?!
疑いを持ちたくなる程の力と素早さだ。

結局、レナータに組み敷かれてしまった。
しかも、涙でグチャグチャになった顔が近づいてくる。

「ぐっ…うわっ!……レナータ…」

必死に顔を背けるが、無理矢理唇を奪われた。

心底気持ちが悪い!
エメリ以外の唇が自分の唇に触れていることに吐き気を覚えた。ゾゾゾっと全身に悪寒が走り、肌が粟立つ。
この気持ち悪いキス魔、いや泥酔変質者をどうにかしなければ!藻掻き腕を伸ばしてレナータの肩や髪を引っ張る。


ふと、人の気配を感じた。
必死に助けを求め視線を向けると、そこには呆然とこちらを見下ろす愛しい妻エメリの姿があった。




男爵邸を飛び出したエメリの後を追うように急ぎ戻ったジョアキンはエメリが戻らず街に消えたと聞いて狼狽した。

「なぜ、街で降ろした!」

「も、申し訳ございません…奥様のご命令でしたので…」

深々と頭を下げて震える御者を見据え舌打ちをすると護衛騎士を呼んだ。
我が侯爵家に仕える全ての騎士が総力を挙げて探せばそう時間はかからない筈だ。

侍女のローラが慌てて走り寄ってくる。

「奥様とはお会いになったのですか?…奥様から大切なお話は聞いていらっしゃいますか?」

「…会ったが…話をできる状況ではなかった…大切な話とはなんだ?」

「い、いえ…あ、あの…………」

「どうしたんだ?…俺は急いでいる、早くエメリを探しに行きたいんだ!重要な話でないなら後にしてくれ!」

躊躇するもののローラは口を開いた。

「侍女の私ごときがお伝えしてよい内容か迷いましたが…奥様のお身体を案じる以上、言わせていただきます」

すうっと息を吸い、吐き出すのと同時に一気に言い切った。

「奥様は侯爵様の御子を身籠られております」

雨用の外套を羽織ろうとしていた手が止まり、石にでもなったかのように動けない。

まるで魔法で時が止まったかのようだ。
言葉の意味を理解しようと漸く一回瞬きをする。

「な、なに?」

やっとのことで視線だけ動かした。

「ほ、本当か?」

「はい!昼間、スープラ医師の診断を受けております。奥様が自ら侯爵様に伝えたいとおしゃって……御子を身籠られたとわかった時の奥様は感激で涙を流されて…あんな清らかな涙を流して喜ばれていた奥様が、行方を眩ますなどありえません!きっと何者かに連れ去らわれたに違いありませんわ!」



ジョアキンは捜索の指示を出すと土砂降りの雨の中、馬を走らせた。
雨に濡れ、激しい雨が頬を打ち付ける。身体は冷え手綱を持つ指の感覚はとうに無くなっていた。

エメリは雨に濡れていないだろうか…寒い思いをしていないだろうか…彼女が今、寒い場所でひもじい思いをしているのを想像するだけで心が引き裂かれそうだ。

辛く苦しい、何よりも彼女に計り知れない苦痛を与え追い込んだのは自分自身だということに激しい自責の念にかられた。
ボコボコに自分を殴ってやりたい。いや、それでも治まらない…この剣で切りつけ自分の身を八つ裂きにしてやりたい。

彼女も俺も、最も幸せな時を迎えるはずだったのに。

彼女のお腹の中には俺の子がいる。
子を授かったことを二人で喜びエメリを抱き締めたい…エメリもお腹の中の子も二人とも抱き締めたい。

見つけ出して、直ぐに謝り許しを請うのだ。
今日、話す筈だったんだ…全てを。

お願いだ…早く見つかってくれ、無事でいてくれ。

ジョアキンは暗闇の中を激しい雨に打たれなが先を急いだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...