【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

文字の大きさ
36 / 44

見知らぬ人

しおりを挟む


毎週水曜日にしか営業しないパン屋があり、そこのクロワッサンが絶品だと聞いてハンナと二人楽しみ勇んで街へと向かう。

「午前中には売り切れてしまうのでしょう?まだ残っていると良いのだけれど」

「慌てなくとも、もし売り切れていたなら他のパンを買いましょう。どのパンも美味しいと評判ですから。急がず、ゆっくりですよ?奥様、足元には気をつけてくださいね」

ハンナと二人、のんびりと朝の散歩を楽しみながらパン屋まで歩いた。

芸術の街と謳われるカイルイ王国の王都は街のあちこちに銅像や彫刻が飾られている。それらを眺めながら歩くだけで楽しい時間だ。

王都の中でも賑やかな商店街へ入ると朝なのに多くの人が行き交う。
二人は目的のクロワッサンと他にもパンを何種類か買い店を出た。
今日は、目的のパンを手に入れたら街で買い物を楽しみ、午前中で仕事が終わるマルセルと合流し帰宅することになっていた。

「奥様、少し休憩しましょう。ここに座っていて下さい」

ハンナがレモネードを売る出店を見つけ、買って戻ってくるまで待つことになった。

膨らんだお腹を支えながらベンチに腰を下ろす。
ゆっくりと周囲を眺めると近くに佇む銅像が目に入った。子供の像の様に見える。もっと近くで見ようと歩み寄ると、それは天使の銅像だった。

「ふふっ…可愛いわね。弓矢を手にしているってことは、もしかしてキューピッドかしら」

愛らしい像に自然と顔がほころぶ。



「エメリ!!!」



大きな声で誰かを呼んでいる。
何故か条件反射の様に振り返ると漆黒の髪をなびかせた長身の男が、凄い勢いで走ってくるのが見えた。

もの凄い速さで、どんどん近づいてくる彼をじっと見つめたまま動くことが出来ない。

勢いよく抱き締められた瞬間、懐かしい香りが風に舞った。
驚いたが不思議と恐怖は感じなかった。

抱き締められたまま必死に藻掻き、どうにか顔を上げると自分を見下ろす美しい男の顔がある。青白く白い肌、こけた頬、金色の瞳は潤み、顔を歪めた瞬間頬には涙が伝う。

男は、ハッとして私のお腹を見つめると慌てて抱きしめる腕を緩め、そのまま跪いてお腹に手を当て頬を擦りつけてきた。

「なっ…なんなの!?」

急に怖くなり、お腹から男の頭を引き剥がそうとするが男は動じず、遂にはおいおいと泣き始めたのだ。
ギョッとして今度は男の髪を乱暴に引っ張ってみるもののピクリとも動かない。

「エメリ!…無事で…無事で本当に良かった。おまえにもお腹の子にも…何かあったらと生きた心地がしなかった…エメリ、お願いだ!俺に謝罪の機会をくれ!…俺に説明する機会を与えてはくれないか?」

悲愴感を漂わせ懇願する男。
私のことを知っているのか、謝罪と言うからには喧嘩別れした友人とか知り合いだろうか。この男の惨状を見ると、ちょっとやそっとの喧嘩ではなさそうだ。
でも…名前を間違えているし、ただの人違いの可能性もある。

如何せん記憶がないのだ、昔の友人とか知り合いの可能性も含めておずおずと聞いてみる。

「あ、あの!…どなたですか?……私のことを知っているのですか?…実は私」

「奥様!ちょっと、あんた!奥様を離しなさいよっ!」

慌てた様子のハンナは駆け寄ると男に飛び掛かり私から引き剥がそうとした。

「な、なんだ!」

揉み合っていると長身の男の後ろから、更に体躯の良い大柄な男が現れた。
咄嗟に三人の間に割って入り私の顔を見ると、この男もまたクシャリと顔を歪め涙目になる。

「ジョアキン!やったな…遂に夫人が見つかったんだな!…本当に…良かった」

一体どいう状況なのだ。
大柄な男は、この美しい男の知り合いのなのだろう、私を知っているようだ。
見知らぬ男二人に涙ぐまれ困惑してはいるものの、取り敢えず騒ぎ立てるハンナの落ち着かせるのが先決だ。

「…落ち着いてハンナ」

「エリー!」

振り返るとマルセルが走ってくるのが見え安堵した。
この状況をどうにか抜け出せそうだ。

しかし、マルセルの顔を見るなりジョアキンと呼ばれた美しい男は憤怒の形相になり、駆け寄ってきたマルセルに掴みかかった。

「やはり、おまえか!」

マルセルの襟ぐりを乱暴に掴み引っ張るとシャツは破けボタンが吹き飛んだ。

「やめて!夫から手を放して!」

ジョアキンの手にしがみついた。

「夫だと?」

ジョアキンは信じられない言葉を聞き愕然とする。

「な、何を言っているんだ?エメリ…」

さっきから、自分をエメリと呼ぶ男を怯える目で睨む。

「エリー…大丈夫だ…こっちへ」

マルセルが背後に庇ってくれたことでホッと息を吐いた。

「…エリー?」

男の呼吸が荒くなり再びマルセルの胸倉を掴み上げると、大柄な男が慌てて割って入る。

「ジョアキン、ここは他国だぞ!騒ぎを起こせば面倒なことになる!」

マルセルの背にしがみつくエメリの怯えた視線からジョアキンは目を背けた。

「エメリ…おまえの夫は俺だ…どうして…」

力なく手を降ろした。

「マルセルと言ったかな…君には事情を聞きたい。わかっているだろうが、逃げても無駄だ。直ぐに侯爵家の追っ手に捕まる。大人しく従ってくれ」

テオは強い威圧を隠しもせず静かに言った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...