40 / 44
猫のメリー
しおりを挟む運動不足解消の為、ジョアキンのいない時も邸内を散策するのが日課になっていた。
最近は館の中の見取り図を書いてもらい、探検するように見取り図に従って進んでいくのが楽しみになっていた。
探検中に珍しく鍵のかかっている部屋を見つけローラに尋ねると、快く部屋の鍵を開けてくれた。
何か大事なものが置いてあるのだろうか?
大きな金庫が置かれているとか秘蔵書が仕舞われているのかと思いきや、足を踏み入れた部屋は意外にも可愛らしい壁紙が張られた小さな部屋だった。
部屋の中には、子供用の玩具が所狭しと並べられている。
「これは?」
「侯爵様が幼い頃に遊ばれていた玩具です」
子供が跨る木馬から積み木、パズル、小さなピアノや太鼓。
エメリはその中から小さなぬいぐるみを手に取った。
「まぁ!懐かしいですわ。それはお坊ちゃまがお気に入りだった猫のぬいぐるみです。確かメリーと名前をつけてずっと持ち歩いていたのですよ」
「メリー?この猫ちゃん、そんな可愛い名前があるのね」
茶トラの猫のぬいぐるみをよく見ると、あちこち布地の薄い部分や破れた箇所を縫い合わせた補修のあとが見られた。目に使われている黒い釦は片方が新しいようだ。
「随分大切にされているのね」
「ええ、お坊ちゃまは一度気に入られた物は、大層大切になされるお子様でした。壊れたり破れたりすると涙を流して直して欲しいと使用人達に懇願するのです。乳母であった私の母もこのぬいぐるみを何度縫い直したかわかりませんわ」
よく見ると他の木製の玩具類もどこかしら手直しされているようだ。
「新しいものを買い与えようとすると、それこそ大泣きで…違い違うって大切なものはこれなんだと…これじゃなきゃいけないと泣くのです」
ローラは懐かしそうに玩具を手に取った。
「その気質は大人になってからも変わってらっしゃらないように思います。お父様の跡を継がれた時も、使用人達一人一人の名前を憶えているのは勿論、子供のいる使用人には子供の誕生日に休みを与えたり家族の様子まで心配なさる程なのです。一度懐に入れた者を大切になさる気質は、幼き頃そのままですわ」
裁縫道具を広げ膝の上の猫のぬいぐるみに微笑みかける。
「少し布地が痛んでいたところがあるから、直しましょうね?」
思わず、ぬいぐるみに話しかける。
きっと、幼いジョアキンはこんな風に、このぬいぐるみに話しかけていたに違いない。
針に糸を通し温かな気持ちになりながら一針一針、丁寧に縫っていく。
完成して抱き上げると、心なしかぬいぐるみも明るい表情になった気さえする。
窓辺に置いて眺めてみると、ジョアキンが庭を歩く姿が目に入った。
「ジョアキン様が一人で庭を散策なさるなんて珍しい…」
確か書斎で執務中だったと思ったが、気分転換だろうか。
エメリは出来上がったぬいぐるみを手に取りジョアキンの元へ急いだ。
庭に出たエメリの視線の先でジョアキンは徐にしゃがみ込んだ。
暫くして立ち上がったジョアキンの腕の中には丸い物体が見える。
よく見ると、たまに庭で昼寝をしている野良猫だ。
茶トラの長毛で野良猫ながらも使用人達には可愛がられているようだった。
「メリー、少し重くなったんじゃないのか?沢山ご飯をもらっているのか?」
フワフワの猫の耳の後ろを優しく撫でる。
「おまえは良いな…悩みなんてないのだろう?昼寝してご飯をもらってまた昼寝して…」
ゴロゴロと喉を鳴らすメリーはどうやらジョアキンに懐いているようだ。
「おまえには…なんだ、その…家族はいるのか?夫や妻とか…そういえば、おまえが雄か雌かもわからぬままメリーなんて名付けてしまったな」
項垂れ溜息をつく。
「まぁ、どっちでもいいか。おまえは猫のメリーそれでいいな…」
ベンチに座りゆっくりとメリーの喉元を撫でる。
「こうやって俺の腕の中で大人しく微睡むだけの人だったらいいのに。狭い交友関係の中で俺が知る限りの人としかか関わらず」
自虐的になり苦い笑いを浮かべる。
「危ない奴だな俺…周りの奴等が噂する猟奇的変態ってのに充分当てはまるのかもな…」
庭に出て木陰からそっと様子を窺う。
頻りに猫に話しかけているようだが何を話しているかまでは聞き取れない。
ジョアキンがこんなに猫好きだったとは知らなかった。
「猫がお好きなのですね」
「エメリ!?」
ジョアキンは驚き立ち上がったもののスヤスヤと眠る猫を見てまたゆっくりと腰を下ろす。
「随分と懐いているのですね、この猫、よく庭で昼寝をしているのを見かけましたけど」
「ああ、メリーはこの辺を寝床にしているようだからな」
「…メリー?その猫の名前、メリーというのですか?」
「あ、ああ。そうだが…」
確か、ぬいぐるみの猫もメリーだったような。
しかもジョアキンに抱かれている猫は茶トラで、ぬいぐるみと同じ様な見た目だ。
「あの、ぬいぐるみと一緒の名前なのですね」
「ぬいぐるみ?……」
「はい!この子と同じ名前ですね」
背に隠していた猫のぬいぐるみを差し出した。
ジョアキンは呆気にとられポカンとした顔をしている。
「メリーです。私のこと忘れちゃったの?薄情者~」
エメリが猫のぬいぐるみで顔を隠し、ぬいぐるみのメリーに成り代わり喋った。
途端にジョアキンは子供のように破顔して笑った。
「忘れてなんかいないよ。メリー、俺がおまえのことを忘れるなんてあり得ないだろう?毎日一緒に寝ていたんだぞ」
「え、それは初耳ですね。ふふふっ」
エメリは顔からぬいぐるみのメリーを外すと楽しそうにジョアキンに笑いかける。
ジョアキンはエメリの後頭部に手を置くと引き寄せ、チュッと音を立ててキスをした。
「ごめん、あまりにもエメリが可愛いから…つい…我慢できなかった。嫌だった?」
顔を見れば、嫌だと思ってないことぐらい丸わかりなのにジョアキンはワザと聞いてくる。
エメリはちょっぴり悔しくなり挑発的にジョアキンの首の後ろに両腕を回すと、チュチュっと小さな音を立てながら啄むようなキスを何度も繰り返した。
キスされながらもジョアキンの口元は弧を描き、遂にはフッと笑いを漏らす。
ジョアキンはエメリの顔を両手で挟むと少し顔を離す。
「こんな可愛いことをする奴には…こうだ!」
ジョアキンは素早くエメリの唇を奪った。
さっきより長く、深く。
深くなるキスに応えながらエメリは気付いた。
幾度となくこの男とキスをしてきたことを体が覚えている。
しかもそれは、例えようのない幸福感でエメリを満たしていたことを。
何か大きな切っ掛けがあり、全てを思い出すのとは違う。
一枚一枚メッキが剥がれていくかのように…記憶としてではなく、ふとした瞬間に五感で感じるのだ。
それも幸福感に包まれながら。
0
あなたにおすすめの小説
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい
隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫
◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。
◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。
◼︎超高速展開、サクッと読めます。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。
そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて……
表紙はかなさんのファンアートです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる