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第2話 憧れの人
「相変わらず可愛いなぁ」
「ああ、アルマちゃんだろう? コーエンと別れたって聞いたぜ」
「え、マジ?! それって、チャンスってことっすよね。っていうか……先輩も狙ってる? この前、侍女のルイーズと良い感じになったって言ってましたよね?」
「良い感じにはなったよ。だからって付き合うわけじゃないだろ」
「またっすか。先輩みたいな男は絶対にアルマちゃんに近づかないでください!」
近衛騎士の一人は警戒するようにもう一人の騎士を睨む。先輩と呼ばれていた男は気にもとめない様子でニヤリと笑った。
「アルマちゃんはやめておいた方が良いんじゃないのかなぁ。彼女、不感症だってもっぱらの噂だぜ。残念だよな~あんな可愛い顔の下に、たわわなおっぱいなんて希少な存在の彼女が……宝の持ち腐れってやつだよな~」
「え、嘘でしょう……そんなの、根も葉もない噂っすよ! 俺は信じない。いや、信じたくないっす」
「まぁ。彼女と別れた男達が言っているらしいから、十中八九間違いないな」
詰所の窓から二人の近衛騎士は好奇に満ちた目で彼女を見つめていた。
◆
昨今は貴族の間でも平民同様、自由に恋愛を楽しむ者が増えている。
高位貴族の令嬢や跡取りとなる嫡子のように幼い時から婚約者がいる者は別だ。王族や貴族が魔力を持ち統治するこの国では、王家に近い高位貴族程その魔力は強い。当然、強い魔力を持つ子孫を遺す為に政略結婚をするのが当たり前だ。しかし、最近では独身時代限定で羽目を外したりもする者もいる。
跡取りでもない子息や婚約者もいない男女であれば結婚と恋愛を分けて考える者が多いのだ。避妊薬が普及すると一層自由度が増して、独身時代の交際は本人の意思が尊重されるようになった。
王宮のメイドとして勤め始めてからアルマの生活も大きく変わった。特に持病を心配した父に軟禁されていた生活とは真逆と言ってもいいだろう。
「取り敢えず付き合ってみなさいよ。付き合わなきゃわからないことっていっぱいあるのよ」
先輩メイドの言葉に後押しされるように、お付き合いを始めた最初の彼は事務官をしている男性だった。真面目で浮気をしなさそうな男であり、且つ物腰が柔らかく穏やかな人だという。初めてお付き合いするのなら彼のような人がお勧めよという先輩の言葉を信じ、明確な自分の意志もないまま交際が始まった。
確かに、優しくて良い人だった。ときめきはなかったものの全てにおいて初めてだった自分を優しく導いてくれていたように思っていたが…それがいけなかったのだろうか。半年もしないうちに振られてしまったのだ。
言葉を選びながら彼は困り顔で曖昧に微笑んだ。
「働き者で性格は良いし可愛いし、体も……全て魅力的な君なんだけれど。その……男女にはいろんな相性があると思うんだ。その一つが僕とは合わないというか……その……君には僕よりももっと良い人がいるよ」
その言葉の意味が何なのかもわからずアルマは首を撚った。なんともはっきりしない振られ方をして涙は出なかったものの自分自身を否定されたようでショックだった。
次にお付き合いをした男性は、どこかで振られた現場でも見ていたのだろうかと思うほど別れた翌日に交際を申し込まれた。王宮に出入りしている王都でも有名な商家の子息だった。しかし、彼とも半年も続かず別れてしまった。
その後も何人かと交際をしたものの、やはり半年も続かない状況に、自分は性格的に何か問題があり男性を不快にさせているのではないかと考えるようになっていた。
だが、先月別れた近衛騎士のコーエンの決定的な言葉でアルマは知ってしまった。今までの別れの本当の理由が何だったのかを。
その夜、いつものようにコーエンと夜を過ごした後だった。
「ねぇ。俺とのセックスって気持ち良くない?」
怒っているのかと思うくらい強張った顔で尋ねられ、アルマは首を傾げる。
「なんていうか……セックスしていても無反応で……正直、男として自信がなくなる。アルマとしていても人形を抱いているんじゃないかって思うくらい……体は最高でも、無反応な女を抱くのは長期的には愛情を失う……かといって演技されても辛いしさ」
「気持ちがいい? 夜のあれって気持ちの良いものなのですか?」
アルマの純粋な問いに、コーエンは目に涙を溜めて別れの言葉を口にすると去っていった。
アルマにはわからないのだ。コーエンの言う気持ちが良いということが。お風呂に入った後さっぱりして気持ちがいいのと同じくらいだろうか。それとも、マッサージしてもらってリラックスして気持ちがいいのと同じくらいだろうか。
だが、これではっきりとした。今までの元彼達に言われた別れの言葉の意味が。
体の相性とは同僚達の話で聞いたことがあった。自分と元彼達とは体の相性が合わなかったということか? いや、こんなに揃いも揃って同じことを言われるなんて相性という個人の感じ方や趣味趣向ではないような気がする。自分の体には何かしらの欠陥があるのだろうか。
コーエンが去り、一人、部屋に残されたアルマはベッドに座ったまま俯いた。
振られると、すぐに次の男性が現れ新しい恋人が出来た。周囲からは羨ましがられたり、やっかまれたりもしたが、そんなことはどうでも良かった。
振られると拒絶されたような気がして寂しくて、すぐに言い寄ってくる男と付き合った。そして、新しい恋人が出来ても毎回よくわからない理由で振られる。
同じことが繰り返される度に、どんどん膨らむ不安。そして、その不安を打ち消すようにまた新しい恋人を作った。
ただ悪循環を繰り返していただけだった。不安を払拭することは出来ず、自分が拒絶されることへの恐れが増しただけだった。
コーエンのお陰で理由がわかった。これが自分の体の欠陥からなのか、世間でも良くあることなのか皆目わからない。一人で悩んでいても埒が明かないと思ったアルマは、この手のことに詳しい先輩メイドの知恵を借りることにした。
相談を受けた先輩は、眉間に皺を寄せ真剣な視線を送るアルマの様子に困惑顔になる。
「不感症ってことかしら?」
「ふかんしょう? ですか?」
先輩の説明によれば、性的な刺激に対して快感が少ないか、まったく快感を覚えない人がいるらしい。私の現状を聞く限りそれに当てはまると思ったようだ。
恐くなり、病院に行ったが、精神的な原因が大きく明確な治療法はないらしい。不感症という医学的な病名もなく一般的にそう言われているということでしかないようだ。
精神的な要因なんて思い当たる節もないし治療法も確立されていないなんて。もう、どうしようもないではないか。
先輩メイドからは気持ちの良い素振りや演技もありよと言われたが、快感を得たことのない自分がそんな演技を出来る筈もない。
アルマは今の状況を受け入れた。いや、受け入れるしかなかった。
『暫くは恋人はいらない。こんな状況では、まともな恋愛なんて出来る訳もないのだから』
自分が付き合ってきた男性は、彼等には申し訳ないがアルマ自身が好きになってお付き合いが始まった訳ではない。想われて付き合ったほうが幸せという周囲の言葉を素直に受け入れていたに過ぎなかった。
もし、不感症の症状が改善されたり、治る可能性があるのなら。次は自分から好きになった相手とお付き合いしたいとアルマは思っていた。
そう思うと、頭に浮かぶのはたった一人の男だった。
「駄目、あの人は憧れの人。不感症の私なんかじゃ……」
両頬を掌で軽く叩いた。
そう、アルマには、その姿を見るだけで幸せになれる憧れの相手がいたのだ。
その姿を見ることが出来るのは月に一度だけ。その日を楽しみに日々の労働に勤しんでいた。
三年前、彼を見た瞬間、恋に落ちた。世間ではこれを一目惚れと言うらしい。
だが、彼は王宮内の侍女と長年交際しているらしかった。憧れの人の恋人の存在を知ると、恋は始まりもしないまま終わり勝手に失恋してしまった。
アルマは始まりもしなかった恋の穴を埋めるように、周囲に勧められるがままに他の男と付き合った。
自分には恋人がいて、彼はただの憧れの人。女の子が舞台俳優に夢中になるのと一緒だ。それくらいは恋人がいても許されるだろう。
だから、これでいいのだ。
そう思っていたのに……不感症だと判明して間もなく、憧れの人が恋人と別れたと噂を耳にした。
他人の不幸を喜ぶのは良くないが、今までの自分なら淡い期待を抱いただろうし、好機とばかりに行動に出ていたかもしれない。
でも、今の自分では無理だ。不感症の自分が恋愛なんて。彼を盗み見るだけの生活は三年前と変わることはないのだ。落胆したアルマは仕事に打ち込むだけの日々を送っていた。
そんな時に、第一騎士団凱旋の知らせは彼女を歓喜させ同時に例えようのないもどかしさを与えた。
そう、アルマの憧れの相手は、ファイセン王国の第一騎士団、副団長のエルガー・トルイユだった。
騎士団は報告のため王宮にやって来ると、そのまま祝賀パーティーへと流れ込む。騎士団上層部には勿論、宿泊用の個室が用意されるわけで、今回アルマは副団長エルガーの部屋の担当になっていたのだ。
ブリキのバケツと雑巾を持つと複雑な思いで客室のある別棟に向かう。
勿論、アルマは副団長と直接話したことなど一度もない。
初めて彼を目にしたのは三年前。定例会議の為に団長と共に王宮にやって来た彼の姿だった。
赤みがかった金髪で、髪色と同じ色の髭で顔半分が覆われている。覗く切れ長の瞳は光を通すような琥珀色だ。長身で筋肉という頑丈な鎧を纏った姿は周囲の屈強な騎士達の中でも一際大きい。その外見の所為もあって彼はむさくるしいと女性人気はさほど高くはなかった。
アルマは父の影響で、幼い頃から武骨な騎士達に囲まれて育った。その為か近衛騎士のような身綺麗で多分、容姿の審査基準でもあろう美しい顔立ちの男達や知的な事務官等より、泥臭く汗臭い実戦に身を置くむさくるしい男が好みだった。
「はぁ。あんな素敵な方の魅力がわからないなんて、皆、見る目がないわね」
王宮内でモテ囃されるのは、近衛騎士のような眉目秀麗ですらっとした細マッチョの美男子であり、泥臭く戦うむさくるしい髭面マッチョではないのだ。
自分の好みは少数派だと気付いてはいるが、寧ろそれで良かった。周囲の女の子達がわからないものを自分はわかっている。そんな訳のわからない勝手な優越感に浸れた。
彼をこっそり見つめるのは自分一人で良い。三年前のアルマは本当にただ見つめるだけで幸せだったのだ。
そして今は、現実的に恋愛を諦めるしかなく彼女はただ見ていることしか出来なかった。
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