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第5話 彼との関係
瞼の上に柔らかな感触を覚え、目を開けると間近にある琥珀色の瞳にドキリとする。
「大丈夫か?」
その言葉に、自分が気を失うように眠ってしまっていたことに気が付いた。
「副団長様……」
「その呼び方はやめてくれ。エルガーでいい」
アルマはゆっくりと首を振った。
「そ、そんな訳には……」
「堅苦しい呼び方は嫌いだ」
これから先、彼の名を呼ぶ機会などあるとは思えなかったが、二人が共にベッドの中で微睡んで過ごす、これ以上ない素敵な時間に強情を張るのも良くないだろう。
「では、エルガー様と……」
「ああ、それでいい。アルマには、その……無理をさせてしまったな」
「い、いえ。無理を言った私に、お礼という形で願いを叶えてくださり……ありがとうございました。もう思い残すことはありません。一生の思い出です。勿論、他言もしませんのでご安心ください」
途端にエルガーは焦り始めた。
「これが、最後なのか?」
「はい?」
エルガーは大きな手でアルマの白い肩を掴んだ。
「アルマ、これからもこうやって会ってもらえないだろうか」
彼の切羽詰まった真剣な顔を見て、アルマの表情が硬くなる。
今まで、男性から受けた告白や交際の申し入れは、好きだ、愛している、付き合ってください、という言葉が沢山散りばめられたものだった。
彼の心理が読めずアルマは固まったまま目を瞬かせた。
『それって、夜のお相手をして欲しいってこと?』
エルガーはアルマの頬を優しく撫でながら更に懇願する。
「その、次はもっと慎重にする」
『そうか、やっぱり……そういうことよね』
きっと、巨根であるが故に相手を探すのも一苦労だっただろう。今まで、それが理由で拒絶され続けたに違いない。自分が受け入れれば彼は性的な欲求を解消出来る。彼は、そんな都合の良い自分を手放したくないだけだろう。
言葉に詰まり落胆を隠しきれないアルマだったが、初めて性的な快感を得た彼女は憧れの人と、あんな気持ちがいいことが出来るなら何度でもしたい。素直にそう思った。
ならば、夜だけのお相手……いわゆるセックスフレンド……セフレでも良いのではないか。例え、セフレだとしても憧れの彼に会えるのならば。
「私なんかで……よろしければ」
「勿論だ!」
エルガーはアルマを抱き締めたまま人懐っこく頬ずりをする。髭の感触が、くすぐったいような痛いような不思議な感覚で苦笑いすると、彼は鼻先を擦り付けてきた。そんな彼が可愛いくなって頭を撫でるとエルガーは嬉しそうに目を細めた。
エルガー様と初めて迎えた朝、脱ぎ捨てられたメイド服と一緒にいつも手首に巻かれている組み紐が切れて落ちていたことに気がついた。
寮の部屋に戻ると頭を悩ませた。
持病を発症した時の動機息切れ、心拍数の上昇、ぞくぞくと背筋を疼きが駆け上がり、眩暈を誘発するという症状は、昨夜、彼に与えられた快楽と感覚に似ているようにも思える。
だとしたら、昨夜の快感は組み紐が外れ持病の症状が出ただけなのか? 逆に、組み紐によって持病を抑えるだけでなく、性的快感まで抑え込んでいたとも考えられはしないか?
両親からは病気の為に特殊な魔術をかけて作られた組み紐だと聞いているだけだった。
「後で、手紙で聞いてみるしかないわね」
今朝、食堂で男性とぶつかったが異性に触れたにも関わらず持病の症状らしきものは出なかった。現状、不都合がないのであれば慌てる必要もないだろう。
答えが出ないまま、アルマは切れてしまった組み紐を机の引き出しの中にそっと閉まった。
◆
それからというもの、エルガーはアルマの休日の前夜、都合が合う限り彼女が暮らす使用人寮に忍び込んでいた。
彼は今、恋人はいない筈だから隠れる必要もないと思うのだが、きちんと交際もしていないメイドとセフレ関係にあると知られるのは流石に不味いのかもしれない。
彼にも副団長としての立場があるのだろう。アルマは彼の立場を理解しセフレ関係が周囲にバレないように細心の注意を払っていた。
エルガーは、いつも決まった時間にやって来る。
彼女は夕方部屋に戻ると、彼の忍び込んでくる時間に合わせてそそくさと準備をする。
エルガーが頻繁に足を運んでくれることは嬉しくて仕方がないが、その度に、アルマは彼がどうやって忍び込んで来ているのだろうと不思議でならなかった。
エルガーの体躯や風貌は、どこにいたって目立つし王宮の厳しい警備の目をどうやってかいくぐって来ているのだろう。第一騎士団の副団長として出入りすれば王宮の記録に残るし頻繁に来ていれば何かしら理由が必要になる筈だ。誰かに袖の下でも掴ませて秘密裏に入って来ているのだろうか。
小さなノックの音がする。
定刻どおりだ。時間に正確なのは騎士だからなのか彼の性分なのか。
アルマは今日も満面の笑みでドアを開ける。ドアの隙間から滑り込むように部屋の中に入ってくる彼は白シャツに黒のズボンという軽装だ。騎士団の制服も素敵だが、シンプルな服も彼の筋肉の動き一つ一つを拾って見せてくれるのでアルマにとっては嬉しくて堪らないものだった。
最近では、彼の巨根を受け入れても圧迫感はあるものの下半身が痛むことはなくなった。慣れとは怖いものである。今日も、互いに吸い寄せられるように顔を近づけキスをすると、そのまま彼を受け入れる。
彼は行為が終わっても直ぐには帰らず、ゴツゴツとした剣ダコの残る手でアルマの肌を撫でて微睡みの時間を過ごす。セフレというものはもっとドライな関係だと思っていたのだが、彼はそうでもないらしい。
この夜、いつものように白い肌を撫でる彼から、思わぬ提案をされる。
「アルマ。今度、外で会わないか?」
「外で、ですか?」
一瞬意味が分からず目を瞬かせて、はっと気付く。
野外でセックスに興奮を覚える男性もいると聞いたことがあった。
使用人寮の狭い部屋では飽きてしまったのだろうか。セフレならば受け入れ彼を満足させなければなるまい。恥ずかしいが人目につかない所であれば……元より断るという選択肢はアルマの中にはなかった。正直、彼となら野外でのセックスもどんなもか試してみたいという欲求さえ芽生えてしまう。
「いつも、ここで会うだけだし。たまには気分転換にどうだろう?」
エルガーに遠慮がちにお伺いを立てられると、ただのセフレの自分を対等に扱ってくれているようで悪い気はしなかった。
「構いません。たまには良いかもしれませんね。そういうのも……」
「本当か?! じゃあ、準備をしておく!」
顔を輝かせ子供のように喜ぶ彼を見て、心が満たされる。昼間、二人で出かけるのは勿論初めてで、セフレとして役目を果たす為とはわかっていても、アルマは心が踊ってしまうのを止められなかった。
◆
アルマは何を着て行こうか悩みに悩んだ。実際は悩む程の服は持っていないのだが、少しでも可愛いと思われたいと頭を捻らせる。結局、お気に入りの淡いピンクのワンピースを選び、いつも結い上げている蜂蜜色の髪を下ろすとハーフアップにして白いレースのリボンを結んだ。
待ち合わせ場所は王宮の裏門から少し歩いた人目につきにくい路地裏だった。エルガーとの待ち合わせ場所へと向かうアルマは逸る気持ちにつられ、ついつい小走りになってしまう。
侯爵家のものと覚しき立派な馬車が停まっているのを見つけるとドアが開き一人の紳士が降りてくる。
アルマは、口元を押さえて立ち止まった。
騎士の制服とも、いつものシンプルなシャツとズボンの姿でもない。グレーのフロックコートに濃紺のクラバットタイ姿の彼は、どこからどう見ても立派な紳士だ。
日頃、彼をむさくるしいと言っている同僚達に見せてやりたい。そんなことを思いながら彼に連れて来られたのは王都の中でも有名な高級ホテルの前だった。
到着した瞬間、今日の場所は野外ではなく高級ホテルなのかと内心ホッとした。
しかし、アルマは首を傾げた。案内されたのは客室ではなくホテル内の高級レストランだったからだ。美しい庭を眺めながら美味しいランチをいただき、食事が終わると街に出て本屋や雑貨店を覗きながら街並みを歩いた。
公園に辿り着くとエルガーは彼女をベンチに座らせた。出店にジュースを買いに行った彼が両手にカップを持ち満面の笑みで戻って来る。いつもの髭面の屈強な騎士とはかけ離れた表情だ。
『これでは、まるで恋人同士のデートのようだわ』
公園に辿り着いた時には、いよいよ野外で行為に及ぶのかと身構えたのに。彼と並んで甘いリンゴジュースを飲んでいる。
「あの、今日はしないのですか?」
不意に出てしまった言葉に自分でも驚き、ハッとして口を噤んだ。
一瞬固まった彼だったが、髭面の顔から僅かに見える素肌はほんのりと赤い。
「ああ、今日はそういうのは…なしだ」
男性だってしたくない時もあるだろう。セフレだからってあけすけに聞いてしまった自分が急に恥ずかしくなる。品がなくなるのは良くない。これでは幻滅されて彼のセフレという大役の座もなくしてしまう。
「すいません。はしたないことを言って」
「いや…」
彼は気不味そうに俯き頬を掻いた。
微妙な空気が二人を包む。
アルマは気不味い空気を払拭するように明るく話を変えた。
「そういえば…エルガー様って、お歳はお幾つなのですか? 年齢を聞くなんて今更かもしれませんが」
「ああ…二十六になる」
「そうなのですか? 私はてっきり、もう少し歳上なのかと思っていました。エルガー様は落ち着いてみえるというか貫禄があるというか…きっと、お髭の所為もあるのかもしれませんね」
確か、現在の騎士団長は四十に手が届きそうな年齢の筈だ。来年には団長への昇進は確実と言われているエルガーが二十代で就任するのは異例中の異例で、並外れた出世街道を突き進んでいることがわかる。
「そうだな。大概、実際の年齢より上に見られるな。若いというだけで侮られたりもするから、その方が都合が良くてね。気にもしていなかったが……」
「では、お髭の効果は絶大ですね。すっかり騙されていました。でも、ちょっとだけ興味があります。お髭のないエルガー様のお顔ってどんなだろうって」
「そうか?」
エルガーは、髭が覆った頬を搔きながら少し困ったような顔になる。
「……実は昔、任務でヘマをやってね。その時、敵に斬りつけられて頬に傷が残ってしまったんだ。俺自身は気にしていないが、不快に思う人もいるかも知れないし……その、女性は怖いと思うかもしれないからな」
「私はエルガー様のお顔に傷があったとしても怖いなんて思いませんよ! ましてや任務中に負った傷なら堂々としていれば良いのです。隠す必要などありませんよ」
幼い頃から父と共に働く傷だらけの騎士団の連中を見てきた。傷痕は勲章のようなものだと聞かされ育ってきたアルマにとって熱く否定せずにはいられない言葉だった。
ぽかんとした顔のエルガーは次の瞬間、破顔して笑った。
「そ、そうか!」
その日はエルガーの宣言どおり何もしないまま、楽しくも健全な一日を過ごした。
何もなかったことを残念に思う気持ちがなかったと言えば嘘になるが、今まで知らなかった彼を知れて、ベッドでは見たことのない表情を見られたことの嬉しさの方が勝っていた。
帰りの馬車の中で満ち足りた気持ちで横に座る彼を見上げると、エルガーも優しげな微笑みを向けてくれる。セフレとはこんなに幸福なものなのか…微笑み返したアルマはエルガーの髭で覆われた頬にそっとキスをした。
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