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第7話 ソレーヌとジンジャー
暗い路地裏で琥珀色の瞳がキラリと光った。風に揺れる長毛は赤みがかった金色で虎のような縞模様。茶トラの大きな猫は細い路地裏を足音も立てずに急ぐ。
王宮の裏門まで来ると高い城壁の横に立つ木に登った。枝から勢いよく飛ぶと城壁の上で一度着地し、弾みをつけて蹴り出し優雅にふわりと芝生の上に降り立った。
「ん? 今、何か動かなかったか?」
「ああ、野良猫だよ。最近良く出入りしている茶トラのデカい猫さ。もしかしたら、使用人達から餌でも貰っているのかもな」
野良猫が王宮に出入りしても咎める者はいない。見回りの騎士達がいても慌てる必要もなく悠々と進んでいく。
尻尾を高く上げて颯爽と庭を抜けると、使用人寮の裏手に回る。目的地までもう少しという所で、猫はひたりと足を止めた。
「猫の姿のあなたに会うのは久し振りね。もう一つの可愛い名前は……ジンジャーだったかしら?」
猫は警戒から全身の毛を逆立たせ、一回り大きくなる。
「ふふふ。そんなに怒らないでよ。これから、どこに行くつもりなの?」
「関係ないだろう」
ジンジャーは毛を逆立たせたまま、琥珀色の瞳で彼女を射るように見つめる。猫が喋ってもソレーヌは気にする様子もなく、美しく微笑んだ。
「彼女、アルマって言ったかしら。可愛い子ね」
「いつから知って……」
「隠せるとでも思っていたの? この目で見たのよ、庭園での様子。想像以上の衝撃だったわ」
彼女のアメジストの瞳は満月の光を映す。
「彼女、男性に人気があるのよね。あの体でしょ? あなたも男だもの、お遊びなら咎めないつもりでいたのよ?」
呆れたように小さく息を吐く。
「ソレーヌ。君を幼馴染みだと思うからこそ今までのことも許してきた。だが、アルマは駄目だ。彼女に何かしたら俺だって君に何をするかわからないぞ。わかってくれ、ソレーヌ。今までも散々話したが……俺は君を女性としては」
「女として見られないとか妹みたいだなんて、そんな言葉……都合良く使わないで欲しいわ。ねぇ、私にも彼女と同じことをしてみてよ。一線を越えれば、きっと私を女として見られないなんて言えなくなると思うの。きっと私に夢中になる筈よ。そうよ! 私達に足りないのはそれだわ」
最初から話して理解し合える相手であれば、ここまで拗れていない。ジンジャーは苛立ちと嫌悪を隠すことが出来なかった。
「いい加減にしてくれ! いつまで現実から逃げるつもりなんだ。いつまで俺なんかに拘っている? このままじゃ、君の人生も俺の人生も良いものにはならない」
ソレーヌはしゃがみこむとジンジャーに目線を合わせた。
「昔のように子供じみたことはしないつもりだったわ。なのに……あなたが悪いのよ……だからね、子供っぽいやり方じゃなくて、じわじわと追い詰めることにしたの」
彼女の美しい口角は上がり弧を描いた。
去っていく彼女の後ろ姿を睨んだまま、猫は暫くその場を動くことが出来なかった。
◆
ソレーヌは親同士の仲が良かったこともあり、小さな頃から共に遊んだ幼馴染みだ。
彼女は子供の頃から俺の周りに纏わりついては好き好き言っていた。子供の頃なら可愛いと思えていたものの成長し王都の学院に入学した頃には鬱陶しさの方が上回っていた。
幼い頃から知っている彼女は俺にとっては妹みたいな存在で、異性として意識したこともなければ恋愛相手、結婚相手として見ることなんて到底出来ない相手だった。
王立学院の中等科に進学する頃には、彼女の行動が俺を悩ませるようになっていた。気の強い彼女は俺に近付く女の子に嫌がらせするようになり、結果、俺の周りには女の子は誰一人寄り付かなくなっていた。
中等科の途中で騎士科に編入し、周囲が男ばかりになると俺はやっと彼女から開放され安堵した。
同じ学院内であっても簡単に騎士科棟に出入りすることは出来ない。校庭で演習に励むのを遠巻きに見に来ていたのは知っていたが、俺は彼女の存在自体を視界に入れないようにして過ごし毎日のように届く手紙も無視し続けた。
騎士団に入団した時には、いち早く入寮の手続きを済ませると安住の地を手に入れた。騎士団に入ってからはソレーヌからの手紙も少なくなり、いつの間にか手紙は途絶えていた。そして任務の忙しさもあり、俺はソレーヌという厄介な存在自体を次第に忘れていった。
彼女が侍女として王宮勤めをすると聞いてはいたが特に気に留めることもなかった。
騎士団に入り、無我夢中で騎士としての道を邁進してきた。もっと強くなりたいという欲求を叶えるために日々精進した結果、俺は副団長の地位を与えられるまでになった。
副団長は団長と共に王宮での月に一回の定例会議に参加しなくてはならない。彼女のことがちらりと頭をかすめたが王宮は広い、そうそう会うこともないだろうと思っていた。
なのに、登城早々にソレーヌにまた会うことになるなんて。
彼女は俺を監視でもしているのだろうか。どこからともなく現れてすり寄ってくるのだ。王宮という人目のあるところで無下にも出来ず曖昧に振る舞っていたのがいけなかった。
俺と彼女が交際していると噂がたった時には眼の前が真っ暗になった。しかも、その噂の出処がソレーヌ本人だったことが、より信憑性を持って噂が広まる原因になっていたことに恐ろしくなった。
そして、暫くするとアルマもメイドとして王宮勤めを始めると彼女の父親からの手紙で知った。何故だかわからないが、ソレーヌとの噂を彼女の耳にだけは入れたくないと切実に思った。
そう、俺は昔からアルマを知っている。正確に言えば、彼女が十四歳の少女だった時から。
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