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第11話 新人騎士 ~エルガー視点~
俺が騎士団に入団し三か月が経った頃だった。アルマの故郷、辺境伯の領土に隣国の一部の兵士が反乱を起こし攻め入った。この時、辺境伯の私設騎士団は魔物討伐に出ており、万全の体制ではなかった。
隣国、ナラダーン国とは長年敵対していたが、干ばつの影響で穀物など物資不足が深刻化していたナラダーン国側が支援を目的に友好関係を築こうと動いていた。国の友好政策に不満を持ち反乱を起こした隣国の一部の兵士達は国境を超えて辺境伯の領地へ攻め入った。そのうえ市街を占領すると統率も取れず暴徒化しているというのだ。
王命により辺境伯の領土に入った第一騎士団は、留守を預かっていた騎士達の報告を受けた。
既に市街地に住む領民の避難は完了していたが、女性一人の行方が知れず安否不明のままだという。しかも、未だ暴徒化した兵士達が街を占領している状態だ。
季節は冬、鉛色の雲が空を覆い昼間なのに薄暗く時折、雪がちらついていた。
私設騎士団と連携し作戦を開始した俺達、第一騎士団が目にしたのは商店の窓ガラスは割られ、一部の家屋からは火の手が上がる荒れた街並みだった。
第一騎士団は新人とベテラン騎士が二人一組になり行動していた。俺と先輩騎士は辺境伯領の中で最も賑わっていたであろう街の中心地に入った。そして向かったのは街で最も大きな商家の建物だ。店と事務所が併設された大きな建物で裏手には倉庫がいくつも並んでいる。
事前に共有された情報どおり暴徒化した兵士たちは、この建物を拠点としているようだ。
指示に従い、気付かれぬように高い塀の影に身を潜めると先輩騎士が裏口の様子を確認するために場を離れた。
男達が酒盛りをする声が聞こえてくる。油断してくれるのは、こちらとしては好都合だ。
しかし、男達の声とは別方向から微かに声が聞こえた。一瞬空耳だろうかと思ったが、違う。やはり、人の声だ。それも、男の低い声ではない甲高い女の声のようだ。
俺は動物への変身魔法を習得してからというもの不思議なことに聴覚が異常に研ぎ澄まされ僅かな音や声でも聞き取るとれるようになっていた。
高度な魔法であるが故、習得に三年以上かかると言われていた魔法を二年で習得していた俺はこの時、少々天狗になっていた。王立学院の騎士課程を首席で卒業していたこともあり、新人の自分が優秀な騎士であると信じて疑わなかった。
「もしかしたら、安否不明の女性か?」
建物の裏手には大きな倉庫が並んでいた。逃げ遅れて潜んでいるとすれば声など出さない筈。捕らえられていると考えるのが妥当だろう。
俺は、一人で塀を超え微かな声のする方へと進んでいった。
一番奥の倉庫からだと確信すると魔法で猫の姿に変身する。
身軽になった俺は、倉庫横の木に登ると吸気口の隙間から中に入った。天井の梁に上に身を潜めると両手両足を拘束された少女が必死に叫んでいた。
「お願い、ここから出してぇ!!」
泣きながら叫ぶ少女の他に誰もいないことを確認すると、梁から飛び降りながら人間の姿に戻り床に着地した。
驚いた少女は声を出すのも忘れて目を見開いている。
戦慄く口元を見て、慌てて少女の口を押さえた俺は声を落とし耳元で囁いた。
「俺は味方だ。君を救うために来た第一騎士団の騎士だ。大きな声は出さないでくれ」
少女は身を硬くしたまま、こくこくと頷いた。俺を見上げる薄桃色の潤んだ瞳に吸い込まれそうになり心臓が大きく跳ねた。瞳を囲む長い睫毛は燭台しかない薄暗い倉庫の中でも彼女の瞳に影を作った。
こういう子を美少女とか言うんだろうな。心臓が煩く鳴るのを感じ、堪らず目を逸らした。
手足の縄を切ってやると少女は恐怖と寒さから小刻みに震えていた。
俺は外套を脱ぐと彼女に掛けて包み込んだ。子供を落ち着かせるようにそっと背中を撫でてやる。
子供相手にドキドキしている自分自身も落ち着かせる必要があった。
暫くし自分の動揺と彼女の震えが治まると声をかけた。
「大丈夫か?」
「はい……」
倉庫の出入り口は一箇所だ。鍵がかかっているだけで見張りがいないことは確認済みだ。少女を連れて天井に登るのは難しい。鍵を破壊して外に出るのが手っ取り早いだろう。
しかし、そこで複数の声が聞こえた。男が数人こちらに向かって来ているようだ。鋭い聴覚がその声を聞き逃さなかった。
「おい、バシェの娘というのは間違いないんだろうな」
「ああ、間違いない。倉庫の中で今頃泣いているだろうよ」
ほろ酔いの男は赤い顔を可笑しそうに歪ませた。
「それがさぁ、あの辺境の猛者、豪胆なバシェの娘とは信じられないくらいの美少女だぜぇ。母親がよっぽどの美女なんだろうなぁ。あんな熊みたいな男に羨ましいぜ」
手に持っていた酒瓶を煽り、おぼつかない足取りの男が悔しそうに言う。
「バシェには俺達の仲間が何人殺られたことか。これで敵が取れるってもんよ。存外、残虐な殺し方をしてやらないとな。可愛い娘が想像を絶するくらい残忍な殺され方をしたら気が狂うかもなぁ。そうだ、ぼろぼろになった死体を送りつけてやるのもいいな。あいつの顔が苦痛に歪み、悲しみ突き落とされる様を見られると思うと楽しみでならないぜ」
クククッっと喉の奥を鳴らす。
「どうせ殺すなら、その前に俺等で楽しんじゃっても良いよな?」
男達は互いの顔を見回しながら、にたりと笑う。リーダー格の男は顎に手を置きながら薄笑いを浮かべた。
「ああ、慰み物にでもしてやれ。そのほうがバシェの精神を追い詰めるには効果的かもしれんからな」
聞き取れた会話の内容に嫌悪感が走る。
「ゲス野郎どもが」
声を押し殺すように呟くと、少女を立ち上がらせ倉庫内に積まれた酒樽の後ろに隠した。
「ここに隠れて決して声を出さないように。どんな事があってもここから出てきちゃ駄目だ。俺が良いと言うまでここに隠れていて。いいね?」
少女の羽織った外套の前をしっかりと合わせてやると彼女は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
「まだ、助かった訳じゃない。無事ここから出れたら、もう一度聞くよ」
悪戯っぽく笑って戯ける俺に少女は花が咲くように微笑んだ。
「はい。その時は、もう一度言わせてください」
少女を酒樽の後ろに隠すと扉の直ぐ横に立ち剣を抜いた。そして、最初に入って来た男に斬りかかった。
聞こえてきた会話から男達が四人だと知っていたし、酔っ払い四人ぐらいなら自分一人でもどうにでもなると思っていたからだ。
一人目を斬り倒すと、もう一人を蹴り倒し、残る二人を振り返り剣先を向けた。
酔っぱらい相手で楽勝だと思われた時、蹴り倒した男が意識を取り戻し後ろから飛び掛かかって来た。羽交い締めにされ形勢が逆転すると眼の前にいた男一人に剣を奪われた。
残るリーダー格の男が不敵な笑いを浮かべ大きく剣を振りかざし一気に振り下ろした。
瞬間、顔から肩にかけ斬りつけられ目の前に血飛沫が飛んだ、布を引き裂くような甲高い少女の悲鳴と共に先輩騎士と第一騎士団の数人が倉庫の中に突入してきた。
仲間の活躍により俺も少女も命を落とすことはなかったが、床に崩れ落ちながら無様な自分を心の中で罵った。
少女は酒樽の影から走り出ると倒れる俺の体にすがるように抱きついた。俺に抱きついた彼女の衣服にも手にもべったりと血が付着するが彼女はそんなこと構わず震えながらぼろぼろと大粒の涙を流している。
「ごめんな……お礼なんて……言ってもらえる資格ないな」
俺は意識が遠のき、自分の体が猫の姿に変化するのを感じながら意識を失った。
腕の中で血まみれの猫に変化した俺を見た彼女もまた悲鳴を上げて意識を失ったという。
俺が意識を取り戻した時には既に病院のベッドの上で人間の姿だった。
同じ病院に運ばれた少女の病室を訪れた俺は自分の思い上がった行動を更に後悔することになる。
彼女は数日間眠ったままで漸く昨日目覚めたが、男達に攫われた記憶自体を失くしてしまっているというのだ。
彼女の父親は怖い思いをした記憶を敢えて思い出す必要はないと考えているようだった。父親は軽率な判断で救助に向かって彼女を危険に晒した俺を責めることもせず感謝の言葉を口にした。そのうえで、彼女には会わないで欲しいと頼まれた。
学生時代、首席だった俺は自分でも知らぬ間に思い上がり根拠のない過剰な自信を持つようになっていた。しかし、俺は実戦の場でなんの役にも立たなかった。経験の伴わない自分の軽率な行動が足を引っ張ったのは疑いようのない事実だ。
俺は自分の行いを恥じて深く後悔した。それ以降、心も体も未熟であってはならないと騎士として鍛錬に努めることに救いを求めた。
少女との接触を断られたにも関わらず、俺の脳裏から彼女の泣き顔が離れることはなかった。どんなに鍛錬を積んでも、精神力を高めようとしても、何年経っても……俺の中から彼女の存在が消えることはなかった。
俺は少女のことがずっと気がかりで仕方なく、迷惑なのは重々承知で彼女の父親宛に定期的に手紙を送っていた。
月に一度の交わされる手紙には、彼女は攫われた時の記憶が戻らないまま日常生活を取り戻し、学生生活を送っていると書かれていた。
手紙を読む度、安堵するのと同時に俺の中にあった彼女の存在はどんどん大きくなっていった。そして彼女の姿を一目でも見たいという欲求を自覚すると、少女相手にロリコンなのかと悩み、彼女に関わってはいけないと自制しようとする感情の間で苦しんだ。
悩んだ挙げ句、数年後の俺は王宮でメイドとして働く彼女の姿を登城する度に探しては視界の端に入れることで、僅かな幸せを手に入れる日々を選んだ。筈だったのに……彼女は少女の面影を残しつつもアルマという大人の女性として破壊的魅力の塊となり、あの日、俺の目の前に現れた。
そして、彼女を抱き締めたあの瞬間に俺の理性は簡単に吹き飛んでしまった。
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