神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
109 / 271
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 2-7

しおりを挟む
 アルフレッドの一行は、それぞれ昭和の東京の街へ繰り出した。最初は目撃された場所、それからその周辺を、段々と距離を伸ばしてくまなく探す。彼ら[シシャ]に身体的疲労はない。睡眠をとらない事は、ある程度の精神疲労には繋がるが、一夜ではさして障害にはならなかった。

「そういえば。」

 真っ暗な雑木林を見て、アルフレッドは足を止めた。数歩先に行って、ジャックは振り返る。

「なんだぁ? どうした。」

「あ、いえ。[ルシファー]がバスカヴィルに似ていたのはなぜですか。」

 確かに聞こえた、昨日の声。あれは紛れもなくバスカヴィルのものである。

「あーそっか。アルフレッドはリチャードとジャンがメイン任務だったからな。……話をすれば長くなる。ま、歩きながら喋ろうや。」

 両手を頭の後ろに回して、ジャックは再び、[全能神]であったとは思えない呑気さで、砂利道を闊歩し始めた。

「あの時は大変だった。なにせ、俺の上司のソロモンから[ルシファー]の身体がたかが[人間]如きに乗っ取られた、なんて言われたんだからな。流石にあれは大笑いだった。でも実際、[天使]一人を派遣して話を聞いてみれば、その姿形、完全にユーサーだったわけだ。ヘーゼル色の髪が黒になってたのは元々だったし、声もユーサーそっくり。ロビン達を帝國に派遣したのはその為だったんだ。」

 柵を飛んで乗り越えて、ジャックは青白い月を見た。

「俺はバスカヴィルについてはよぉ知らん。なんつったって、体はユーサーでも、中身はユーサーじゃないんだからな。」

「えぇ、そうですね。私はバスカヴィルそのものではありません。」

 ジャックの周囲の空気が一瞬、青白く細い閃光を放った。アルフレッドも身構える。その人影は、昨日見たのと同じものだ。

「二日に渡りビンゴだ。いい運してるなアルフレッド。」

「生前から運ばかりはいいので。」

 片膝をついていた体勢から、ユーサー王はゆっくり立ち上がる。

「父よ、なぜ人間界にいらっしゃったのですか。」

 ちらり、とアルフレッドが横を見ると、ジャックは呑気な体勢のまま頰を掻いた。暫く沈黙が走る。

「えーっと……。いや、色々思い付いたんだけど、取り敢えず言いたい事は。……昔みたいに短気じゃなくなったな、ユーサー。」

 続いた言葉に、アルフレッドは思わず大ゴケをかましそうになった。全く答えになっていないし、意図的に逸らしたのかもいまいち分からない。立ちはだかるユーサー王でさえ、思わずきょとんとしている。

「いえ、元より短気では……。」

「違う! 事件の時よりだよ、この馬鹿! お前いつまでも空気読めねぇな!」

 口論が始まる、とアルフレッドは別の緊張を発動させたが、それは空振りに終わった。あまりに悲しそうな顔をユーサー王が浮かべる。

「ごめん、地雷踏み抜いた。構えてくれ。」

「えぇ、今ので!?」

 緊急事態に慣れているアルフレッドは、慌てもせずに戦闘態勢を取った。今はメンタルがくそだから、と呟くジャックの声は、右から左に抜けていく。右から耳をつんざくような金属音と、視界を焼くような青白い閃光がアルフレッドを襲った。

「眩し!」

 道の脇に避けて光が放たれた場所を見る。地面はすっかり黒焦げになっており、元の位置より若干後退したジャックの右手には青白い光がばちばちと音を立てている。

「神の雷、この身に受ける日が来ようとは。」

「お前が勝手に地雷を踏ませるからこういう事になるんだよ!」

 ユーサー王はいつの間にか剣を抜いていたが、ジャックの雷をまともに受けたのか手が痙攣を起こしている。

「よし、本題に入ろう。お前、こっちに戻る気はないのか?」

「ありません。」

 一層ジャックの手が青白く光るとともに、その雷の光は空気を舐めるように細長く伸びていく。

「いや、今のは嘘だな。恋愛事以外、提案されたらお前はよく考えるタイプだった。」

 痙攣が収まり、ユーサー王は剣の柄を一層強く握った。

「そうですか。」

 アルフレッドが介入する間もなく、それこそ雷のような速さで二人は再び戦闘を開始した。必死に目で追っていても、アルフレッドの動体視力では風を捉えるだけで精一杯である。後ろに飛びすさったユーサー王を、ジャックは隙なく追いかける。

「私が貴方に反逆を仄めかした時、貴方は、別になんとも思わない、お前やらないから、などと投げやりに言ったではないですか!」

「投げやりじゃない、お前を信用してたから言ったんだ。」

 声を張り上げる事もなく、ジャックは努めて冷静にそう囁いた。

「う——」

「嘘ではないな。」

 楽しそうな低い声が空から降ってくると、ジャックはやっと形の整った雷で斬撃を跳ね返し、後ろに下がった。

「ラスプーチン!」

 声を張り上げるアルフレッドの横に、フェリクスもまた降り立った。どうやらフェリクス達もまた、グリゴーリーと接触したようだ。遅れて、ロビンがジャックの背後に立った。

「そこな私より恵まれた環境になかった馬鹿が、そんな巧妙な嘘をつくと思ったのか。それよりあれの言葉にもっと耳を傾けろ。堕天の時は投げやりだったかもしれんが、今はお前に戻って欲しくて必死のようだ。」

 神の心中でさえ見透かすように、グリゴーリーはじっとジャックの目を見返した。

「……私に戻る権利はないのです、父よ。お引き取りください。」

 苦痛にもがくような震える声を聞いて、ジャックは思わず手を伸ばしかけた。しかし、後ろに立っていたロビンの手がその腕を掴むと、諦めたように手を半分下ろす。

「今はまだ……多分。」

 ユーサー王を掴んでも振りほどかれるだけだろう、ロビンは敢えて続けなかった。ロビンがそう思うのであれば、ジャックもまた分かっているのだ。

「……話は終いか? では帰るとしよう。また会おうではないか全能の。」

 背後でユーサー王の姿が黒い靄に完全に溶けると、グリゴーリーも振り返って歩き始めた。アルフレッドの背に立っていたフェリクスが、慌てて彼を追いかける。慌ただしい足音を聞いて、グリゴーリーは数歩で足を止めてしまった。

「グリゴーリー・イェフィモヴィチ。貴方、一体目的は何ですか? ユーサー王に戻っても良いと言いたげなあの言葉、貴方の存在と相反するのでは。」

「……そういえばそうだな。[原罪]は[堕天使]を束ねる為に作られたものだ。そんなお前が、何故ユーサーの復帰をほのめかした?」

 肩越しに振り返った顔は、片眉を上げた。

「そうだな、お前達の基準では相反しよう。だが、よくも考えてみろ。なぜ反逆者である[堕天使]共を束ねる必要がある? お前なら分かるはずだがな、ジャック。」

 滑らかに出てくるグリゴーリーの言葉を聞きながら、ジャックは徐々に目を見開いていく。

「それは——」

「帰る。ではまた。」

 一歩踏み出すとともに、グリゴーリーもまた、黒い正教の神父服もろとも消え去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...