神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 2-8

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 絢爛豪華なダンスホールで踊っていた人も段々と帰る時間になった。ジークフリート主催のダンスパーティーの盛況は漸く影を潜めたが、それでもまだまだ人は多い方で、ジークフリートはその人混みをゆっくりと掻き分けながら男の前に歩いていった。

「やあルプレヒト。暫く見かけなかったが元気だったのか?」

「あぁ。」

 小さいグラスに入っていた酒を飲み干して、ルプレヒトはジークフリートの脳天を見つめた。

「俺に何か用か?」

「ん、ヨハンも一緒だと聞いていたんだが。いないのか?」

 空になったグラスを盆を持つ給仕に渡して、ルプレヒトは無言で歩き始めた。ジークフリートも、なにを気にする事もなくついていく。程なくして、庭でぼんやりと街灯を見つめている青年が目に入った。

「ヨハン。ジークだ。」

 声のした方を向いて、ヨハンはジークフリートを見た。

「久し振りだなヨハン。ルプレヒトと何処に行ってたんだ?」

「お久し振りです。ちょっと、イタリアに。」

 立ち上がって歩み寄り、ヨハンはジークフリートと握手を交わす。

「ちょっと借りるぞ、ルプレヒト。紹介したい奴がいるんだ。」

 返事を聞かないジークフリートに手を引かれて歩いていくと、女性達に囲まれて楽しげに話す長身の男がいた。ジークフリートより明るい青の瞳は、地中海を思わせる。

「紹介しよう、僕の友達のハンスだ。お前とルプレヒトの話を少ししてたんだが、あまり会わせる機会がなくってな。」

 髪は藍色ではあるが、リチャード一世に他ならなかった。屈強さも影を潜め、どこか周囲に気圧されている雰囲気がある。ジークフリートに紹介されて、ジャンは踏ん反り返っていたソファーから体を離す。

「は、初めまして。ハンスって言うんだ。話はよく聞いてるよ。」

「初めまして、ハンスさん。」

 差し出された手に応えて、ヨハンは気恥ずかしげに微笑む。

「今度ハンスと仕事サボってピクニックに行く予定なんだ。ヨハンもどうだ? ルプレヒトは許してくれないだろうが。」

 提案に、ヨハンは目を輝かせた。彼にとって、仕事をサボる、とは夢のまた夢である。

「い、いいんですか?」

「ルプレヒトには内緒だぞ? お前が一人になると怒るからな。」

 からかうように言ったジークフリートに、ヨハンは大真面目に頷いた。



 意気揚々と家に帰り、ジャンの話を聞いたフィリップ二世はハイタッチを交わした。

「でかしたぞジャン! やれば出来るじゃねぇか。早速報告するぜ……ってまぁ、お前は風呂でも入ってこい。」

「ありがとう。取り敢えず体ほぐしてくるよ。」

 ヨハンと会った緊張が、今になってどっと疲れに変わっていく。足早に、フィリップ二世が湯を張ったバスルームに駆け上がっていく音を聞き届けると、フィリップ二世はダイニングテーブルに向き直った。

「もしもーし、フィリップだ。」

 "SOUND ONLY"と言う青々しい文字が宙に浮かび上がるとともに、リーズの声が聞こえてくる。

『お久し振りです父さん。良い知らせですか? 悪い知らせですか?』

「おう、両方だ。どっちから聞きたい?」

 メモを用意する音が聞こえ、リーズが答えた。

『えぇ、では良い知らせのほうから。』

「おう、つい今さっきの話だ。ジャンがリ、ヨハンとの接触に成功した。そんでもって運良くピクニックの約束まで取りつけたらしい、ジークフリートも一緒だが。」

 安堵と軽い拍手の音とともに、リーズは鉛筆を止める。

『で、悪い知らせのほうとは?』

「あぁ。相変わらずあいつの生前の記憶も、[人間]になる前の記憶もまだ戻ってない。」

 先程の安堵の声とは打って変わって、落胆の声が居間に広がった。

『期待してはいませんでしたが、仕方がないですね。』

「ある程度障害にはなるが、まぁ今回のヨハンの件が終わったら考えようや。」

 一方的に天界で作られた無線機が切られる音がして、フィリップ二世はソファーに体を投げ出した。[人間]達が発明したいかなる傍受機器でも彼らの無線機の音は聞こえないが、実物を使っっているところを見られるのは多少不味いところがある。

(生前なぁ。リチャードはともかく、俺は善良公だったから二世の記憶を思い出すのはそうこんがらがる事もなかったろうが、ジャンの場合は前世も生前もジャンヌ・ダルクの兄が、ジャンヌとして戦場に立ったもの。なんの因果か知らんが、思い出すにはなにか必要なんだろうな。)

 平らな無線機を手の中で弄びながら、フィリップ二世はソファーの背もたれに頭を預けて目を瞑った。

 * * *

「どういう風の吹き回しだ、ジャック。」

「だって行けって言われたから……。」

 緑のベロアが張られたソファーの端で、ジャックは口をへの字に曲げながらそう言った。一見、不貞腐れた子供である。

「ふん、だれに言われたか知らないが大体の予想はつく。おおよそ、お前も[ルシファー]を取り戻してそれを贖いにするつもりだろう。」

 棘のあるレイの物言いに、アルフレッドは一瞬だけフェリクスの方を見たが、フェリクスは肩を竦めるだけでなにも言わなかった。

「まぁいい。彼を取り戻すのにジャックが来たとなれば百人力だ。実際成果はどうだ?」

「上々ですね。ひとまず、彼に復帰の意思が若干でもある事は否めませんから。」

「問題は二人がどこから出入りしているか、だよね。」

 眉間に皺を寄せたアルフレッドの言葉に、レイは訝しげに首を傾げた。

「二人?人間界で活動してるのは[ルシファー]だけではないのか。」

「えぇ。現在、[人間]の最初の罪、[原罪]の片割れがユーサー王と行動しています。」

 あまり邪魔立てする様子はありませんが、とフェリクスは呟いた。

「成る程、そんな存在もあったな。して、目的は?[原罪]の片割れというからにはもう一方もいるのだろう。そちらはどうした。」

「分かりません。ユーサー王に付き合っている体を出していますが、あの男の事ですからなにか背後で動いている気もします。もう一方の片割れのほうも、なんにせ情報が皆無ですので。」

 深々とため息をつき、レイは目の前の空になったティーカップをガウェインに渡した。

「成る程。では暫く、[ルシファー]の捜索を主に[原罪]らの動きも見てほしい。いいか?」

 四人が頷くと、レイは虫でも払うように彼らを書斎から追いやった。



 ジャックとロビンは夕食の買い出しに行き、他の二人はすぐに家へと戻った。

「ニッキー!」

「暫く。」

 玄関の鍵を閉めて、暫く姿を見せなかったニコライ二世に挨拶を交わした。フェリクスもまた、お久しゅう、と恭しく頭を下げる。

「どうかしたの?」

「咲口と佐藤の件。二人の名前を、大日本帝国軍の名簿から洗いざらい調べたら確かにいた。でも陸軍じゃない。」

 持って来た資料を机に放り出すと、アルフレッドは呟く。

「陸軍じゃない?日本は空軍は持ってないから……。」

 二人の登録には、大日本帝国海軍、と書かれている。

「理由は分からない。海軍側にいると言う事は、多分悠樹も二人の事は知らない。」

「という事は頼みの綱は島田君と衣刀君だけだね……。レイに依頼された話はそろそろ決着がつきそうだから、僕もニッキーと陸軍に行くよ。えっと……一緒に来ますか?」

 コートを手に持って話を聞いていたフェリクスは、いつもの謎めいた微笑みを浮かべながら首を傾げる。

「いいえ、そちらのご事情に首を突っ込む事は致しませんよ。買い物のお二人が帰って来たら料理もしなくてはいけませんから、お二人でどうぞ。」
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