神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 3-11

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 ゆったりと空を飛び、イギリスの北岸に着いたのは空が白んできた明朝の頃である。

「長旅ご苦労様ですー。機内で寝れました?」

「あーんな硬いシートで寝れるわけねぇだろ。」

 出迎えたのはリーズと、ブロンドに近い薄茶色の髪をもった男である。

「ゲェ、なんでオマエが出てきてるんだよ!」

 男の姿を見て、シュヴァルツは恐れで一歩身を引いた。

「すいませーん、何度も言ったんですけど、なら引っ張ってくるしかない、って聞かなくて。」

「そんなに参加したくないのならオマエがイギリスに来なければ良かっただけの話! 観念しろシュヴァルツ!!」

 草原の上を逃げ回り始めたシュヴァルツを、男は鬼ごっこのように追いかけ始める。

「相変わらずだなあいつ……。」

「そ、そうだね。」

 ジャンとフィリップ二世は、その男の姿を見て半眼になった。シュヴァルツを追いかける男はローゼ・ライオネル、リーズやシュヴァルツと同じく、イギリス国土が人となった姿である。

「さ、二人は放っておいて、取り敢えず中へどうぞ。海沿いで寒いですよね。」

 ニッコリと微笑んで、リーズは四人を一箇所に集めた。

「案内するって何処に?」

「えぇ、この断崖絶壁の中に、まぁ秘密基地みたいなのがあるんですよ。」

 リーズが四人の前に立つと、地中から電子音を立てて水色の画面が飛び出てきた。

「承認お願いしまーす。」

 画面に向かってそう呼びかけると、やがて男とも女ともつかない機械的な声が話し始めた。

『生体分類[シシャ]、[悪魔]、個人名リーズ・プーレ、様。どうぞお入り下さい。』

 一瞬、五人の周りを発光するいくつもの円が囲むと、景色は一転した。辺りはいつの間にかしっかりと整備された広い庭園だった。地面は稲田石で舗装されている。

「ここは"ROSEA"という人間界にある[シシャ]専用の唯一施設です。ボク達はここで第十セフィラ、つまり地球の情報共有や監視を行なっています。」

「監視とか物騒だな。」

 広大な中庭を出ると、石膏作りの太い柱が数本立つ廊下に出た。丸い中庭を囲むように続く円形の廊下を半周すると、直線上の廊下が現れた。赤い絨毯と淡いイエローの壁紙が、アンティークな雰囲気を醸し出している。

「そうですね。監視、と一言で言っても、ここで行っているのはあまりに世界の摂理に反した行為がないか、どうか、です。人体実験はもとより、度を過ぎた大量虐殺など。まあそれを発見したからと言って、なにかする事は僅かですが——」

 先頭を歩いていたリーズはくるり、と振り返って、零に笑いかけた。

「でも、今回ばかりは制裁を加えると言ったところでしょうか。」

 一度角を曲がって、ほんの少し歩くと、そこには両開きの重厚そうなドアがあった。

「そうだな。」

 まるで零の言葉を合図にしたかのように、ダークオーク製のドアが向こう側に開いていく。照明の殆どが落とされた部屋の中央に、巨大な円卓があった。

「お待ちしておりました、我が君。」

 背は真っ直ぐに、腰から深々とお辞儀をする人が一人。

「その他諸氏の方は初めまして。ワタクシは、[創造主]に仕えております、アヴィセルラと申します。どうぞ、今後ともお見知り置きを。」

 足首までのスカートを揺らして微笑むアヴィセルラに、フィリップ二世は口を尖らせた。

「胸ないなお前。」

「ははは、目がよろしいようで。ワタクシが女でしたら殺されてますよ。」

 柔和な表情でそう悪態をつくと、フィリップ二世は鼻を鳴らした。

「指摘されたので申し上げますがワタクシは女装癖です。……さて、与太話はここまでにしましょう。」

 一つ咳払いをして、アヴィセルラは六人に背を向けた。零が室内に入ると、四人もぞろぞろと中に入っていく。巨大な円卓を置いているにも関わらず、室内はかなりの広さがあった。

「おいおい、廊下の長さにしちゃここでかすぎるんじゃねぇのか? 面積どうなってんだ?」

「丁度ご説明するところでした。この部屋は[現世界]管理局ROSEA本部です。稀に[全智神]などとも呼ばれておりますが‥‥。ワタクシはその局長。扉に魔法を施せば、どんな場所であろうとその扉の先はこの本部に繋がります。」

 円卓の中央には、天井一杯まで使った[生命の樹]の図式が浮かび上がって回転している。

「現世界っていうのは……。」

「はい、まさにワタクシ達が存在するこの世界の空間の総称です。[生命の樹]、[絶命の樹]、及び[冥界]と[妖界]は全て[現世界]の一部という事になります。」

 アヴィセルラが指を鳴らすと、円卓の中央には[現世界]の全てが映し出された。

「なんか聞き慣れねぇのがあったな……。」

「[絶命の樹]って何……?」

 円卓に嵌め込まれた液晶をアヴィセルラがいじると、すぐに[絶命の樹]の図式が中央にピックアップされた。

「お前達が俺に会った所だ。通称は地獄。」

「あぁ、あの禍々しそうなとこな……。」

 もくもくと空を覆う暗雲や、チロチロと地面に流れるマグマを思い出し、ジャンとフィリップ二世は遠い目になった。

「さて、皆様。そろそろ本題に。私達、[シシャ]は現在、岐路に立ちました。聖戦と呼ばれるこの戦争を収束へ導く岐路に。」

 中央の空中投影ディスプレイに、聖戦の年代記が映し出される。目で追うには早過ぎるが、零達にはその情報が概念的に頭に入ってくる。

「聖戦の始まりは失楽園戦争とされていましたが、アーサー王が我が君の体を離れた今、聖戦はアーサー王が我が君の体を乗っ取ったところから始まったと言っていいでしょう。」

「取り敢えず諸悪の根源はアーサー王って事でいいんだな。」

 フィリップ二世の簡潔な言葉に、アヴィセルラは頷く。

「はい。聖戦を終わらせる事、それすなわちアーサー王とその勢力の打倒に他なりません。」

 近くにあった椅子を引き寄せ、フィリップ二世は人目を特に気にせずに馬乗りになった。スクリーンに映し出される沢山の情報を手早く整理する。

「それで、これから何を?」

「当分は第二次世界大戦の戦火がこれ以上広がらないようにし、収束に向けさせます。世界大戦はアーサー王勢力にとって格好の機会ですから。」

 ジャンは世界大戦とアーサー王の関連がいまいち理解が出来ずに首を傾げる。

「何で?」

「死者の数があまりに多いと、そちらの処理に人手が行き、[冥界]の防衛が手薄になります。アーサー王勢力の侵入を許してしまうのは確実でしょう。」

 成る程な、とフィリップ二世はジャンの横で頷く。

「それで、具体的な策は? もう大方始まっちまってるんだ。見当はつけやすいだろ。」

「お話が早くて助かります。」

 アヴィセルラが指を鳴らすと、世界地図がディスプレイに現れた。大日本帝国、ナチス・ドイツ、そしてアメリカ合衆国の領土が赤くマークされている。

「今回の計画の肝。それは日米開戦の阻止……つまり真珠湾攻撃の中止。そしてアドルフ・ヒトラー暗殺計画の成功です。」



 脱いでいたワイシャツを着て、フィリップ二世は特になにも考えずにボタンを閉めた。

「まさかアルがイギリス来てるとは思わなかったわ……。」

 データを入力するアルフレッドは、フィリップ二世のため息に微笑む。

「君達が[シシャ]に戻ってから身体検査してなかったからね。特に問題なさそうだよ。さて……。」

 白衣を翻して立ち上がり、アルフレッドはバインダーを持った。

「どっか行くのか?」

「ん? あぁ。零も検査しないとと思って。ここまでなにも支えがないのにぶっ続けで活動し続けてたから、流石に異常はきたしてるでしょ……。」

 眉を寄せて肩を落とし、アルフレッドはいつもの足取りより少し力のない歩みでROSEAの医務室を後にした。

「零も大変だね。」

「これからはもっと大変だろうな……。」

 隣の部屋から出て来たジャンの言葉に、フィリップ二世は少し苦々しく返した。
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