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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)
Verse 4-9
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一九四一年、十二月。悠樹達はその日仕事もせずにラジオの前で座り続けていた。念の為アメリカに帰国していたアルフレッドと、屋敷にいる鯉雉とは咲口の携帯端末の通話機能で繋がっている。
『一応、大統領直属スパイだから、来たら報告だけは入ると思うんだけどねー。』
『まあ大丈夫じゃろ。もしこれで海軍がワラワに秘密で攻撃しに行ったともなれば国家反逆罪でぶち込む。』
思ったよりも真面目な顔つきでそう言い切る鯉雉に、佐藤は焼酎を進めた。
「なんか[使徒]って言われてからこういうのがエンターテイメントに思えてきて——」
「咲口さん危ねっす。」
咲口の冗談に笑いが生まれる光景を見て、悠樹はグラスを傾けながら言った。
「久し振りだな、このメンバーで一室にいるのは。」
「そうですね。懐かしいです。」
佐藤が持っていた一升瓶を受け取って、島田はブランドやラベルのデザインを眺めながらそう返答した。アルフレッドの説明があった後も、咲口と佐藤は、出来るだけ不審がられないように、と海軍に留まった。レプリカの帝國で彼らを殺し損ねた事を敵方はまだ諦めていない、と見越しての事だ。
「この一件が終わったら、アルフレッドさんが僕達に稽古つけてくれるって言ってました。なんでも、[シシャ]が使う魔法みたいなのの構造を教えてくれるとか。」
『ほう、それは見るのが楽しみじゃ。』
談笑に耽こんでいるうちに、咲口が、トイレに行く、と言って席を外した。廊下に出ていった足音が聞こえなくなると、島田もグラスを置いてその後を追った。
「竹伊。島田と咲口の間に何があったのか、お前知っているか?」
島田の足音も聞こえなくなると、悠樹は前に座っていた竹伊にそう尋ねた。
「え、あーよく分かってないっすね……。でも、件の日、島田さん終業時間になっても帰ってなかったんで、もしかしたら……。」
「……そうか。」
二人が消えていった扉を、悠樹はじっと見つめてそれ以上なにも言わなかった。
件の日、悠樹部隊が表向きに解体を発表される前日の事であった。連合国の中国からのスパイの暗殺を命じられていた佐藤が、そのスパイと駆け落ちして数ヶ月後の事でもある。
「うあっ、びっくりした。」
トイレから出てきた咲口は、廊下の窓から星空を見上げていた島田の影にびくりと肩を跳ねさせた。
「す、すまない。」
「いや、いいけど。」
桜色のハンカチをポケットに突っ込むと、咲口もまた島田が眺める星空を見上げた。
「……あの日も、星が綺麗だった。」
手すりに置かれていた咲口の手が拳を作る。星が流れていく音さえ聞こえるような静寂が二人を包み込んだ。
「ごめんね、嘘ついて。」
小雨の一番最初の雨粒が地面に落ちて砕ける程の静かさで、咲口はそう囁いた。すぐに見回りを終えて帰るから、と言ったその足で、咲口は悠樹と数名の同僚とともに国家反逆罪で佐藤を暗殺しに行ったのだ。
「ずっと待ったんだぞ。」
結果、咲口はいつまで経っても島田の下に戻ってくる事はなかった。島田が悠樹に捜索の届出を出すよう迫っても、悠樹は一切答えなかった。
「お願いだから、もう一人で逝かないでくれ……。」
人を殺した事もないような咲口の綺麗な白い手を取って、島田は嗚咽とともにそう漏らした。
「頼む……。」
背中を丸めて体を震わせる島田を見て、咲口はするりと手を抜くとその首に両腕を回した。
「約束するよ。島田の隣にいるって。」
暫く交わした抱擁を、名残惜しくも二人は解いた。廊下の先から竹伊が走ってきたのだ。二人には気付いていないようで、竹伊はいつもの調子で口を開いた。
「米ツ木閣下によると、一〇三〇現在で海軍から特に報告は入ってないみたいです。」
「良かった……。取り敢えず戻ろうか。今日一日は気分を引き締めていかないとね。」
咲口に促されて、島田と竹伊は興奮で足早に執務室へ向かった。
竹伊がいなくなると、執務室には悠樹と佐藤の二人きりになった。電波の向こうにいるアルフレッドも、軽食を作ってくるよ、と席を外し、鯉雉は茶菓子を取りにいった。
「……大佐は怒ってないんですか?」
「なんの事だ。」
煙管をふかしながら、悠樹は顔色一つ変えずに佐藤に聞き返した。
「分かってるくせに……。」
佐藤は頰を膨らます。件の日、部下は全員峰打ちで気絶、咲口に至っては後少しで絶命し、佐藤を手にかけたのは結局、悠樹本人だった。
「今更怒ってどうにかなるか?」
「なりませんね。」
ふてぶてしい佐藤の態度に、悠樹は更に畳み掛けた。
「謝る気は?」
「全く。」
だろうな、と悠樹は煙管の口を咥える。
「なら、俺から言う事はなにもない。」
執務室に煙が広がる。カーキ色の外套をソファーにかけて、悠樹は珍しく寛ぎのため息をついた。佐藤はこのため息を知っている。捨て子であった時に悠樹に拾われ、道場で稽古をつけて貰いながら家事をこなしていた頃に幾度となく聞いてきたのだ。
(……ずっと気にしてたのは俺だけか。)
深々とため息をついて、佐藤は膝に肘をついた。部隊を、強いては日本を裏切った事を、悠樹は頭を下げるまで許さないだろう、という佐藤の予想は、いつの間にか外れていたのである。
「明日の夕食、お邪魔していいですか?」
「勝手にしろ。」
悠樹の素っ気ない返事は、いつも通りの返事であった。
* * *
『一応、大統領直属スパイだから、来たら報告だけは入ると思うんだけどねー。』
『まあ大丈夫じゃろ。もしこれで海軍がワラワに秘密で攻撃しに行ったともなれば国家反逆罪でぶち込む。』
思ったよりも真面目な顔つきでそう言い切る鯉雉に、佐藤は焼酎を進めた。
「なんか[使徒]って言われてからこういうのがエンターテイメントに思えてきて——」
「咲口さん危ねっす。」
咲口の冗談に笑いが生まれる光景を見て、悠樹はグラスを傾けながら言った。
「久し振りだな、このメンバーで一室にいるのは。」
「そうですね。懐かしいです。」
佐藤が持っていた一升瓶を受け取って、島田はブランドやラベルのデザインを眺めながらそう返答した。アルフレッドの説明があった後も、咲口と佐藤は、出来るだけ不審がられないように、と海軍に留まった。レプリカの帝國で彼らを殺し損ねた事を敵方はまだ諦めていない、と見越しての事だ。
「この一件が終わったら、アルフレッドさんが僕達に稽古つけてくれるって言ってました。なんでも、[シシャ]が使う魔法みたいなのの構造を教えてくれるとか。」
『ほう、それは見るのが楽しみじゃ。』
談笑に耽こんでいるうちに、咲口が、トイレに行く、と言って席を外した。廊下に出ていった足音が聞こえなくなると、島田もグラスを置いてその後を追った。
「竹伊。島田と咲口の間に何があったのか、お前知っているか?」
島田の足音も聞こえなくなると、悠樹は前に座っていた竹伊にそう尋ねた。
「え、あーよく分かってないっすね……。でも、件の日、島田さん終業時間になっても帰ってなかったんで、もしかしたら……。」
「……そうか。」
二人が消えていった扉を、悠樹はじっと見つめてそれ以上なにも言わなかった。
件の日、悠樹部隊が表向きに解体を発表される前日の事であった。連合国の中国からのスパイの暗殺を命じられていた佐藤が、そのスパイと駆け落ちして数ヶ月後の事でもある。
「うあっ、びっくりした。」
トイレから出てきた咲口は、廊下の窓から星空を見上げていた島田の影にびくりと肩を跳ねさせた。
「す、すまない。」
「いや、いいけど。」
桜色のハンカチをポケットに突っ込むと、咲口もまた島田が眺める星空を見上げた。
「……あの日も、星が綺麗だった。」
手すりに置かれていた咲口の手が拳を作る。星が流れていく音さえ聞こえるような静寂が二人を包み込んだ。
「ごめんね、嘘ついて。」
小雨の一番最初の雨粒が地面に落ちて砕ける程の静かさで、咲口はそう囁いた。すぐに見回りを終えて帰るから、と言ったその足で、咲口は悠樹と数名の同僚とともに国家反逆罪で佐藤を暗殺しに行ったのだ。
「ずっと待ったんだぞ。」
結果、咲口はいつまで経っても島田の下に戻ってくる事はなかった。島田が悠樹に捜索の届出を出すよう迫っても、悠樹は一切答えなかった。
「お願いだから、もう一人で逝かないでくれ……。」
人を殺した事もないような咲口の綺麗な白い手を取って、島田は嗚咽とともにそう漏らした。
「頼む……。」
背中を丸めて体を震わせる島田を見て、咲口はするりと手を抜くとその首に両腕を回した。
「約束するよ。島田の隣にいるって。」
暫く交わした抱擁を、名残惜しくも二人は解いた。廊下の先から竹伊が走ってきたのだ。二人には気付いていないようで、竹伊はいつもの調子で口を開いた。
「米ツ木閣下によると、一〇三〇現在で海軍から特に報告は入ってないみたいです。」
「良かった……。取り敢えず戻ろうか。今日一日は気分を引き締めていかないとね。」
咲口に促されて、島田と竹伊は興奮で足早に執務室へ向かった。
竹伊がいなくなると、執務室には悠樹と佐藤の二人きりになった。電波の向こうにいるアルフレッドも、軽食を作ってくるよ、と席を外し、鯉雉は茶菓子を取りにいった。
「……大佐は怒ってないんですか?」
「なんの事だ。」
煙管をふかしながら、悠樹は顔色一つ変えずに佐藤に聞き返した。
「分かってるくせに……。」
佐藤は頰を膨らます。件の日、部下は全員峰打ちで気絶、咲口に至っては後少しで絶命し、佐藤を手にかけたのは結局、悠樹本人だった。
「今更怒ってどうにかなるか?」
「なりませんね。」
ふてぶてしい佐藤の態度に、悠樹は更に畳み掛けた。
「謝る気は?」
「全く。」
だろうな、と悠樹は煙管の口を咥える。
「なら、俺から言う事はなにもない。」
執務室に煙が広がる。カーキ色の外套をソファーにかけて、悠樹は珍しく寛ぎのため息をついた。佐藤はこのため息を知っている。捨て子であった時に悠樹に拾われ、道場で稽古をつけて貰いながら家事をこなしていた頃に幾度となく聞いてきたのだ。
(……ずっと気にしてたのは俺だけか。)
深々とため息をついて、佐藤は膝に肘をついた。部隊を、強いては日本を裏切った事を、悠樹は頭を下げるまで許さないだろう、という佐藤の予想は、いつの間にか外れていたのである。
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悠樹の素っ気ない返事は、いつも通りの返事であった。
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