神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
138 / 271
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 4-9

しおりを挟む
 一九四一年、十二月。悠樹達はその日仕事もせずにラジオの前で座り続けていた。念の為アメリカに帰国していたアルフレッドと、屋敷にいる鯉雉とは咲口の携帯端末の通話機能で繋がっている。

『一応、大統領直属スパイだから、来たら報告だけは入ると思うんだけどねー。』

『まあ大丈夫じゃろ。もしこれで海軍がワラワに秘密で攻撃しに行ったともなれば国家反逆罪でぶち込む。』

 思ったよりも真面目な顔つきでそう言い切る鯉雉に、佐藤は焼酎を進めた。

「なんか[使徒]って言われてからこういうのがエンターテイメントに思えてきて——」

「咲口さん危ねっす。」

 咲口の冗談に笑いが生まれる光景を見て、悠樹はグラスを傾けながら言った。

「久し振りだな、このメンバーで一室にいるのは。」

「そうですね。懐かしいです。」

 佐藤が持っていた一升瓶を受け取って、島田はブランドやラベルのデザインを眺めながらそう返答した。アルフレッドの説明があった後も、咲口と佐藤は、出来るだけ不審がられないように、と海軍に留まった。レプリカの帝國で彼らを殺し損ねた事を敵方はまだ諦めていない、と見越しての事だ。

「この一件が終わったら、アルフレッドさんが僕達に稽古つけてくれるって言ってました。なんでも、[シシャ]が使う魔法みたいなのの構造を教えてくれるとか。」

『ほう、それは見るのが楽しみじゃ。』

 談笑に耽こんでいるうちに、咲口が、トイレに行く、と言って席を外した。廊下に出ていった足音が聞こえなくなると、島田もグラスを置いてその後を追った。

「竹伊。島田と咲口の間に何があったのか、お前知っているか?」

 島田の足音も聞こえなくなると、悠樹は前に座っていた竹伊にそう尋ねた。

「え、あーよく分かってないっすね……。でも、件の日、島田さん終業時間になっても帰ってなかったんで、もしかしたら……。」

「……そうか。」

 二人が消えていった扉を、悠樹はじっと見つめてそれ以上なにも言わなかった。

 件の日、悠樹部隊が表向きに解体を発表される前日の事であった。連合国の中国からのスパイの暗殺を命じられていた佐藤が、そのスパイと駆け落ちして数ヶ月後の事でもある。

「うあっ、びっくりした。」

 トイレから出てきた咲口は、廊下の窓から星空を見上げていた島田の影にびくりと肩を跳ねさせた。

「す、すまない。」

「いや、いいけど。」

 桜色のハンカチをポケットに突っ込むと、咲口もまた島田が眺める星空を見上げた。

「……あの日も、星が綺麗だった。」

 手すりに置かれていた咲口の手が拳を作る。星が流れていく音さえ聞こえるような静寂が二人を包み込んだ。

「ごめんね、嘘ついて。」

 小雨の一番最初の雨粒が地面に落ちて砕ける程の静かさで、咲口はそう囁いた。すぐに見回りを終えて帰るから、と言ったその足で、咲口は悠樹と数名の同僚とともに国家反逆罪で佐藤を暗殺しに行ったのだ。

「ずっと待ったんだぞ。」

 結果、咲口はいつまで経っても島田の下に戻ってくる事はなかった。島田が悠樹に捜索の届出を出すよう迫っても、悠樹は一切答えなかった。

「お願いだから、もう一人で逝かないでくれ……。」

 人を殺した事もないような咲口の綺麗な白い手を取って、島田は嗚咽とともにそう漏らした。

「頼む……。」

 背中を丸めて体を震わせる島田を見て、咲口はするりと手を抜くとその首に両腕を回した。

「約束するよ。島田の隣にいるって。」

 暫く交わした抱擁を、名残惜しくも二人は解いた。廊下の先から竹伊が走ってきたのだ。二人には気付いていないようで、竹伊はいつもの調子で口を開いた。

「米ツ木閣下によると、一〇三〇現在で海軍から特に報告は入ってないみたいです。」

「良かった……。取り敢えず戻ろうか。今日一日は気分を引き締めていかないとね。」

 咲口に促されて、島田と竹伊は興奮で足早に執務室へ向かった。

 竹伊がいなくなると、執務室には悠樹と佐藤の二人きりになった。電波の向こうにいるアルフレッドも、軽食を作ってくるよ、と席を外し、鯉雉は茶菓子を取りにいった。

「……大佐は怒ってないんですか?」

「なんの事だ。」

 煙管をふかしながら、悠樹は顔色一つ変えずに佐藤に聞き返した。

「分かってるくせに……。」

 佐藤は頰を膨らます。件の日、部下は全員峰打ちで気絶、咲口に至っては後少しで絶命し、佐藤を手にかけたのは結局、悠樹本人だった。

「今更怒ってどうにかなるか?」

「なりませんね。」

 ふてぶてしい佐藤の態度に、悠樹は更に畳み掛けた。

「謝る気は?」

「全く。」

 だろうな、と悠樹は煙管の口を咥える。

「なら、俺から言う事はなにもない。」

 執務室に煙が広がる。カーキ色の外套をソファーにかけて、悠樹は珍しく寛ぎのため息をついた。佐藤はこのため息を知っている。捨て子であった時に悠樹に拾われ、道場で稽古をつけて貰いながら家事をこなしていた頃に幾度となく聞いてきたのだ。

(……ずっと気にしてたのは俺だけか。)

 深々とため息をついて、佐藤は膝に肘をついた。部隊を、強いては日本を裏切った事を、悠樹は頭を下げるまで許さないだろう、という佐藤の予想は、いつの間にか外れていたのである。

「明日の夕食、お邪魔していいですか?」

「勝手にしろ。」

 悠樹の素っ気ない返事は、いつも通りの返事であった。

 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...