神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
139 / 271
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 4-10

しおりを挟む
 年を越して。雪の積もったベルを鳴らすと、中から出てきたのは日中仕事があるはずのルプレヒトであった。

「あら。貴方、仕事は?」

「どこぞの二人のせいで収容所が激減して仕事が減った。今日は非番だ。零に会いにきたんだろう。入れ。」

 ボロい屋敷は零によって一夜にしてリフォームされた。現在オーストリアで活動しているフリードリヒ二世が帰ってきても文句を言われないように、と内装はどことなくロココ調になっている。日当たりの良いリビングルームでトランクを置き、理恵は長旅の疲れを癒すのに伸びをした。暫くダイニングチェアで脚を組んでいると、零が姿を見せた。

「理恵、アメリカはどうだった?」

「アルフレッドの家は良かったけれど、風土は合わなかったわ。奥ゆかしさの欠片もないもの。イギリスのがいいわ。」

 ルプレヒトが差し出したライムジュースを飲み干しながら、理恵はそう零に感想を述べた。

「そうか、まあ俺もイギリスのほうが好きだよ。それで?用件はあれなんだろ?」

 手に持っていた便箋の束をテーブルに置いて、零は理恵の向かい側に座った。

「えぇ、真珠湾攻撃はなかったわ。アルフレッドにも、鯉雉さんにも一切報告はないし報道……ルーズベルトの演説もなかったわ。ひとまず前進、というところかしら。こっちは……ナチス・ドイツのほうはどうなの?」

「ジーク曰く、ジャックとソロモンの日頃の成果が功をなして、ヴァンゼー会議で最終解決どころじゃないとさ。会議を開くならまた大量に強制収容所を作らなくちゃいけないが、そもそも建設費用がパァになったんだ。これは移民するしかないらしい。」

 でしょうね、と理恵はグラスについたリップを拭った。

「ところで、その便箋は?随分と綺麗な筆跡ね。」

 ずっと零の手の中で角を捲られていた便箋を理恵は指差した。

「ん?あぁ、これはフリッツ陛下からの手紙だ。ちょっと明日用事ができたんだ。」

 少し悪そうな顔で、零は笑った。

 * * *

 ふてぶてしく座っているSS制服の男が一人、その向かいでは、フリードリヒ二世がニコニコと微笑みながらコーヒーカップを揺らしていた。

「お、来た来た。」

 シュヴァルツから興奮の電話を受け取ったのはつい先日の事であった。オーストリアにいるSSの名簿にフランツ一世らしき人がいる、と報告を受けて、オーストリア国土エーデルワイス・ドッペラドラーを尋問かとばかりに問いただし、一週間ほど前にフランツ一世の住居である屋敷が判明したのだ。

「往生際の悪い奴め。まだそんな顔をするかね。」

 ベルの音を聞いて、フリードリヒ二世は咥えていた葉巻を離した。応対したゴーレムが連れてきたのは、零である。

「お久し振りです、フランツ陛下。」

「なぁにが久し振りだ! 帝國でほぼ会ったも同然だろう!」

 そうですね、とはにかみながら、零はフリードリヒ二世の隣に座る。ちなみに、この三日程前にフリードリヒ二世は特に連絡も入れずに屋敷に邪魔していた。

「それで、協力させるというのであれば私は絶対に協力しないぞ。」

「なぜそんなにふてぶてしいんですか。」

 すっかり短くなった葉巻を灰皿に擦りつけて、フリードリヒ二世は佇まいを正した。

「フランツ、悪い事は言わない。マリアの所に帰って来なさい。」

「マリアの名前を出すな。」

 威嚇するドーベルマンのような威圧に、フリードリヒ二世も流石に眉を下げた。

(駄々を捏ねる子供だな……。)

「陛下、僭越ながら聞かせて頂きたい。貴方はなぜ堕天を?」

 細巻き煙草を漸く口から離し、フランツ一世は胡乱げに零に視線を向けた。

「マリアがいなかった上に、可愛がっていたマリアが堕天したら堕天するしかないだろう。」

 前者はマリア・テレジア、後者はマリー・アントワネットの事である。零は少し考えると、納得したように声を上げた。

「なんだ、アントーニアは何かしたのかね?」

「えぇ、俺も伝聞の形ですが、確かエデンの園に生まれたアダムの妻に……なるはずが嫌で逃げ出したと。」

 ぶつくさと文句を述べ連ねるフランツ一世を無視して、零とフリードリヒ一世はマリー・アントワネットに若干の同情を覚えた。

「しかしマリアはいるぞ?」

「彼女は捜索漏れの一人で聖母[マリア]として迎え入れたので、フランツ陛下が堕天した時にはまだいらっしゃいませんでした。えぇ。」

 なるほど、とフリードリヒ二世は顎に人差し指を当てた。

「でも今はいるだろう?」

「やかましい!」

 机を平手で一度叩くと、フランツ一世は被り続けていた制帽を下ろして深呼吸をした。昂った気持ちを押さえつけて、フランツ一世は漸く二人へまともに視線を向けた。

「お前達、相当私に固執しているな。」

「当たり前です。こちらは味方が増えれば増えるほど万々歳ですから。」

 黒いネクタイを緩めると、フランツ一世は、暑い、とガーデンに続くガラス戸を開けた。外から冬の寒々しい空気が流れ込んでくると、零とフリードリヒ一世も息をついた。

「まあいい。[天使]に戻る話は保留にするとして、情報くらいは提供してやろう。なにが聞きたいんだ。」

「暫しお待ちを。」

 革の仕事鞄から数枚紙を取り出して中身を確認する零を一瞥して、フリードリヒ二世は新しい葉巻を取り出した。

「戦争に負けたオーストリアにしては随分と上から目線だな。」

「うるさい! 田舎成り上がりのくせに!」

 二人の喧嘩をやめさせるように片手を振ると、フランツ一世は疲れた顔で零に視線を送った。零の記憶にある生前のフランツ一世といえば、もっと穏やかでおおらかな雰囲気に包まれた優しげな皇帝の筈なのだが、どうやら積み重なるストレスが多いようで現在は酷く短気になっているようだった。

「まず、大抵の[堕天使]が堕ちた理由を。」

「失楽園事件に関していうなら[神]の政策に反対だったんだろう。」

 いつの間に申しつけたのか、ゴーレムが三人の真ん中に、ごとん、と貴腐ワインを置いて談話室から出ていった。伏せられた三つのグラスを返し、フランツ一世はその一つにワインを注ぐ。

「……それだけ?」

「それだけとは?エグリゴリの事件に関していうならば、ルプレヒトはお前がいなくなった事に自暴自棄になっただけ。……あぁ、後は。」

 フランツ一世が差し出したグラスからは、ふわりと甘い葡萄の香りが漂って来た。零がグラスの脚を持って受け取ると、フランツ一世は次のグラスに注ぎながら話を続けた。

「後は、お前のような名もなき人間に支配されるのが不服な者。」

「納得の答えですね。」

 次のグラスは、フリードリヒ二世に渡された。

「それで、他に質問は?」

「ヒトラーが暗殺された場合、オーストリアのナチスは蜂起しますか?」

 ボトルに栓をすると、フランツ一世は最後のグラスを自分に引き寄せた。

「あぁ、するだろう。……だとすればどうする?私はお前の為に手を汚す気はないが。」

「えぇ、まぁその答えは順当ですから、シュヴァルツからエーデルワイスに頼み込んで貰っています。」

 自慢げに微笑むフリードリヒ二世に、フランツ一世は思わず舌打ちした。

「最後に、これは一つ陛下へのお願いです。エーデルワイスを折るのに、陛下にも説得して頂きたい。できれば、今から赴いてでも。」

「随分と急だな。」

 申し訳ありません、と零は目を伏せたが、そのしおらしさにフランツ一世は一度ため息をついた。

「そんなにナチを徹底的に潰したいのか。まぁ気持ちは分かる。……仕方ない、それくらいなら協力しよう。車はあるのか?」

「いいのか?フランツ。」

 零は慌ててワイングラスに入っていた貴腐ワインを胃の中に流し込んで立ち上がる。どうやら本当に乗り気らしく、フランツ一世は既にワインを飲み干している上に制帽を被ってネクタイを整えていた。

「いいもなにも、オーストリアを戦火の海にしない方法だ。私は行く。」

 部屋から大股で出ていったフランツ一世の背中を見送って、零とフリードリヒ二世はお互いに視線だけを合わせた。

「チョロかったですね。」

「私も驚いているぞ。」

 怒声が飛んでくると、二人はコメディ映画のように慌てて鞄を抱えて談話室を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...