神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 4-15

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 イタリアからドイツに帰って、零はそのままルプレヒトの屋敷に行く前にジークフリートの家へ寄った。零が思ったほど大きな屋敷ではなく、一人暮らし用のこじんまりとした家であった。

「久し振りだな。入ってくれ。」

「突然連絡入れてごめん。」

 たまたま休みだったジークフリートはラフな格好のまま玄関先に出てきた。ハグをして零を迎え入れると、待ってましたとばかりにダイニングテーブルの上に湯気の漂うティーポットが置かれていた。

「こ、こんなに用意してくれたのか。すぐ帰るつもりだったんだけど……。」

「そうなのか?でもイタリアから帰ってきてすぐなんだろう。ちょっとだけ寛いでいけよ。」

 否応なしに座らされ、ジークフリートはダージリンティーをティーカップに注いだ。熱々の紅茶は、外で凍りついた体内をどんどんと溶かしていく。最近ジャンとどんな話をしたとか、天界で開発されている電子機器は凄まじいとか、ROZENが懐かしいとか、初めはそんな話に花を咲かせた。

「それで、零。本題は何だ?」

 ジークフリートがそう切り出したのは、ティーポットの中身がすっかり空になった頃だった。クッキーも半分は食い尽くされていた。

「そうだ。ROZENにいた頃、ジークが見せてくれた本をもう一度見たいんだ。凄く分厚くて……。」

「フィリップと見つけた奴か……。ちょっと待ってろ、この家にあったか覚えてないが……。」

 帝國の図書館には、表に出回っていない書物も多く所蔵されていた。それは無論、あの世界の政治に、[シシャ]が大きく関わっているからだ。人間界で活動する[シシャ]の多くは裏社会やごく一部に開かれた界隈に所属している者が多い。その繋がりは、時に凄まじい広がりを見せるのだ。

「あれは帝國の図書館にあった本だから同じのかは覚えていないが、表紙は確かにこれだった。……前も言ったが、これはヒムラー長官から貰った奴だから、僕は中身もきちんと見てないんだが。これがどうかしたのか?」

 暫くして、ジークフリートは自らの書斎から降りてダイニングテーブルに目当ての本を置いた。ジークフリートの言う通り、本の天はすっかり埃が被っていて、ページは美しい状態で保たれている。

「実は……。」

 トランクを開けて、零は瓜二つの本を取り出した。厚みは全く違う。ジークフリートが所持していた物のほうが、若干厚かった。

「お、お前! これ何処で手に入れたんだ?」

「探し当てたのはヴァチカンの国土なんだ。その……秘密裏にバスカヴィルを調査させてて。」

 凄いな、と呟いて、ジークフリートは二冊の本の表紙を捲った。

「ジークが持ってるのは……一つしか書いてないのか?」

「多分お前が持ってるのは概要で、僕が持ってるのは一つに関して専門的に書いてるんだろう。オカルトの分野には詳しくないし、この本に書かれてる事も全く分からないんだが……。」

 片方をペラペラと捲って見たが、零もジークフリートも目が滑ってなにも頭に入ってこなかった。埃が舞い上がるような勢いで本を閉じると、二人は当時にため息をつく。

「それにしても、どうしてバスカヴィルを?」

「え?あーまぁ……うん。ジークが気にする事じゃないよ。」

 苦しそうに微笑まれて、ジークフリートは眉を下げた。

「そうか、僕になにか出来る事があればいいんだが……。いっその事ヒムラー長官に聞いてみるか?あの人はオカルトが大好きだから、多分僕らより詳しいぞ。」

「へ?あ、いや、ジークが聞けるならそりゃ聞いて欲しいけど……。」

 肩を落とした零の背中を、ジークフリートは優しく撫でた。

「勿論だ。今度は僕からルプレヒトの屋敷に行くぞ。」

 忠犬のような明るい微笑みで、ジークフリートは自らのToDoリストにヒムラーと話す旨を明記した。

 * * *

 春の彩りもすっかり緑に奪われそうな時期。零が食材を買ってルプレヒトの屋敷に戻ると、実に久しい顔が二人玄関のホールで机を睨んでいた。

「ジャック! ジャックじゃないか! 隣にいるのはユーサー陛下ですか!?」

 その声に、ジャックは思わず跳ねるように体ごと振り返った。

「零! 滅茶苦茶待ったんだぞ!」

 ジャックが言っているのは、恐らく零が行方をくらませてから今までの事だろう。ジャックの興奮気味な雰囲気に、ユーサー王も苦笑しながら立ち上がって頭を下げた。

「調子はどうだ?アルフレッドから健康について話を聞いた……やっぱり前より大分痩せたな。」

「あぁ、まぁすっかり体重は落ちた。それにしても、二人でどうしたんだ?俺に会いに来ただけじゃないんだろ?」

 食材の入った袋をゴーレムに渡すと、零はテーブルの上に広げられた紙を見た。チェコの地図である。

「あぁ、ハイドリヒ暗殺計画の最終チェックをしてたんだ。ルプレヒトに見て貰って、粗探ししてたってところだな。」

 赤い点線や青い丸や、マーカーで激しく書き込まれて原型もいまいち分からないチェコの地図を持ち上げて、ジャックは一度頷いた。

「そういう事だったのか。上手く行きそうか?」

「元の計画が成功しているので、そこまで加筆する必要はありませんでした。後は……どれだけ詰められるか、です。」

 いかに徹底的に殺し、いかに徹底的に逃亡させるか、それが今回のミソであるようだった。一時休憩、とばかりにジャックが背伸びをしながら庭園へ散歩へ行くと、ユーサー王は地図をじっと見つめていた零の隣に立った。

「ルプレヒトとフランツから聞きました。例の男について色々と情報を集めていると。」

「……あぁ、バスカヴィルの事か。」

 呟くようなユーサー王の声に、零もまた低い声で返した。

「残念ながら当時の記憶は随分とあやふやですが、お力になれればと思いまして。」

 キャップを閉め忘れたマーカーを拾って、ユーサー王はしっかり蓋をする。今でこそ髪の色はヘーゼル色、瞳もライトブラウンと言った普通の出で立ちであるが、黒髪に茜色の瞳になれば、最早バスカヴィルと瓜二つであった。

「私を召喚した男。はっきりと覚えているのは、瞳はアンバーで、白い長髪、肌の色は貴方よりも濃い褐色でした。一目見れば浮世離れしていた事は明白。更に、ヨーロッパというよりはどちらかと言うとアジア人の顔立ちでした。アラブ系では絶対にない。」

 アンバーと聞いて、零はルプレヒトが隠している方の瞳を思い出した。しかし、彼の片目は後天的なものだ。生前、零を庇って右目に銃弾を受けた時に、視力を失ったのである。

「その男、何故貴方のような上級の[シシャ]を?」

「そこまではなんとも。しかし、あの時の私を意図的にせよ、そうでないにせよ、召喚出来たという事は、なんらかの形で[堕天使]と縁があるのではないでしょうか。彼が交渉したのは一つ。私の肉体です。すきあらば霊魂も精神も食ってやろうかと思いましたが、男が私の肉体を乗っ取る方が早かった為に、あのような事に。」

 ユーサー王が召喚の男にされた事は、零がアーサー王にされた事と同じである。自らの体を知らない所で好き勝手に使われていると、毎日恐怖に怯えて暮らすしかなかった。

「まぁ、その経験は俺にもあるさ……。ユーサー、乗っ取られた後の記憶は、お前の目に映らなかったのか?」

 召喚されて乗っ取られた後の事を、ユーサー王は一切知らないようだった。目を伏せて首を横に振ったユーサー王にそれ以上当時の事を思い出させるのは酷だと思い、零は口を閉ざした。

 * * *
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