神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse1-3

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 明治期の閑散とした住宅街。悠樹邸の周囲の風景はなにも変わっていなかったが、その向こう側、東京都心部は全体的に建物の高さが低かった。東京大空襲を経験しなかった現代の都心部は明治期の建物の殆どが残されたものの、人口増加の為に多くの建物の高さは嵩増しされていた。

「ま、明治だな。」

「そうだな、行き交う人も着物姿が多い。」

 ぽつり、ぽつりとアスファルトの道を歩く紳士も夫人も、ほぼ和服姿であった。女性は手に風呂敷を持ち、男はステッキを握っている。たとえ洋服であっても、非常にモダンであった。

「男のスラックスも幅があるしなぁ。やっぱこの頃のスーツのがかっこいいと思うんだけどよ。」

「それはそれとして家だ。」

 アヴィセルラが言った通り、テレポートされた先は悠樹邸の玄関先である。木製の高い門を押すと、緊張感のない笑い声が耳に届いた。

「おいおい緊急事態だってのに呑気だな。」

「まあ俺達がいないと始まらないし、無理に緊張して疲れてもらっても困るけどな……。」

 明治期の頃から鍵の形が変わっていないのか、それとも変更するのを首謀者が怠ったのか、零に渡されていた悠樹邸の鍵はぴったりと引き戸の鍵穴に嵌った。軽い開錠の音とともに引き戸を開ける。

「ただいまー。」

「邪魔するぜー。」

 二人の声を聞きつけて、小走りにやってくる軽やかなすり足の音が聞こえた。

「あら、来るの早かったのね。明日来るんだと思ってたわ。」

「今は何を?」

 再び玄関を施錠すると、出迎えた理恵に零は聞いた。笑い声に混じって、庭先でかすかな爆発音や金属音が聞こえる。

「休憩して談笑してる人と練習してる人がいるわよ。」

「練習? なんのだよ。」

 来れば分かる、とばかりに手招きをして、理恵は二人を庭に面する居間に案内した。

「あぁ、成程な。」

 博人と勇斗が縁側で茶を飲んで談笑している向こう側で、久志と勇斗がアルフレッドに稽古をつけてもらっていた。[使徒]への第一歩として、アルフレッドは彼らに魔法のようなものを教えているのである。

「あ! 久し振りです零さん、フィリップさん!」

「お加減はどうすか?」

 継子は夕食の買い出しに、清張は首謀者によって勝手に割り振られた仕事に出かけているようで、今は屋敷にいなかった。勇斗の心配そうな声に、零は苦笑して手を振った。

「まあまあってところだ。そっちの二人はどうだ?アル。」

「島田君はコントロール出来てないのと、咲口君はコントロールのし過ぎで[燃料]の出力が過小になってるかな。竹伊君と佐藤君はもう実戦経験を積むだけ。二人とも、休んでいいよ。」

 疲れて間延びした返事と共に、二人はどっかりと縁側に腰を下ろした。一月の雪が積もる冬であるというのに、史興の白いワイシャツはすっかり汗だくである。

「ってちょっと待て。つっこんでいいか?」

「まあ君が言いたい事は分かるよ。多分首謀者の趣味じゃないかな。」

 フィリップ二世のつっこみを遮るように、アルフレッドは手を挙げた。史興の隣に座る咲口は、なぜか女学生のような袴姿である。

「おう、やっぱり女だよな……? え、双子?」

「違うよ、起きたら女の子になってたんだよ。」

 至って冷静に、しかし苛立ったような口調で久志は吐き捨てた。居間に戻ってきた理恵から暖かいほうじ茶を受け取り、零はその事実に半眼になって湯呑みを持ち上げた。

「首謀者の趣味って言ったけど、見当はついてるみたいな物言いだな。」

「多分坂本さんの……逸叡さんの仕業です。」

 坂本、とその苗字を復唱して、フィリップ二世は空いていた手で指を鳴らした。

「ああ! あの、帝國で突然個人戦闘やろうとか言った狐目、七三の関西弁!」

「その根拠は?」

 シャツに吸い取られた汗がすっかり冷えてしまったのか、史興は、失礼、と零とフィリップ二世の間を割って小走りで隣の部屋へ入っていった。久志はぬるま湯につけた暖かな手ぬぐいで顔や腕を拭っている。

「終戦日、島田が和平条約を結びに行ってたから僕と佐藤でラジオを聴きにバーに行ったんだ。まあそしたら、そこで鉢合わせてね。」

「鉢合わせというか計画的犯行ですよねあれ……。なんでも、稽古つけたるわ、みたいなことを言われたんですが、咲口先輩がアルフレッドさんに頼んだんでいらないです、って言ったんですよ。」

 全員が居間に入ると、アルフレッドはそれ以上寒気が侵入することを許さないかのように、ぴしゃり、と硝子障子を閉めた。

「そしたら、じゃあテストするさかい、みたいな事を言われたので。それじゃないかなあ、なんて。」

「成程、ラスプーチンの片割れ……失楽園事件で生まれた[原罪]のもう一人はその坂本勇人……こと逸叡だったわけだ。」

 居心地悪そうに饅頭を囲む輪に入ったアルフレッドは、大きなため息をついて肩を落とした。

「なんだアル。どうかしたのか?」

「えっあーいや……。実はユーサー王の件の時に、坂本君を攫ったラスプーチン止められなかったの、僕らだなと思って……。」

 ごめん、と眉を下げて俯いたアルフレッドは、もう一度だけため息を吐いた。

「ま、終わった事だ。先を見ようや。」

「それはそうなんだけどね。そうじゃなくてすっかり忘れてて報告してなかった事を言ってるんだよ僕は。」

 少々憤慨したような素振りを見せたアルフレッドに、フィリップ二世が肩を竦めた。漸く史興が戻ってきたところで、全員は佇まいを直す。

「俺が帰ってきて立て続けに色々あったんだ。忘れても仕方ないだろ。それで首謀者と接触は?」

「今のところないですね。まだ都心には出るなと師匠……大佐に言われてるので。」

 急須からほうじ茶を注いで、博人は過保護な清張を思い出す。

「仕事がてら調査してるって事か。親父も熱心だな。理恵達は?」

「首謀者には会ってないけれど、部下っぽいのに何人か接触したわ。男が二人、女が一人。」

 饅頭の隣に置いてあった醤油煎餅に噛り付いて、フィリップ二世は目を細めた。

「他にもいる確率は?」

「まあいるでしょうね。首謀者含めて四人じゃ数が少ないもの。本気で戦うつもりがなくてももう一人くらいいるわ。」

 問いの答えを聞いて、フィリップ二世は正座を胡座に変えた。

「ちなみに接触した三人の外見は?」

「男の一人は黒のオールバックに軍服。もう一人は七三でほんの少し髪が長かったかしら。洋装だったのは確かよ。女は着物姿。残念ながら全員夜に会ったからしっかりと顔まで見られなかったわ。」

 手に持った饅頭をじっと見つめていた零は我に帰ったかのようにそれを口に放った。

「夜? 時間は?」

 壁に掛かっていた振り子時計に視線を向けて、理恵は少しだけ間を置いた。

「所謂、丑三つ時ね。」

「最も妖の活動が活発になる時間だな。妖怪を知ってるか?」

 史興達は頷き、フィリップ二世は少しだけ首を傾げた。知識としての妖怪については知っているが、フランス国王であった彼にはいまいち実感が湧かない。

「でも妖って本当にいるんですか? ……いや、目の前にいるのがだれか知ってるので否定はしませんが。」

「いるさ。逸叡の配下は全員[妖魔]と呼ばれる[シシャ]の一団だ。[堕天使]よりも更に下の階級……という事になっているが、彼らは戦闘する気もないし世界を破壊する目的もないからそこに位置しているだけで。ジャック達の報告からすると人助けをしたり神隠しをしたりやりたい放題している連中だ。ある意味で多神教の神っぽい役割をしているとも言える。逸叡が首謀者だと言うなら、多分理恵が会ったのは彼らだろう。」

 煎餅の入っていた木製の器が空っぽになると、一同の手は別の皿に手を伸ばしていった。

「情報を整理しましょ。私達の目標は、、ここから出る。それに必要なのは、敵方の思惑を知り、必要とあらば倒す、ね。」

「あぁ。見た所、咲口達にはここでの生活があるみたいだし、主に動くのは俺達になるな。」

 零の向かい側で広がっていた史興達は、一様に明治期のファッションで身を包んでいた。外出時であればともかく、屋敷にいる際は普段のような服装でリラックスしていても無問題だろう。

「すんません、俺達はなぜか学校があって……。」

「咲口先輩は女学校だけどね~。」

 拳が腰にクリティカルヒットしたのか、博人はそのまま前のめりになって悶絶していた。腰をさする史興の隣で、久志が一度咳払いする。

「それじゃあ、そういう事で。」

 日曜日の会議は、そこで打ち切られた。
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