神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 1-4

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 その日の丑三つ時、連日外に調査へ出ていた理恵とアルフレッドに屋敷の警護を頼み、零とフィリップ二世は共に庭を見回って邸宅を出た。清張はその日宿直で家を空け、継子は零とフィリップ二世を迎えた後に普段と変わらない一日を終えていた。

「うーん寒い。」

「体温調節しとけってば。」

 着込んで出てきた零とは打って変わって、フィリップ二世は厚手のタートルネックとハーフ丈のライダースーツという日本の二月を舐めてかかった服装だった。

「言われなくてもやるっつーの。んで、どうする? 二手に分かれるか?」

 [シシャ]の体は外気に合わせて[核]から放出する[燃料]を調節して寒暖差をなくす事が出来る。放出量が多ければ多い程体温は上がり、少なければ少ないほど下がる。それによって彼らの体調に支障が出る事は一切ない。

「いや、相手の戦力が測れないのなら分かれるのはやめておこう。取り敢えず理恵とアルフレッドが作った地図の通りに歩いていくか。」

「地道だなぁ、見晴らしのいいとこに登って全部見ようや。」

 黄ばんだ東京の地図と悠樹邸の周辺地図を広げた零を横に、フィリップ二世は遠くに見える高い建物を見渡した。悠樹邸のある住宅地からはよく見える、東京の高層建築群である。

「いやお前、百貨店もメゾンももう閉まってるじゃんか。」

「はぁ? バレずに外壁登りゃいいんだよ。」

 零の否定も聞かずに、フィリップ二世は中心部へ一直線に伸びる道路をてくてくと歩き始めた。



 現代ならば褪せた黄色に輝く夜景も、明治期とあっては街灯の橙色がぽつぽつと夜道を照らし出すだけであった。さして風景を楽しむこともなく數十分、フィリップ二世は目当ての高層建築の前に立ってシガレットを口から摘み出した。

「さて。俺はひょいひょいと登れるが……。」

 上を見れば見るほど首が痛くなるような高さに、零は股間が薄ら寒くなる。冬の凍てつく寒気で足元にあった枯葉が乾いた音を鳴らながら去っていく。

「じゃあ俺が上にやったら連れてくから、そこで待ってろ。」

 呆れたようなフィリップ二世の声に、零は忠実な子犬のようにこくこくと首を縦に降った。足元に再び風が舞い起こったかと思えば、フィリップ二世は軽々と地面を押して跳躍する。飛び上がった先の手近にあったアール・デコの装飾を掴むと、一度だけ零の黒い髪の毛を視認した。

(ところで、捜索の基準は?)

(あ?こんな真夜中に中心部うろついてるだけで怪しいだろ。)

 頭の中に返ってきた答えに呆れともつかないため息を吐き出す。ぬいぐるみを掻き抱くように、左手の中にあった刀を両腕で抱えた。

(……寒い。)

 零の吐いた息は酷く白かった。



 さてと、とフィリップ二世は屋上階まで上がって手のひらについた埃を払った。外気に負けじと凍てついた輝きを放つアイスブルーの瞳には、庭園が広がっている。

(これが所謂空中庭園ってやつか。夜に見てもあんまり面白くねぇな。)

 噴水を周り、フィリップ二世は再び柵を越して外壁のへりに立った。高層建築群では、フィリップ二世の鷹の目もあまり力を発揮しない。

(どうだ?)

 耳を頼る為に暫く目を瞑っていると、待ちくたびれた零の声が聞こえた。そういえば、彼を屋上に上げると言ってすっかり忘れていた。

(ちょいちょい聞こえるのは酔っ払いの千鳥足だな。まあよくこの時期のこんな時間に歩いてるぜ。他には——)

 もう一度耳を澄ませるように首を傾げて、フィリップ二世はすぐさま振り返った。零がいるのとは全く別方向から聞こえてきたコートのはためく音が、軽々と百貨店の湾曲した装飾を蹴り上げた。

(なんか来たぞ。)

(じゃあ俺帰るから。)

 縁にその姿が現れるや否や放られた言葉に、フィリップ二世は目を剥いた。

「は!? お前馬鹿言ってんじゃねーぞ! おい!」

 零の応答はない。そのままフィリップ二世を置いて悠樹邸へ帰るつもりなのだろう。

(いやだが、冷静に考えれば逆に今の零を戦闘に出すのもまずいな。)

 第二次世界大戦の一件から目覚めて、零はまだそう日が経っていない。本調子でない彼を不用意に敵の前に見せては逆に不利になるというものだ。

(だからって帰るのはどうだよ……まあいいや。)

 腕を振って手の中にナイフを出現させて、フィリップ二世は目の前の人影を睨めつけた。体躯からして男だろう。

「壁を登ってきたって事はお前か? 零が言ってた[妖魔]ってのは。」

 足音に間違いがなければ、男は一直線にフィリップ二世の下へ向かってきた。

「お初にお目にかかる。」

 金属の掠れる音が聞こえたと思えば、月明かりに反射した刃が男の手元に現れた。誠実そうな、しかし酷く硬い声に、フィリップ二世はナイフの剣先を向けた。青白い光が二つ、屋上の上で風に揺らめいた。金属の澄んだ音が星空の下に響く。暗闇に隠れていた顔が、鋼に反射した月光でよく見えるようになった。

「お前……、まさか柏葉矢桐か?」

 先程まで雲がかかっていた月も、いつの間にか二人のいる空中庭園を照らし始めた。フィリップ二世が一度だけ見た事のある顔が浮き彫りになっていく。

「ご名答。何処で自分の名前を?」

 彼は明治期の陸軍軍人の格好で、再び落下防止の柵の上に降り立った。軍人らしからぬ皮肉な微笑みを浮かべて、フィリップ二世を見下げている。

「ROZENで悠樹の上司だっただろ。」

「成程。それはまた……縁のある人物に出会った。」

 彼の人物像に関してフィリップ二世は詳しくは知らない。おまけに、彼の持っている明治期の情報に柏葉矢桐という名前に該当する人物はいなかった。

「お前。[シシャ]の割に有名人じゃなさそうだな。」

「その通り。自分は名もなき陸軍将校の一人だったのが、なぜだかここに来てしまった。」

 フィリップ二世から戦闘意識を感じられなかったのか、矢桐は手に持っていた質の良い軍刀をゆっくりと鞘の中に収めた、フィリップもまた、手の内にあったナイフを一瞬でアイスブルーの光にして消してしまった。

「あんたらの目当ては俺達じゃないようだな。」

「無論。逸叡様から賜った仕事は[使徒]の実力把握。貴方が[シシャ]ならば、今日も自分は非番というわけです。」

 フィリップ二世は顎に手を添えた。先程の手馴しにもならない運動で、フィリップ二世は[シシャ]と見破られたのだ。

「柏葉。お前らは同族をどうやって見分けてるんだ?」

 ここで言う、同族、とはつまり[シシャ]の事である。今に背を向けて柵を飛び降り、非番となった残りの夜を楽しもうとしていた矢桐は、くるりとバランスよく振り返ってフィリップ二世に向き直った。

「[燃料]の流れから[核]の反応を探知するんですよ。」

 ご存知ない、と矢桐は立派な片眉を上げたが、フィリップ二世は感心したような表情で足元を見下ろしていた。

 * * *
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