神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 1-8

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 どさ、と瓦屋根から雪が落ちる、ぼんやりと畑を見ていた零は、その音で我に返った。

「……。」

 耳を澄ませると、いや聴覚を強めると、竹藪の方から理恵とフィリップ二世の打ち合いの音が聞こえ始めた。しかし、零は一瞬眉間に皺を寄せてそれをやめた。冷たい空気を吸う肺が揺れる。気管がささくれ立ち、重い咳を数度こぼした。

『魔術師、それが彼らの総称だよ。』

 明治期の閉鎖世界に来て一日経った平日。アルフレッドから健康診断を受けると共に、彼が受け取っていたリリアム・コルンバとインマヌエル・グリゴリエヴィチ・ラスプーチンの最終調査書を貰った。最終的なアルフレッドのまとめは、その一言である。

(魔術師、か。)

 世界に流れる[燃料]を気、もしくはマナなどと呼び、自らの肉体に流し込んで不可思議な術、魔術を発揮する者達の事の呼称。リリアム・コルンバの調査書で明らかにされた事実であった。彼自身、手に入れた魔術書をかなり読み込んだらしく、調査書の枚数は膨大だった。ROSEAで感知される[人間]で忽然と姿を消す者は、殆どが魔術師なのではないかという仮説も建てられた。

(あれから、最後にヴァチカンを訪れてから分かった事といえば、バスカヴィルが魔術師である事くらいか。)

 再びぼんやりと雪景色に埋まる庭園を見つめる。断続的に振り続けた雪の重みで、椿は白銀の上に斑点を描いている。

「……なんだ?」

 聴覚を鍛えなくても分かる、一斉に竹が将棋倒しになる音が庭園に響く。風一つ吹いていないにも関わらず、竹薮の竹が揺れた。



 いい調子じゃない、と理恵の艶めかしく攻撃的な声が聞こえた。体の痛む場所を意識すると、瞬時に痛みが引いていく。

「っ!」

 理恵の薙刀の一閃を間一髪で竹の上を転がりながら避けると、フィリップ二世は勢いあまりながら態勢を整える。

「遅い!」

「思考が間に合わねっつの……!」

 張りのある声とともに薙刀が振り下ろされる。ナイフを交差させて、フィリップ二世はそれを受け止めた。がくがくと交差点が揺れる。

「考えないで、直感で出来る筈よ。」

 頭のてっぺんから指の先、爪先まで、事細かに[回路]を意識すること。今日の理恵の訓練の第一声はそれだった。他人への[燃料]を意識するのではなく、自身の中の[燃料]の流れを意識し、まず世界に流れる[燃料]を吸い上げられるようになる事。それが彼の課題である。

「直感てお前……軽く言ってくれるなぁ!」

 腕に流れる[燃料]を増やし、薙刀を押し戻す。

「そう、それを同時に全部やるのよ。俊敏さ、力強さ、全て同時に強化しなきゃ、本気を出されたら貴方、一瞬でやられるわ。」

「んなこた百も知ってるよ!」

 しかし、やはりフィリップ二世は脳から指示して脚を強化した。回し蹴りとともに鎌鼬が発したが、理恵は思考回路を巡らせる一瞬を使って回避した。

「駄目ねフィリップ。使うのは頭じゃない、ここよ。」

 理恵は自らの胸を親指で示した。

「は? ……心臓?」

「えぇ、私達の生命本能とはそれ即ち理性。[人間]とは最早違う生物であると理解なさい。貴方の現状は理性を理性で縛ってるの。強化してから蹴るんじゃない、蹴り始めて相手に到達するまでに強化するのよ。相手に追いつきたいから、攻撃を避けたいから素早く動くんじゃない、移動するから俊敏さを強化するの。」

 もう一回、とばかりに理恵は薙刀を構えた。

「……つまり?」

「歩く為に足を動かす時、足を動かそうと意識して動かす?」

 それと同じよ、そんな微笑みを理恵は浮かべた。

「成程、第一関門はクリアしたわけだな。」

 足元の木の葉が風圧で舞った。薙刀がフィリップ二世の足元を薙ぐ。地を蹴って、フィリップ二世はまだ垂直に立ちはだかる竹の幹に着地する。

「後はあんたに一太刀浴びせればいいだけだ。」

 ナイフの輪に指を通し、くるくると剣先を回す。フィリップ二世が舌舐めずりをした時、理恵が心底猟奇的な微笑みを浮かべた事を見逃さなかった。

(ありゃ人を殺そうとした経験あるな。)

 フィリップが軸にしていた竹が、すぱん、と斬られる。その寸前に竹を蹴り上げ、理恵の頭上に跳躍する。目指すは脳天、緑混じりの淡い灰色が艶やかに流れる黒髪だ。

「貰った!」

 理恵は唖然呆然することもなく、唇を三日月のような微笑みに曲げてフィリップ二世を見上げた。

「ざあんねん。」

 がん、と思い金属音が腕の前で鳴った。いや、フィリップ二世の腕そのものが鳴った。

「肉体強化は攻めるだけではなく守りも必要よ。でも及第点ね。」

 じりじりと電流を流されたように痙攣する腕に、フィリップ二世は緩く目を閉じて[回路]を意識した。

「ってぇ。」

 震えが止まると、フィリップ二世は体前屈していた態勢と正した。

「成程、探知されてたら視界に入ろうが入らまいが関係ないわけだ。」

「そう、探知されてるなら相手を上回る素早さ、もしくは武器を叩き斬るだけの馬力が必要よ。」

 理恵は確実に、フィリップ二世が竹から跳ねて脳天を狙う事を察していた。焦る事もなく、むしろ微笑みながら薙刀をやわやわと振り被るだけで彼の攻撃を跳ね返すなど赤子を手を捻るよりも容易いだろう。

「でもこれで分かったでしょ?」

 顔を上げて、フィリップ二世は口角を上げた。自分の中に[燃料]が巡っている事が、今は十分理解できる。

「荒削りだけど感覚として残ってるなら十分よ。多分貴方、地面に氷生やすとかいう芸当は得意じゃないだろうから。」

「あん?」

 例えばこう、と言わんばかりに理恵が地面に柄頭を打ち付けると、地響きとともに瞬時に鋭い土壁が突き上げてきた。

「[シシャ]は[燃料]を通して世界に命令する事が出来るの。ここに氷を生やしたいなら、私が氷を生やしたいと思って大地に[燃料]を流し込めば氷が生やせる。」

 もう一度力強く同じ場所を叩くと、先程ささくれ立った地面の割れ目から、次は巨大水晶のような氷が突き出てきた。

「いらねえなぁ。」

「でしょう? 私もあまりいらないもの。」

 二度程地面を柄頭で叩くと、むき出しになっていた土の棘はすごすごと竹だらけの陸に隠れ、氷は周囲に霧散して冷気を撒き散らした。

「さて、訓練も一段落した事だし、今日はここでやめにしましょ。」

「ああ、いい匂いも漂ってきたしな。」

 屋敷の方を指差され、理恵は鼻を突き出してすんすんと動かした。成程、イタリア風の薄焼きピッツァの香りが漂ってきた。

 * * *
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