神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-5

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 草原の上に仰向けになっていたジークフリートは、月光りを遮ろうとも輝くアイスブルーの瞳を見返していた。

「大丈夫かぁ?」

「……あ、あぁ。」

 長い事倒れていたらしく、ジークフリートの体はすっかり冷え切っていた。普通の人から死体だと思われても仕方がない。

「[核]の反応が一瞬で微弱になったってアヴィセルラから報告がすっ飛んできたもんでな。調子はどうだ?」

「若干鈍いな……。」

 体内の[核]の出す[燃料]の量が若干少なくなっているからか、ジークフリートの頭はまだ少しぼんやりとしていた。目の前のテントはそのままで、ジークフリートが叩いた時のように中に数人の人の気配がある。

「誰かにやられたのか?」

「倒れる前に頭に衝撃が走った事しか覚えてない……。」

 フィリップ二世はあたりを見回すが、そこは春風がなびくだけの林が囲むただの平野である事に変わりはなかった。

「取り敢えずだれか来る前に帰ろう。」

「……いや、アルに診せるのが先決だろお前。」

 立ち上がるのにフィリップ二世に手を貸してもらいながら、ジークフリートはため息をついて尻についた土を払い落とす。信者達のように林を抜ければ、真昼のような、しかし青白い都会の明るさが眼下に広がる。

「いやぁ、世界は変わったな。こんな時間も明るいとはな。」

 コンクリートで固められた崖を軽々と降りて、二人は歩道と車道を分けるガードレールを飛び越した。



 成程ねぇ、とアルフレッドは叩き起こされてすぐの眠たそうな顔で呟いた。目の前には、ジークフリートの青藍と赤の混じった[燃料]の流れる[回路]が輝いている。

「倒れたのは[核]に送られる[燃料]の量が突然増えたからじゃないかな。現に、君の体の[回路]が結構疲労してる。安全装置……もとい生存本能が働いて、供給過多になるのを防いだんだよ。」

「安全装置が働いて[核]が活動を停止した、と。」

 部屋に送られてきたデータをスクロールしながら、アルフレッドは頷いた。

「そうそう。僕らは[核]が停止しても[人間]みたいに死なないからね。」

 アルフレッドはスクロールする人差し指を止めた。折れ線グラフと棒グラフが並んでいる画面をジークフリートに見せる。

「このグラフは君の体内の[燃料]の割合を示してるんだけど。この薄い青がフィリップ君の[燃料]この青緑色のがジークフリート君の[燃料]だよ。」

「待て、なんて僕の体にフィリップの[燃料]が?」

 それが聞きたかった、とばかりにアルフレッドは人差し指で皺の寄ったジークフリートの眉間を指した。

「丁度[核]の活動が止まって数分後にフィリップ君の[燃料]の値が三十パーセントになってるんだ。つまり、君の[核]を動かす為にフィリップ君が流し込んだ。その[燃料]は君の[核]を経てジークフリート君の[燃料]へ変わっていくんだよ。まあ、輸血みたいなものだね、全然違うけど。」

「違うのかよ。」

 机の上に乗った小さなコピー機から出てきた紙を手にとって、アルフレッドは眼鏡を外した。ディスプレイを長く見ていると、なんとなく疲れた気分になるのだ。目頭を指でほぐして、何度か目をしばたたかせた。

「ま、だから今のところ君は健康そのものだよジークフリート君。一つ気になるのは、君が気絶する直前の記憶がないところだけど、日常生活に支障はないとみえる。」

「そうか、夜遅くなのにすまないな。」

 後ろで立っていたフィリップ二世に黒い厚手のコートを渡され、ジークフリートは椅子に座ったまま袖を通した。

「別に構わないよ。容体はむしろまめに確認しにきてくれたほうが医者としては安心だからね。」

 そう言いつつ、アルフレッドはジークフリートの背後で腕を組んでいたフィリップ二世に新緑の瞳を光らせた。肩を竦めて眉を八の字にひそめるフィリップ二世に、アルフレッドはがっかりしたように肩を落とした。籠の中に入っていたキーケースや財布を脇に挟むと、ジークフリートは黒い革手袋を嵌めながらスライド式のドアに手をかけた。

「そうだ。このデータ、ROSEAに送っていいかい?」

 ふと、アルフレッドが椅子を回転させて振り向く。手に持っているのは先程までジークフリートが見ていた書類だ。

「別に……構わないが。」

「それ送ってどうすんだよ、記録すんのか?」

 クリップで留めてある書類の中身の確認をしたアルフレッドは、それを机に置いて、ふう、と一息ついた。

「ROSEAには摂理を研究する部署があってね。この世界がどういう仕組みで動いているのか、生態系とか[シシャ]の体について研究している所。ちなみに人間界で暮らしている[シシャ]は全員ROSEAのその研究所に自動的に所属している事になっている……っていうの、もしかして聞いてない?」

「初耳だわ。」

 目を覆うアルフレッドに、ジークフリートが肩を竦める番だった。

「ま、別に気にはしねぇよ。終戦からずっと慌しかったんだ。説明も疎かになるだろ。」



 ゴーレムがいつの間にか病院に運んでいたようで、アルフレッドの医務室が面している廊下の先に、白いフードローブが亡霊のように立っていた。

「そういやROSEAってラテン語だな。」

「そうか? ……そうだな。」

 フォルクスワーゲンのロゴマークが入った鍵を受け取って、ジークフリートとフィリップ二世は案内されるままに病院を後にする。

「ピンクの、とかそんな意味だろ。薔薇の語源だ。」

 外に出れば、駐車場の周囲に等間隔に並ぶ花壇から様々な甘い香りが漂ってくる。青いツードアの車を見つけると、ドアに鍵を差し込んだ。重い手応えが手の内に響く。

「どうする? お前の貸家まで行くか? それとも僕の家に泊まるか。」

「アルフレッドの病院からなら俺の借りてる家のが近いだろうよ、良かったら泊まっていくか?」

 突然の申し出に目をキョトンと丸くすると、ジークフリートはすぐに白い歯を見せて笑った。

「フィリップ、僕にそういう勘違いさせるような物言いはよしたほうがいいぞ。」

「そんなこたぁ百も承知だ。別に俺はタイプじゃねぇだろ? お前のタイプなら今頃速攻縁を切ってる。良かったらつまみの一つでも出すぜ?」

 悪くない条件だ、とジークフリートは車の鍵をフィリップ二世に投げて寄越した。

「ワインは用意してるんだろうな。この時間じゃ酒屋だって開いてないぞ。」

「勿論。」



 コルクを引き抜く音がキッチンに響いた。薄桃色のタイルを視線でなぞりながら、ジークフリートはフィリップ二世の出してきたチーズやサラミをナイフで切り落としている。

「そいや、人間界にいる[シシャ]って何人いるんだ?」

 ワイングラスに澄み切った赤黒いワインが注がれる音を聞きながら、ジークフリートは皿を食卓に置いた。

「さあな、僕も把握しきってはないさ。歴代ロマノフ・ツァーリの殆どはこっちにいるみたいだが。後は僕とリチャード陛下とジャン、アルフレッドとお前と……零くらいじゃないか?」

「おっさんは?」

 片手にワインボトル、もう片手にワインの注がれたグラス二つを持って、フィリップ二世もまた角を挟んでジークフリートの隣に座った。

「……ルプレヒトの事か?」

「あぁ、一応こっち側にはもういるんだろ?」

 ワインの水面を揺らして、ジークフリートはフィリップ二世を見もせずに言った。

「あいつはどうだろうな……。こちらに帰ってきたとはいえ、今はジャックではなくソロモン王の配下……つまり冥界を運営する[悪魔]の部類だ。僕は知ったこっちゃない。」

「随分と薄情な物言いじゃねぇか。じゃあなんだ、零のとこには定期的に会いに行ってるのか? それとも逆?」

 ワインを一気飲みしたジークフリートの瞳が一瞬据わったような気がして、フィリップ二世は釣り上がっていた口角を下げた。

「零とルプレヒトは、その……別れたらしいからあまり触れないでやってほしい。」

「……ごめんもっかい言って?」

 重苦しく葡萄の香りがするため息を一つ、ジークフリートが吐き出すと、フィリップ二世はグラスを置いた。

「いやいやいや……。いやだってお前、何年……何億年? ぶりに再会したんだよ。普通嬉しいだろ? 吊り橋効果で親愛も深まるもんじゃねぇの。」

「それがそうじゃなかったらしい。」

 ジークフリートの素っ気ない返答に、フィリップ二世はアイスブルーの瞳に半分瞼が落ちかかった。

「僕が知ってるのは、零もよく分かってないという事だ。」

「あんだって?」

 キャンディーチーズの包み紙をほどきながら、フィリップ二世は片眉を上げた。

「ルプレヒトがなぜ別れようとしたのか、零にも理由がよく分かってないらしい。」

「よく承諾したなそんなんで。」

 空になったグラスに、ワインボトルの首をつかんで中身を注ぎ込む。単品で飲むにはなかなか甘いワインだ。

「零はそういう奴なんだ。」

 しかし鼻をくすぐる香りは飲欲を刺激する。一口含んで、ジークフリートは現実逃避するように甘みに耽った。

「そしておっさんは語らなさすぎ、と。はあ~一番すれ違うタイプのカップルだな。」

「まあ昔からそうだった。それですれ違っても零はなんでも許すんだ。」

 三枚に増えた包み紙を伸ばして重ねると、フィリップ二世は両手の上に顎を乗せた。目を閉じれば、ジークフリートがチーズにフォークを入れる音が頭の中に響く。

 * * *
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