神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-6

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 なんの変哲もない学校生活だ。博人はいたく屋上の風景を気に入ったらしく、毎日のように食堂で持ち帰り用のランチを買っては零と勇斗と三人で桜の舞い散る光景を目の前に箸を動かしていた。

「銀承教の情報収拾はどう?」

「海外から来てる人達はあまり興味がなさそうに見えますね。いや、全員ではないですし入信してる人も見られますが。」

 今日は特別に、理恵もその昼食会に参戦していた。いつもの黒いセーラーとは一転して、水色のブレザーにチェックのスカートはとても新鮮だ。

「私もチラシを持ってるのは何人か見たけれど、比較的この学校では流行ってないようね。」

「兄弟がいる友達に何人か聞いたんすけど、同年代よりもう少し年上のが多い気がするんすよね。」

 塩桜の乗ったアンパンにかじりついている零は、そんな話をよそに桜の降り注ぐ校庭を眺めていた。屋上に来る人間は日に日に少なくなり、今は校庭の周囲を埋め尽くす桜の垣根が争奪戦の様相を呈していた。

「理恵さんのほうは、ここ数日何か収穫ありましたか?」

 継子お手製の塩むすびを頬張っていた理恵は、それを飲み込むと体育座りしていた膝に肘をついた。

「そうね、私じゃなくて咲口さんのほうだけれど。一人熱心な人に接触出来たって話よ。」



 久志が昼食をとっているのは、彼の卒業校慶應義塾大学ではない。

「まあ、まさか連日来てくれはるとは思いもせえへんでしたわ。」

「そんなこと言ってると速攻帰るよ。」

 学習院大学で、この間とはまた別のツイードジャケットを着た逸叡を前に久志は形のいい眉を少し寄せた。

「まあまあそう焦らずに。でどやった? あの人。」

「聞いてて頭がおかしくなりそうだったよ。」

 目の前にあるのは自動販売機で買った安物のコーヒー缶二つである。鈍い金色の文字で書かれた微糖の文字を撫でる久志に、逸叡は缶コーヒーをあおって笑った。

「まあわいらにとってはなぁ……。」

 逸叡は坂本隼人という、陸軍で使っていた名前で学習院大学に在籍していた。詳しくは教えてはくれなかったが、彼もまた人間界でやるべき事があるのだと言う。最中、銀承教の熱心な信者とたまたま仲良くなっていたのである。

「一つ聞きたいんやけど、何であんさんらあの教団に固執してはるん? [使徒]を探すだけなんやら、別にそこまで内部に入りこまんともええと思うんやけどなぁ。」

「そうだね。本当ならこの間の潜入が終わった後は手早く収める筈だったんだけど……。」

 漸く触れるようになった缶で指先を温めながら、久志は柄にもなく眉間に皺を寄せた。そう、[使徒]を探すだけなら、信者名簿をすぐに入手して、ROSEAでデータに検索をかけてもらえばいいだけの話である。その為に、熱心な信者とはいえ幹部級に程遠い人物に会う必要はなかった。

「零さんが気になってるらしいんだよね、銀承教の中身に。この間潜入した時に新しいデータが入ってさ。」

 いつもは釣りあがつている逸叡の口端がふっと下がった。不機嫌なわけではないと久志は察する。これはどこか感心したような、もしくは話を真面目に聞く気になった顔である。

「見た事を言わないって言うなら見せてあげてもいいけど。」

 そう言いつつ、久志は膝の上に置いていたタブレット端末を操作した。あまり人目には見られたくない代物だ。このご時世、まだタッチパネルは大衆に認知さえされていない。

「ほんなら……まあ、別に見してもらわんといてもええですけど。どういうデータなのかは知りたいですわな。」

「君達が[燃料]って言ってる物の流れのデータだよ。あの日……、潜入した日、集会場の中に大量に流れ出た事が分かって。」

 缶コーヒーの上に差し出されたタブレット端末を受け取って、逸叡は半眼になりながらそれをスクロールした。

「ははぁ……。データ化したんを見るのは初めてやけど、これは凄いわぁ。」

 折れ線グラフで示された地中に流れる[燃料]の地上放出量である。集会があったその日の夜だけ、随分と急な坂が出来ていた。

「逸叡は何も感じなかったの?」

「ここでそう呼びはるのはやめといてくれます? ……まぁ、わいもまだ体が本調子やあらへんさかい、そっちの感知は切っとるんや。」

 左右にスクロールして遊び終えたところで、逸叡は久志に端末を返した。

「まあでも……それを見ると聞いた話も案外口から出任せやないんやなあ。」

 アンダーバストを抱えた手に肘をついて、逸叡は細い糸目を更に細めた。

「口から出任せ?」

「そう、集会に行ったら戻れんから気ぃ付けぇやぁ、って話。」

 タブレットをこっそりと鞄の中にしまいこんで、久志は机に肘をついて両手の指を組んだ。

「それとこのグラフにどう言う関係が?」

「あんさん、わいの作った世界で習うたやろ……。[人間]が一定以上の[燃料]に触れると……集団ヒステリーというか薬物接種みたいな、興奮、錯乱状態になるんや。そんでもって依存状態になる。あの日もそうやったろ。しっかしまあ、集会を重ねて一回も人が死んどらへんし、相当調節が上手いんやろな。」

 腕を崩して、逸叡は机に片肘をつくと明後日の方向を見た。春の薄青い空を、桜色の吹雪が時々遮る。

(はて、わいらの仲間かそれとも全く別のなんなのか。)

 久志は、逸叡の話を聞いて思い出したように慌ててメモを取っていた。

「あ、そうだ。あの人の詳細もう一回教えてくれるかい?」

「へ? あー信者はんのね。名前は大川……なんやっけな。あぁ、照子や。学習院大学文学部の哲学科。わい今三年やから、あん人は二年や。なんやあかぐや姫の研究しとるらしいけど、わいはよくは知りまへんわ。わいと会ったのは弓道部、二年なのに主将やで。頭もよお出来とるさかい。」

 ハンドサイズのメモ帳に万年筆で細かく書き足していく久志の指を見ながら、逸叡は少し間を置いた。鐘が鳴っているが、逸叡は次のコマに講義が入っていなかった。

「なあ久志はん。あの指環どうやった?」

 破裂音と共に閉じられたメモ帳から顔を上げて、久志はきょとんとした顔で逸叡に視線を返した。

「この間二人っきりの時に渡したあれや。」

「……あぁ、零さんに渡してそれっきりだけど。」

 さいですか、と逸叡は少し残念そうに眉を下げて苦笑した。
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