神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-51

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 卓袱台の上に置かれた銀色のリボンに、四人は唸っていた。

「窃盗なのは分かってるんだが……。」

「ROSEAの検索で出ないなら、持って帰る意義はあったわよ。」

 データベースに入っている銀色のリボンを全て検索したが、一致した項目は一切なかった。つまりこれは、この世界で唯一無二の指輪であるという事だ。

「問題は、このリボンの素材が分からないって事ですよね。」

「似たような結果が出ているものを、私は一つ……いえ、一種類知ってるわ。」

 一度首飾りを手にして、理恵はすぐにそれを机の上の小皿に戻す。

「ラスプーチンがつけていただろうなにかの金屑、そして、逸叡さんから託された黄金の指環。あの二つは素材の一致が出ているけれど、それでも素材自体は分かってないの。このリボンももしかしたら……。」

 逸叡が久志に渡した指環も、ジークフリート達がリチャード一世に渡し、ROSEAに運ばれるまでの間に一人でに真っ二つになってしまっていた。

「あの咲口先輩の黄金の指環とこのリボンにも関係が……?」

「ない、とはどうしても言い切れないわ。」

 背後からぴらぴらと茶色いものを差し出され、零は清張から茶封筒を受け取った。

「え、これどうすんだ?」

「あら、ROSEAに送って詳しく調べてもらうわ。」

 差し出された手から慌てて茶封筒を退けて、零は目を丸くする。

「なに考えてるんだ!明日謝罪して綾子さんに渡すべきだろ!?」

「それはこっちの台詞よ!そんな得体の知れないもの、銀承教信者疑惑のかかってるあの女にみすみす返すって言うの!?」

 両側で繰り広げられる痴話喧嘩に、勇斗は半眼で博人の顔を見た。博人は仕方なさそうに肩を竦めると、隣に置いてあった風呂桶とバスセットと共に脱衣所へ向かった。

 * * *

 リボンについて朝も夜も頭から離れず、二日が経った。その日は冬らしいライトグレーの雲が空を覆っていて、多くの生徒がマフラーに口まで埋めながら登校していた。朝礼が終わった後の少し長めの休み時間、零は窓際の席で遅刻して来た生徒達が走る様子を眺めていた。

「零く~ん。」

 名前を呼ばれた方向に首を回すと、エキゾチックな顔周りを、母のお下がりだと言う少し擦れたエルメスの大判スカーフで縁取ったアラブ人女子が教室の扉の前で手を招いていた。

「先輩さんが呼んでるよ。」

 流暢な日本語でそう言われ、零は少し顔が固まった。成程、その扉の向こうには綾子の影があった。少し、いや相当気を落とした顔で教室の前に立っている。

(流石に二日はバレるよな。)

 リボンを入れた簡素なポチ袋は、いつも制服のジャケットに突っ込んでいた。席を立って、零はゆっくりと入り口に向かった。

「おはようございます。」

「おはよう、ございます。あの……一昨日のカフェで私の指輪を見ませんでしたか?」

 言い方が引っかかった。零は眉をひそめる。どう見ても、零が犯人だとは思っていないような口調だった。

「どこかで落としたのかと思ったんですけど、道端にはなくて、レストランにもなかったみたいですし、トイレにもなくて。」

「えっと……。」

 財布の中とかは、と緊張のあまり頓珍漢な発言をすると、綾子は言われた通りにカフェの日にも持ってきていた財布を開けて中を確かめた。

「もう少し自分で探してみます。なにか心当たりあったら、お願いします。」

 ふと横を見て、すぐに綾子はその場を去っていってしまった。自動販売機帰りの博人と勇斗が、後ろから社会科教師を伴ってやってきていた。

「指輪返したんですか?」

「いや……そのまま帰られた。」

 ジャケットの中のポチ袋を指でなぞって、零はため息を吐きながら教室の出入り口から席に戻った。



 理恵はその日、学校を休んでフィリップ二世の見舞いに来ていた。そろそろ退院出来るけど、と言う口ごもるアルフレッドの言葉に、彼は何度も頷いている。

「退院したらまた調査に加われるからな!」

「まあ貴方の体調は別段そこまで気にしていないんだけれど。」

 病は気から、と言うが、ウイルスや細菌とは全く縁のない[シシャ]達にはすこぶる当てはまる文句であった。当の本人が精神的に元気であれば、傷の治りもダントツに早くなるのは、一応科学的な根拠が既にあった。

「銀の首飾り、なぁ。そういえばそんな話もあったな。」

 久志とジークフリート、そしてフィリップ二世は貴重な証人であった。彼らを襲った女子達が果たして首飾りをつけていたかどうか、理恵は見舞いついでにそれを聞きに来たのである。

「ジークフリートは特に見てないみたいなの。」

「まあ、ジークフリートの奴はそこまで見るような男じゃねぇし……と言っても銀は目立つか。俺に限っていうならそこまで見るほど余裕も意識もなかったな。」

 銀ねぇ、とフィリップ二世は顎に手を当てて明後日の方向に視線をやった。結局、理恵は零から首飾りを渡される事はなかった。ちゃんと返す、そう言ってちゃんと返したのかは、理恵はまだ知らなかった。

「ジークフリートの場合ならともかく、俺の場合はおっさんがなにか見てるかもしれないな。」

 理恵は指を鳴らした。それは考えていなかった、とばかりに空中投影ディスプレイを立ち上げた。メールを打っている間に、フィリップ二世は目を閉じて記憶を掘り出し始めた。

(銀承教関連の事だと、他で主に行動したのは……咲口や島田と、アーサー王のゴーレムを蹴散らして、後は……大川の屋敷。)

 薄っすらとアイスブルーの瞳が開かれる。そういえば、あの屋敷の夫人の部屋、鏡面台の上に銀のリボンが置かれていた気がした。

「これでよし、と。……何か思い出したのかしら?」

 空中のエンターキーを勢いよく押すと、理恵はそのままベッドサイドのテーブルに両肘をついた。

「ああ、大川の家に信者の名簿を取りに行った時に、夫人の鏡面台に銀色の紐があった筈だ。果たしてお前が言ってるのと同じものかは分からねぇが。なんなら退院した時に記憶の映像データ出しておくか? アルフレッドに試用を頼まれたんだ。上手く出来るか知らんけど。」

「えぇ、調子がいい時で頼むわ。一瞬でもいいから。」

 それじゃ、と理恵は学校鞄を肩にかけて立ち上がった。手を振って去っていく理恵に、律儀なこってい、とフィリップ二世は呟いた。

 * * *
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