神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-52

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 学年末テストが終わる頃に差し掛かった。多くの学生は午前中に学校から姿を消し、零もまたその大勢と同じように家路を辿っていた。結局、あの日から綾子は教室に訪れる事はなかった。道端ですれ違っても、いつものように挨拶をするだけである。しらじらしく、見つかりましたか、と聞いてみるも、綾子は残念そうな顔で首を横に振るだけだ。

(そら、そうだろうな……。)

 いまだにポチ袋はジャケットに入ったままだ。自転車を押しながら、零は博人と勇斗に挟まれ白い息を吐く。

「そういえば先輩達も最近は暇になったらしいですよね。」

「まじかぁ~、二月三月は一緒に出かけたいなぁ。」

 箱根にでも、と和気藹々と話す二人の会話は、耳を交互にすり抜けていくばかりだ。今年になってから、銀承教も漸く衰えを見せてきたらしい。潜入している二人の報告によれば、なんでも教祖自身が姿を現さなくなったという。

「そういえば、結局どうして銀承教はあんなに信仰されたんだ?」

 綾子に古典芸能鑑賞会のチケットを渡されたカフェの前で、零は自転車を押す手を止めた。

「制作途中の最終報告書を見たところによると、薬物絡みということにされていましたね~。咲口先輩も島田先輩も、ずっとそこに関する報告書出し渋っていたみたいなんすけど。」

「そりゃそうだろ。銀承教に犯罪的な要素が見受けられない限りは潜入捜査とかしちゃいけないんだからさ。まあそれで俺らにも口外しないって言うのちょっとあれなんだけど……。」

 警察が銀承教を調査している、この事実だけは言われていたが、その調査の内容は、零達に実害がない限りは伝えられなかった。清張も世渡りは慎重にやっていた。部下の不祥事ともあれは、名前に傷がつく事は避けられない。

「そうか。銀承教の中身でなにかあった、と言うにはまだ足りないな。」

「銀承教に強く関連があったと証拠があるのは咲口さんの件だけで、ジークフリートさんの件に確信はありませんでしたからね……。」

 近衛くぐい、その名前こそ信者名簿には載っていたが、彼女が集会に足を運んでいた形跡は一切なかった。フィリップ二世においては、未確認生命体の実態さえ掴めていない。

「ジークとフィリップから、ついて行ったあの日の事聞いてないしな。」

「まあ、そんな事どうでもよくなるほど忙しかったですしね。今年度はずっと。」

 銀承教問題の収束ともなれば、きっと来年からは平和な学校生活が迎えられることだろう。零は少し胸のすく思いだった。

「来年はもっとゆっくり、花見とか海とか行けるといっすね~。」

「あ~バーベキューもしたいなぁ。お盆の祭りとか花火とかも行きたいね。」

 早速来年の予定を立て始めた二人を微笑ましく思いながら、零はその妨げにならないように二人の後ろに回った。

「そういえば水着持ってないなぁ。」

「まあ泳がんくてもよぉ——」

 後ろで零がよろめいて、勇斗は言葉を切って後ろを振り向いた。

「大丈夫すか!?」

「あぁ、人に勢いよくぶつかっただけだ。ぼんやりしてた……。」

 自転車乗ってなくてよかった、と博人は胸を撫で下ろした。零はもう一度だけぶつかった人間が通り過ぎて行った方を振り返った。

「バッグ側でもないしただぶつかっただけっすかね?」

「ヨーロッパだったら咄嗟にポケット確認するけどね~。」

 博人の言葉を聞いて、零は足を止めた。背中が薄ら寒くなる。

「……ない。」

 ジャケットのポケットを確認した後に、尻ポケットや内ポケットを叩いて確認する。やはり、ない。

「へ?」

「何か盗られましたか?」

 自転車を止めて、博人と勇斗は零の下に集まる。

「リボン……!」

 青ざめた零は、すぐに振り返った。道路脇に出て、鞄を自転車かごに投げ捨てて駆け出す。

「れ、零さん!?」

「竹伊、自転車見てて!」

 博人も鞄を籠にぶち込んで後を追い始めた。勇斗は一瞬だけ慌てたが、すぐに理恵と連絡を取る。

(どうしたの? 竹伊君。)

(リボンがスられて!)

 歩道の脇に自転車を縦に止めて、竹伊は帰りゆく生徒達の波を眺める。

(零さんと博人が走っていったんですけど。)

(分かったわ、私は竹伊君の所に行けばいいのね。)



 一瞬だけ肉体強化しただけで、零の喉を鉄臭いなにかがせり上がってきた。アルフレッドに何度もやるなと言われているが、それでも今だけはしなくてはならないと思った。

(路地裏!)

 零は立ち止まった。人混みの中で見つけだした犯人を追っているうちに、後ろから追ってきてくれていた博人の足音が聞こえなくなっていた。どこかで撒いてしまったか、少し離れた所でまだ走っているのかどちらかだ。

(大分奥まったとこに入ってきちゃったな。)

 歓楽街の裏路地だった。学生服で来るような場所ではない。昼や夕方でも人の少ない場所だった。

「あの青年を疑えとあれだけ言ったのに。」

「で、でも。あれだけ親切にして下さったのに?」

 そろりそろりと歩いて、漸く聞こえた話し声だった。零は眉を寄せてその声を聞いた。一つは聞き覚えがある。綾子の声だ、

「親切にしてくれるからと言って、敵ではないとは限らない。気を付けろ。」

 男の声はどこか聞いた事があるが、零には靄がかかったように思い出せなかった。

「はい……分かりました。」

「この一ヶ月、首飾りがなかったおかげで崩壊寸前だ。これでは一族を見つける事も出来ない。」

「はい……。」

 よろしい、と言う言葉が聞こえて、零はその場から立ち去ろうと背後に後ずさる。背中に思い切りなにかぶつけて、零は心臓が跳ねて声が出かけた。

(黙ってろ!)

 黒い革製の手袋で慌てて口を塞がれ、零は背後を見た。見覚えのあるライダースジャケットとタートルネックだ。

(フィリップ……?)

(退院して遊んでたらこれだ。俺は行く場所行く場所に犯罪が起こる名探偵かなんかか?)

 漸く口を話された時には、聞こえていた会話の主はすっかりいなくなっていた。

「佐藤から連絡が入った。歓楽街の方見てくれってな。」

「やっぱ早過ぎたか……。」

 取り敢えず、首飾りは元の持ち主の元に、予期せぬ出来事で戻ったようだった。

「……。退院って事は今日から洋館に戻るのか?」

「いや、また悠樹邸に泊まる。おっさんは……ルプレヒトの奴は帰ったからな。一人暮らしも寂しいもんだ。」

 歓楽街の大通りに博人が姿を現すと、フィリップ二世はそちらを親指で示した。

「帰ろうぜ。竹伊達も置いてきたんだろ。」

 はっと我に返って、零は慌てて博人に何度も頭を下げた。勇斗は今頃理恵と合流しているだろう。手ぶらで帰るわけにもいかず、零は歓楽街でいくつか詫びの甘味を買って、大通りから出た。

 * * *
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