神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
229 / 271
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 3-6

しおりを挟む
 食堂までの道のりで、全員揃って食事をするのは殆ど夜だと、アレクセイは零に説明した。

「朝食で揃う時もあるんですけど、緊急に連絡がある時くらいで。お昼に集まったことは知る限りではないです。」

「ではお昼は各々で好き好きに?」

 何度も頷いて、アレクセイははにかむ。

「家族での夕食に慣れてる僕にとっては、この家の皆で食事をするのは少し緊張して疲れてしまうんです……。」

 ふう、と本当に疲れたようなため息を吐いて、アレクセイは年柄に合わない仕草をした。額に当てられた手は、どこかニコライ二世が悩む時の立ち姿に酷く似ている。

「ちょ……! ってなんだぁ、零だったのね……。」

 ハーブの香りに鼻をくすぐられて、零は廊下の向こう側へ顔を上げた。いかにもシャワー上がりらしいアナスタシアが、薔薇色のタオルで髪の毛の水分を取りながら歩いてきていた。

「殿下。」

「姉さん!」

 困ったように息を吐いたアナスタシアに、零は訝しげに眉を寄せた。

「お昼ご飯を一緒にと思ってたのに、お部屋にいなかったから探したんだよ!」

「あらそうなの? 今日は吹雪いてないからちょっと森の中まで歩いてきたの。ここ最近はずっと雪が降ってたから久し振りにね?」

 森、と言われて、零はロマノフ邸のすぐ隣にある鬱蒼と繁る針葉樹林を思い浮かべた。一度も入った事はないが、なかなか日が差し込むことがないらしい。

「あんなジメジメしてそうな場所に?」

「冬はそこがいいのよ。さ、お昼にしましょ! お腹減っちゃった。」

 一目散に一番小さなダイニングルームに入って、アナスタシアははしゃぐ気持ちを抑えながら席についた。

「今日の昼食はチーズインハンバーグですって。」

 既にセッティングされていたランチョンマットの上には、ランチメニューが達筆な文字で並んでいた。

「打ち出し……じゃないな。一体誰がこれを?」

「ランチのメニューは、いつも歴代ツァーリが週替わりで考えています。今週は……誰だっけ? 姉さん。」

 アナスタシアが肘をつきながらベルを鳴らすと、すぐにゴーレム達が前菜のサラダを運んできた。

「今日は本当はお父様なんだけど、今不在だから多分代理でお母様が。」

「皇后陛下が。」

 確かに、男の文字というよりはどこか優しげで、高さのきっちり揃ったアルファベット達は書き主の神経質さや潔癖さを感じられた。

「えっと……そういえば零さんはどうしてこの屋敷に?」

 ドレッシングを混ぜながら、アレクセイは食器のぶつかる音が響くだけの沈黙を破った。

「療養です。体を壊してしまいまして……。」

「アルから聞いたわ。無理するところはなにも変わってないのね。」

 仰る通りです、と零はキャベツを口に運びながら苦笑した。

「今回は大分深刻だって聞いたんだけど……。」

「いや、激しい運動をするのが禁止されてるくらいで。」

 片眉を上げて、アナスタシアは、本当かしら、という言葉を心の中で響かせるに留めた。

「療養という事は暫くこちらに?」

「はい。やる事が特にないので、エカチェリーナ陛下からお二人の遊び相手を仰せつかりました。……つい先程。」

 サラダの皿が下げられると同時に、アレクセイの顔が輝いた。

「遊び相手ですか!?」

「ま、まあ……。はい。」

 期待満々の少年の視線は零には少し痛かった。

「じ、じゃあえっと、僕に色々話して聞かせては下さいませんか?」

 次に運ばれて着たのは熱々のコーンポタージュだった。甘い香りが辺りを飛び回る。中にはクルトンがたっぷり入っていた。

「話して聞かせるというのは、一体?」

「父上から零さんについて色々聞いているので、是非本人の口から……なんて言うんでしょうか。昔話と言えばいいのか……分かりませんが。」

 ポタージュをスプーンで掬い上げるアナスタシアに、零はちらりと視線をやった。向かい側に座っていた彼女は、スープを冷ましながら肩を小さく竦めた。

「俺のような人間の昔話で良いのなら……取り留めのないものですがいくらでも致しますよ。」

「本当ですか! 約束ですよ! 明日から!!」

 ぐいぐいと袖を隣から引っ張られて、零は困ったような微笑みを浮かべながらスプーンを空になった器に置いた。



 和気藹々とした昼食を終えて、零はそろそろフェリクスとエカチェリーナ二世の下に戻ろうと三人でダイニングルームを出た。

「……アナスタシア殿下。」

 スケジュールがあるので、とゴーレムに連れられてアレクセイがいなくなると、零は反対方向へ歩き出したアナスタシアへ声をかける。

「ん? 何か困った事ある?」

「いや。さっきここで会った時、なにか言いかけてからなんだったのかと。」

 朗らかな微笑みを浮かべていたアナスタシアの顔が一気に曇った。零は、まずった、と口を抑えた。

「……貴方が別の人に見えたの。」

 怪訝そうに眉を上げて、零はアナスタシアに対して少し首を傾げた。言おうか迷っているのか、アナスタシアは胸の下で手を重ねて居心地悪そうに立っていた。

「グリーシャに。」



 夕食のビーフシチューを頬張りながら、零は肘をついて明後日の方向を見上げていた。フェリクスはそんな零の様子を見ながら、ずっとにこにことしている。その様子は結局デザートが出てくるまで続いた。

「本日は如何でしたか?」

「ん。ん~……。」

 プリン・ア・ラ・モードをつつきながら零は曖昧な返事を返した。アナスタシアの言葉がずっと、魚の小骨のように引っかかっている。

「気分を害したら謝るけど……。」

 フェリクスは首を傾げた。

「俺とラスプーチンって似てる?」

 向かい側のスプーンからさくらんぼがこぼれた。零は思わず視線を漂わせたが、予想とは裏腹にフェリクスは突然、ぷっ、と吹き出して声を上げて笑い始めた。

「ははっ、ふふ……すみません。あまりに突拍子もないご質問でしたので。」

 そこまで笑う事か、と零は半眼になった。王侯貴族の笑いのツボで理解出来ないところはいくつかあるが、それ以上にフェリクスと言う男の笑いの沸点はよく分からなかった。

「そうですね……。似ているところもありますが、正反対のところもあります。貴方もグリーシャも誠実です。王宮には全く縁がなかったのに、君主の隣に置かれる程の寵愛を受けた事も。ですが、貴方は世俗的であり、あの男は宗教的です。物の考え方が根本的に違うのですよ。確かに、貴方が王侯貴族へ接する姿はあの男に似ていますが……。ですがそれは上っ面だけの表面的な類似に過ぎません。」

 ふむ、と零は顎に指を当ててプリンア・ラ・モードに視線を落とした。

「何方から言われたのですか?」

「えっ。アナスタシア殿下に……。」

 いつものようにフェリクスはにっこりと微笑んで、そうですか、とまるで子供の話を聞くかのように優しく頷いた。

 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...