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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)
Verse 4-3
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フェリクスの滞在は二泊三日であった。あまり長期間泊めても、今度は[シシャ]の仕事に支障が出てしまう、というアルフレッドの言葉から決めた期間であった。
「ろちあ?」
客間でフェリクスを待ちつつ、アルフレッドは小さな零の相手をしていた。清張も継子もまだ部屋には来ていない。
「ロシアはどんな所だった?」
「しゃむい!」
そうだね、とアルフレッドは笑った。
「しょえかやね、たのちかった!」
「また行きたい?」
小さい零はゴーレムの手を借りてアルフレッドの隣の小さなソファーに座っていた。机の上にある牛乳を掴みながら、零は大きく頷く。
「いく! かんこーしう!」
思えば、ロシアに行った零は結局ロマノフ邸とユスポフ邸の世界から出る事は出来なかった。ロシアには色々と心残りがあるのだろう。
「失礼します。」
「どうぞ。」
ゴーレムが扉を開けると、フェリクスに続いて清張と継子も入ってきた。扉の外ではまだわらわらと四人が中を覗いていたが、ゴーレムにしっかり阻まれて入室を許されなかった。
「ふぇいくしゅだ!」
「お久し振りです主よ。」
少し屈んで、フェリクスは零と視線を合わせた。零はきゃっきゃと喜びながら、肘掛に置かれたフェリクスの手に触れた。
「おれ、ろちあいくの?」
「本当に察しがいいね君は……。」
アルフレッドは立ち上がると、零を挟んで向こう側の一人掛けソファーをフェリクスに勧めた。軽く会釈して勧められた椅子に座ったフェリクスは、真っ直ぐに清張の顔を見つめた。
「今回はお屋敷にまで呼んでいただきありがとう御座います。」
「こちらこそ。引き取り手に手を挙げていただき恐悦至極に存じます。」
フェリクスと清張の顔を交互に見つめると、零はフェリクスのスーツの袖を掴んだ。
「零、意味は分かるな。」
ただじっと清張の顔を見ている零は、黙ったままなにも言わなかった。アルフレッドがそっとその小さな肩に触れて囁く。
「零。悠樹邸は、今の君にはとても危ない所なんだ。だから、君のお父さんはより安全な場所に零を移そうと思ってる。それがユスポフ公のお家なんだよ。」
「ふぇいくしゅのおうち?」
零がフェリクスに視線を移すと、フェリクスはにこりと微笑んだ。
「またごほんよめゆ?」
「読めますよ。お庭でピクニックも出来ますし、この時期になればそろそろ森できのこ狩りも。」
連ねられた季節の行事に、清張は息をそっと吐いた。そう、零が悠樹邸にいても、零の世話にだれも時間をかけられないのだ。清張や史興達は相変わらず警察勤めである上に、博人と勇斗もそろそろ学生生活に飽き飽きして社会人への道を進もうとしていた。そうすれば零を構えるのは継子だけであるし、しかし継子も家事があった。花見も海も祭りにも、零を連れていく事が難しい。
「ろちあ、いってもいいの?」
「主が行きたいのであれば、いつでも。」
零の顔がぱっと輝く。行く行く、と連呼しながら、椅子の上に靴下で立ち上がって飛び跳ねる。
「零、出発するのは明日だ。」
立ち上がって、継子は飛び跳ねる零を諌めて掛け声と共に抱き上げた。
「一緒に荷造りしましょうね。」
「は~い!」
フェリクスに手を振りながら、零は抱っこされたまま扉の向こうへ消えていった。階段を降る足音が聞こえなくなると、アルフレッドと清張は一緒に天井に向かってため息を吐いた。
「随分と懐かれておいでですね、公爵。」
「僕もまさかあれほど行きたいと言われるとは思ってませんでした。」
口元を人差し指で隠しながら、フェリクスは苦笑した。
* * *
零にとって、ユスポフ邸はある意味で安らげる場所であった。世間の喧騒もなく、静かで、物事を熟考し、またそれについて言葉を交わし合う事の出来る場であった。果たしてそれが、幼い姿である自分に出来るかは分からなかったが、行く価値は十分にあった。
「準備はいいかい? くれぐれも、粗相のないように。」
「は~い!」
厚着に厚着を重ねられ、零は少し動きずらそうにとてとてと玄関まで歩いていく。
「それと、体にちゃんと気を付けるんだよ。」
「にちぇゔぉにちぇゔぉ~。」
早速ロシア語を披露して、零は玄関に座った。旅行鞄を車のトランクに詰めていたフェリクスが、その様子を見て小走りで玄関にやってくる。
「ブーツにしましょうね。」
「あーい。」
柔らかい革のブーツを履かせて貰いながら、零は玄関に見送りに来た[使徒]達の顔を見上げた。きっと彼らに再び会うのは十年くらい後になるのだろう。
「さ、行きましょうか。」
ブーツを履き終わると、フェリクスの声と共に零はすとんと玄関に飛んで降り立って、差し出された手の指先を握った。
「いって、きます!」
片手を上げて出掛けの挨拶をする零の姿を、屋内で見守る彼らはもう写真以外では見れない。
「いってらっしゃい!」
「元気でね!」
それぞれ思い思いの言葉をかけながら、零とフェリクスの姿を見守る。二人が乗り込むと、エンジンのかかる音がした。車は邸宅を出て、やがて、塀の向こうへ消えていった。
* * *
ファーストクラスで、日本の空港から中国にて乗り継ぎを終えてロシアへ。モスクワから列車に揺られ、最寄り駅からはロマノフ邸が手配した車に乗り込んだ。子供の体には少し応える長旅である。
「お疲れですか? 到着したらしっかりお休みくださいね。」
車の中で船を漕ぎ始めた零を抱き寄せて、フェリクスはぽんぽんとその肩に手を当てた。
「おへや……、べっどもいっしょがいいよ~。」
「それは、日中過ごす部屋にベッドがあるといいな、という事ですか?」
頷いているのか船を漕いでいるのか、とりあえず零は頭を縦に振りながら言った。
「そゆことそゆこと。」
フェリクスの感覚としては、書斎にベッドがあるようなイメージだった。勉強机がある部屋にベッドを置くのは庶民的なインテリアである。
「同じ部屋に机を置けばいけるでしょうか……。」
「あと、ちぃさなおへやがいい。」
「小さいのがよろしいのですか?」
頷く零は、フェリクスの腕にしがみついている。眠さを耐えているのだろう。屋敷まではもう少しかかるが、眠るには中途半端な長さであった。
「小さい部屋にシングルベッド……。難しい注文ですがやってみましょうか。」
「やったー。」
両手を上げてふらふらと喜ぶ零は、そのままばたんと背もたれに体を預けてしまった。
屋敷についた頃はすっかり暗く、しかしゴーレム達が灯した灯りで屋敷の中は暖かい光に包まれていた。
『お帰りなさいませ。お湯の準備は出来ております。』
「早速入りますか……。荷解きをお願いします。主のお部屋は後程決めますので荷物はそのままに。」
かしこまりました、とゴーレムは音もなくローブを引きずって退散する。フェリクスはソファーに座らされてこっくりこっくりしている零に歩み寄った。
「さあ、お風呂に入りましょう。」
「ねむいよう……。」
ゴーレムにコートを脱がせられて、零は風呂に入る準備万端の格好でいた。
「入りながら眠っても構いませんよ。」
「うぅ……はいりゅ。」
フェリクスの方に両手を伸ばし、零は抱きかかえられるとその胸にぐりぐりと頭を押し付けた。相当眠いのか、今にも体重の全てが腕にかかりそうである。一瞬よろめきながら立ち上がって、フェリクスは玄関ホールの階段を登り始めた。
* * *
「ろちあ?」
客間でフェリクスを待ちつつ、アルフレッドは小さな零の相手をしていた。清張も継子もまだ部屋には来ていない。
「ロシアはどんな所だった?」
「しゃむい!」
そうだね、とアルフレッドは笑った。
「しょえかやね、たのちかった!」
「また行きたい?」
小さい零はゴーレムの手を借りてアルフレッドの隣の小さなソファーに座っていた。机の上にある牛乳を掴みながら、零は大きく頷く。
「いく! かんこーしう!」
思えば、ロシアに行った零は結局ロマノフ邸とユスポフ邸の世界から出る事は出来なかった。ロシアには色々と心残りがあるのだろう。
「失礼します。」
「どうぞ。」
ゴーレムが扉を開けると、フェリクスに続いて清張と継子も入ってきた。扉の外ではまだわらわらと四人が中を覗いていたが、ゴーレムにしっかり阻まれて入室を許されなかった。
「ふぇいくしゅだ!」
「お久し振りです主よ。」
少し屈んで、フェリクスは零と視線を合わせた。零はきゃっきゃと喜びながら、肘掛に置かれたフェリクスの手に触れた。
「おれ、ろちあいくの?」
「本当に察しがいいね君は……。」
アルフレッドは立ち上がると、零を挟んで向こう側の一人掛けソファーをフェリクスに勧めた。軽く会釈して勧められた椅子に座ったフェリクスは、真っ直ぐに清張の顔を見つめた。
「今回はお屋敷にまで呼んでいただきありがとう御座います。」
「こちらこそ。引き取り手に手を挙げていただき恐悦至極に存じます。」
フェリクスと清張の顔を交互に見つめると、零はフェリクスのスーツの袖を掴んだ。
「零、意味は分かるな。」
ただじっと清張の顔を見ている零は、黙ったままなにも言わなかった。アルフレッドがそっとその小さな肩に触れて囁く。
「零。悠樹邸は、今の君にはとても危ない所なんだ。だから、君のお父さんはより安全な場所に零を移そうと思ってる。それがユスポフ公のお家なんだよ。」
「ふぇいくしゅのおうち?」
零がフェリクスに視線を移すと、フェリクスはにこりと微笑んだ。
「またごほんよめゆ?」
「読めますよ。お庭でピクニックも出来ますし、この時期になればそろそろ森できのこ狩りも。」
連ねられた季節の行事に、清張は息をそっと吐いた。そう、零が悠樹邸にいても、零の世話にだれも時間をかけられないのだ。清張や史興達は相変わらず警察勤めである上に、博人と勇斗もそろそろ学生生活に飽き飽きして社会人への道を進もうとしていた。そうすれば零を構えるのは継子だけであるし、しかし継子も家事があった。花見も海も祭りにも、零を連れていく事が難しい。
「ろちあ、いってもいいの?」
「主が行きたいのであれば、いつでも。」
零の顔がぱっと輝く。行く行く、と連呼しながら、椅子の上に靴下で立ち上がって飛び跳ねる。
「零、出発するのは明日だ。」
立ち上がって、継子は飛び跳ねる零を諌めて掛け声と共に抱き上げた。
「一緒に荷造りしましょうね。」
「は~い!」
フェリクスに手を振りながら、零は抱っこされたまま扉の向こうへ消えていった。階段を降る足音が聞こえなくなると、アルフレッドと清張は一緒に天井に向かってため息を吐いた。
「随分と懐かれておいでですね、公爵。」
「僕もまさかあれほど行きたいと言われるとは思ってませんでした。」
口元を人差し指で隠しながら、フェリクスは苦笑した。
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零にとって、ユスポフ邸はある意味で安らげる場所であった。世間の喧騒もなく、静かで、物事を熟考し、またそれについて言葉を交わし合う事の出来る場であった。果たしてそれが、幼い姿である自分に出来るかは分からなかったが、行く価値は十分にあった。
「準備はいいかい? くれぐれも、粗相のないように。」
「は~い!」
厚着に厚着を重ねられ、零は少し動きずらそうにとてとてと玄関まで歩いていく。
「それと、体にちゃんと気を付けるんだよ。」
「にちぇゔぉにちぇゔぉ~。」
早速ロシア語を披露して、零は玄関に座った。旅行鞄を車のトランクに詰めていたフェリクスが、その様子を見て小走りで玄関にやってくる。
「ブーツにしましょうね。」
「あーい。」
柔らかい革のブーツを履かせて貰いながら、零は玄関に見送りに来た[使徒]達の顔を見上げた。きっと彼らに再び会うのは十年くらい後になるのだろう。
「さ、行きましょうか。」
ブーツを履き終わると、フェリクスの声と共に零はすとんと玄関に飛んで降り立って、差し出された手の指先を握った。
「いって、きます!」
片手を上げて出掛けの挨拶をする零の姿を、屋内で見守る彼らはもう写真以外では見れない。
「いってらっしゃい!」
「元気でね!」
それぞれ思い思いの言葉をかけながら、零とフェリクスの姿を見守る。二人が乗り込むと、エンジンのかかる音がした。車は邸宅を出て、やがて、塀の向こうへ消えていった。
* * *
ファーストクラスで、日本の空港から中国にて乗り継ぎを終えてロシアへ。モスクワから列車に揺られ、最寄り駅からはロマノフ邸が手配した車に乗り込んだ。子供の体には少し応える長旅である。
「お疲れですか? 到着したらしっかりお休みくださいね。」
車の中で船を漕ぎ始めた零を抱き寄せて、フェリクスはぽんぽんとその肩に手を当てた。
「おへや……、べっどもいっしょがいいよ~。」
「それは、日中過ごす部屋にベッドがあるといいな、という事ですか?」
頷いているのか船を漕いでいるのか、とりあえず零は頭を縦に振りながら言った。
「そゆことそゆこと。」
フェリクスの感覚としては、書斎にベッドがあるようなイメージだった。勉強机がある部屋にベッドを置くのは庶民的なインテリアである。
「同じ部屋に机を置けばいけるでしょうか……。」
「あと、ちぃさなおへやがいい。」
「小さいのがよろしいのですか?」
頷く零は、フェリクスの腕にしがみついている。眠さを耐えているのだろう。屋敷まではもう少しかかるが、眠るには中途半端な長さであった。
「小さい部屋にシングルベッド……。難しい注文ですがやってみましょうか。」
「やったー。」
両手を上げてふらふらと喜ぶ零は、そのままばたんと背もたれに体を預けてしまった。
屋敷についた頃はすっかり暗く、しかしゴーレム達が灯した灯りで屋敷の中は暖かい光に包まれていた。
『お帰りなさいませ。お湯の準備は出来ております。』
「早速入りますか……。荷解きをお願いします。主のお部屋は後程決めますので荷物はそのままに。」
かしこまりました、とゴーレムは音もなくローブを引きずって退散する。フェリクスはソファーに座らされてこっくりこっくりしている零に歩み寄った。
「さあ、お風呂に入りましょう。」
「ねむいよう……。」
ゴーレムにコートを脱がせられて、零は風呂に入る準備万端の格好でいた。
「入りながら眠っても構いませんよ。」
「うぅ……はいりゅ。」
フェリクスの方に両手を伸ばし、零は抱きかかえられるとその胸にぐりぐりと頭を押し付けた。相当眠いのか、今にも体重の全てが腕にかかりそうである。一瞬よろめきながら立ち上がって、フェリクスは玄関ホールの階段を登り始めた。
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