神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 4-7

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 その日の夕食は豪勢だった。ボルシチが始まって、白身魚のカルパッチョ、スペアリブ、アジのブルスケッタ。締めのデザートはベリーフルーツとベリーソースが沢山かかったプディングであった。

「けぷ。」

「お腹一杯食べたな。」

 ジークフリートは一日、ゴーレムの屋敷案内で潰した。零も時たまジークフリートを見つけては、自分の知らない部屋の解説を隣で受けて、またどこかへ遊んでを繰り返す一日だった。

「本日は長々とお疲れ様でした。」

「あぁ。隅々まで案内してもらって助かったよ。」

 ジークフリートは柔らかいプディングにスプーンを差し入れながら言った。片や柔和な微笑みを浮かべる金髪の中性的な美男子、片やお堅い表情を浮かべる貴公子ばりの金髪碧眼の青年。零は目の前の空っぽの皿が仕舞われていくのにも構わずに二人の顔を交互に見比べていた。

「はい、はい!」

 大人二人の会話が進んでいくにつれ疎外感を感じて、零は机に乗り出して片手を上げた。口を止めて、二人は少し驚いた様子で零に視線を注いだ。

「えと……じーくとねたい、です!」

 意気揚々とそう意見した零に、二人は目を見合わせた。今まで一緒に寝ていたのはフェリクスだ。

「あーっと――」

「僕は構いませんよ。」

 言いあぐねたジークフリートに一言、フェリクスはいつもの柔和な微笑みで、テーブルの上に手を重ねていた。

「良いのか? 本当に?」

「勿論です。」

 にっこりと微笑んだフェリクスに、零は鼻息を荒くして隣に座っているジークフリートの袖を何度も引っ張った。



 ベッドの枕を叩いていい感じにふかふかにさせていると、風呂上がりの零は自分で靴を脱いでそこをよじ登って来た。

「良かったのか?」

「え、なに? なに?」

 ジークフリートもまた内履きを脱いで薄手の毛布の上に寝転んだ。

「夜は僕とで良かったのかって。」

「ふぇいくしゅがいいっていったじゃん!」

 元気良く、胸を張って零は言った。

「フェリクスはお前と一緒に寝たいわけじゃないのか?」

「うぅ……。でもふぇいくしゅは、よるもたくさん、しごとがあったよ……。」

 毛布とタオルケットをあげると、零はすごすごとその中へ入っていく、ジークフリートも脚を入れて、二人は同じベッドに収まった。

(そういう事だったのか。)

 ジークフリートは妙に納得した。零と寝たいかどうかはともかく、フェリクスは書類仕事をこなさなくてはいけない。零が夜に一緒に寝る事になると、それを放り出して一緒にベッドに入るのだ。

「ねむいよ、ねむぃ……。」

 部屋の明かりは落とされ、既に二人の輪郭を照らし出すのはベッドサイドの橙色のランタンだけだ。

「うんうん、寝ような。」

「ねりぅ……。」

 枕をクッションに座っていた零は、ずるずると枕に顔を埋めて、本を読み聞かせる間もなく寝てしまった。今日は随分とはしゃいだほうなのだろう。

(僕も寝るか。)

 剣を握らない久し振りの一日は、ただ一瞬で過ぎ去っていた。零の、黒くまだ短い髪に一度おやすみのキスをして、ジークフリートもまた床に就いた。

 * * *

 真夜中、腕に痛みを感じてジークフリートはうっすらと目を開けた。

「う~おきてよぉ。」

「な……んだ、どうか、したのか?」

 くるりと体の向きを変えると、零が膝立ちになってジークフリートの腕をはたいていた。

「おといれ、いく。」

「……こわいのか?」

 ちーがーうー、と零は口を尖らせて頭を振った。

「とびら! おといれ! とどかないのっ!!」

 念の為オムツをつけているとは言え、零は出来るだけトイレに行こうとしていた。ジークフリートはゆっくりと起き上がって、零を抱き上げた。

「そうか、じゃあ一緒に行くか。」

「はやくぅ、おむつ、だめになっちゃうよ。」

 オムツはその為にあるのではないのか、とジークフリートは首を傾げながら、寝室を出た。零は頭が昔のままだ。オムツを使ったらすぐに替えを要求するし、自分で履く事も出来る。だが、それを申告するのは彼は気恥ずかしいようだった。フェリクスもジークフリートも零がそれを報告してくる事を殆ど見た事がない。つまり、ゴーレムに頼んでいるという事だ。

「もっと僕達の事頼っていいんだぞ?」

「やだ! じぶんでできうこと、じぶんでしう!!」

 そうかそうか、と背中を撫でながらジークフリートは囁いた。子供のように振舞っていても、結局自尊心は一人前なのだ。

 * * *

 零が落ち着いたのは大体、ジークフリートが来てから一週間くらい過ぎた頃だった。二日目は、ジークフリートが来た事実が夢ではないと知って取り敢えず大はしゃぎだった。一日目よりも、ジークフリートはずっと疲れてすぐに眠りに落ちて零を少し怒らせた。三日目は、怒らせた代わりに部屋の中で凄まじく遊んでいた。屋内活動とはいえ、一日中遊び倒していては流石のジークフリートも精魂尽き果てた。

「あーうっ!」

 四日目は、少し涼しかったのでロマノフ邸とユスポフ邸を繋ぐ正面の野原で遊んでいた。庭園というほど整備はされていない。あるのは、お互いの玄関口に続く石をはめ込んだ道だけだ。

「みてみて! ちょおちょ!」

 初夏の野原には色とりどりの蝶が飛び散っていた。昨年はここまで多くなかったんですが、というフェリクスの言葉を思い出しつつ、野原の上でくるくる回る零を見守っていた、両腕、頭、鼻の先、色々なところに蝶が止まっている。

「今年の花は息が長いんですのね。」

 丘の上で体育座りをしていたジークフリートは、その聞き覚えのある声で振り返った。エカチェリーナ二世が、手に白詰草の花冠を持って立っている。

「お久し振りですね、ご機嫌如何?」

「まあまあです。」

 ジークフリートは視線を元に戻した。零が野原に向かって話しかけている。恐らく虫か動物がいるのだろう。

「零は外に出るといつもあんな感じですか。」

「えぇ。昨年にきのこ狩りも、森で迷ったところを助けてもらったと聞いたわ。」

 見守ったまま、片眉を上げる。

「助けてもらった、ですか?」

「えぇ。」

 立ち上がって、零が丘をよたよたと登り出す。先程まで話しかけていたなにかを追っているようだ。両手を前に出してわたわたとしている。

「リスに。」

 エカチェリーナ二世が言葉を続けた時には既に、ジークフリートの足元にはリスがいた。ふさふさの立派な尾を丸めて、それは手を綺麗に毛繕いしている。

「まってよ、りしゅしゃん!」

 その声にリスは一度振り返って、すぐに四本足で芝生の上に座り込んだ。

「あっ、じーくだ!」

「転んでないか?」

 労わりに答える暇もなく、零は指輪程度の小さなかすみ草で作った輪をリスの頭に乗せてやった。

「あにょえ! こないらたしゅけてもらたの!」

「こないだって……きのこ狩りか?」

 リスは頭に乗せてもらった花冠が大層気に入ったようだった。手に取ったそれを、しきりに回して眺めている。

「そう! ……あれ、なんでしってぅの?」

 その時には既に、ジークフリートの背後にエカチェリーナ二世の姿はなかった。はあ、と肩を落としながら息を吐き、ジークフリートはたまたまその時ポケットに突っ込んでいたくるみを二個手に取った。朝食の後、キッチンで見つけて軽食用に持ってきたものだ。裏の森で取れたものを乾燥させて保存食にしているらしい。調味料などは一切使っていない。

「そら、持ってけ。」

 握力で二つのくるみの殻を割って、その中身をリスの前に投げた。リスはその一つを物珍しそうに手にとってしげしげと舐めるように角度を変えて観察すると、全て頬袋に詰めた。一瞬だけ頭を下げて、一目散に左手側を覆う森へといなくなる。

「零、動物と意思疎通が出来るのか?」

「う?」

 リスを見送ったままの顔の向きで、ジークフリートは零に問いかけた。零は一度首を傾げた。

「まえかやだよ。」

「前から?」

 きょとんとしたジークフリートだったが、しかしそれよりも零のほうがきょとんとした顔でジークフリートを見上げていた。

「ししゃだもん、できぅよ。」

「でも今の零は[人間]だ。」

 ますます分からない、という顔で、零の顔は気難しげに皺が寄る。

「おれがなんなのかなんてどーでもいーだよ。だれだって、おえがかみしゃまだってわかってぅかやね!」

「そう……なのか。……そうか、そういう事なのか。」

 なんとなしに納得した。帝國での春を迎えたあの日も、零が死んだあの春も、きのこ狩りのリスも、今さっきまで零に沢山の蝶が止まっていたのも、全て世の中が零を喜ばす為であったのだ。

 * * *
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