神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
261 / 271
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 4-25

しおりを挟む
 朝、用意されたのは男物の袴だった。淡い山葵色のそれを広げて、零は、ふむ、と息をついた。本格的に以前の自分に戻ってしまいそうな気がする。取り敢えず、着替える他道はなかった。顔見知りがいるとあっては尚更、男物は都合がいい。

「入るで、採寸はそれで良かったやろか。」

 がらり、と不躾に障子が開く。よい天気であった。外の庭は昨日よく見えなかったが、薄らと雪が積もっている。

「ああ、しっくりくる。」

 しわが変に寄っていないかを姿見で確かめて、零は逸叡の背後からやってきたゴーレムの手元を見た。

『鮭の塩焼き、わかめと葱の味噌汁、沢庵です。』

 一体いつぶりの和食だろうか。恐らく悠樹邸を離れてからまともな和食は食べていないだろう。零は思わず腹を押さえた。虫が鳴く事はなかったが、今確実に腹は空いた。ゴーレムが座布団の前に膳を置くと、零も座布団の上に座った。

「ははあ流石、様になりますわぁ。」

 感心と興奮で、逸叡はそう感嘆を述べた。赤い箸を閉じたり開いたりしながら、零は茶碗を手に取った。

「昨日言っとったやってほしい事、話してもよろしいやろか。」

「ああ、手短に頼む。」

 沢庵をぼりぼりと噛んでいる零を見て、逸叡はもう一度、ははあ、と面白そうに口角を上げた。人が変わったような素っ気なさだが、この雰囲気の人物を逸叡は一人知っている。

(母上似と思っとったんやけど存外悠樹はんにも似とるんやなぁ。)

 一度咳払いをして、逸叡は姿勢を正した。

「あんさんも覚えとらっしゃる思いますけど、あの黒い水子達の話ですわ。」

「懐かしいな……あれがどうかしたのか?」

 耳に無邪気な声が蘇る。アーサー王を零の肉体から引き離す際に協力してくれた、あの黒い渦の塊の事である。竹藪での一連の出来事を思い出しながら、零は味噌汁をすすった。

「そそ。あのまんまなら放っとっても構わんですけど、実の所問題が一つ。」

 零は白米をかき込んでいた箸を止めた。

「つい最近あれが暴れとりまして。まだ人に危害は加えとらんのですが時間の問題なんですわ。」

「つまり後始末をしろと。」

 人聞きの悪い、と逸叡は口元を隠したが端的に言えばそういう事である。

「暴れるようになった理由は?」

「それが分からんちゅうんで困っとるんですわ。どうも言葉が話せんようになってしまった、と。」

 口端についた白米を舌で取って、零は膝に肘をついた。

「だが戦おうにも今の俺は人の体だ。たかが知れてると思うぞ。」

 ご馳走様、と零は手を合わせて箸を置くと、膳を横にどけた。

「まあそういうのは対策は練っとりますわ。」

 逸叡が手で招くと、ゴーレムが一人、美しいガラス容器を手に乗せていそいそとすり足で歩み寄ってきた。先程まで膳が据えてあった場所に、その容器を音もなく置いた。白銀の留め具がついたそれを持ち上げて、零は中に入っている水のような液体を眺めた。

「そちらは人の身でも、一時的に[シシャ]と同程度の力を引き出せる……らしいんやけど試作品。」

 肘が脚の上から滑り落ちた。がくん、と零の体が動くと、逸叡は乾いた笑いを浮かべる。

「あんさんの所にある優秀な研究機関はありまへんから許してたもれ。」

「はあ……。で、一緒に行くのは?流石に俺だけじゃないんだろ。」

 膳が下げられると、逸叡は、そうやった、と手を打って立ち上がった。零もまた、貰ったガラス容器を懐にしまう。

「ほんなら行きましょ。」

 よく晴れた冬の日だけあって、庭は溶け残った雪できらきらと輝いていた。手入れされた盆栽を視界の端に入れながら、零は逸叡の背中についていく。廊下を行き交う人に挨拶をしながら、暫く歩けば楽しげな声が聞こえた。

「なんやあ、この時間に行くゆうたんやけど、客でもおるんかいな。」

 新しい扇を手に、その骨で障子の木枠を叩いた。すると、襖の向こうで段々とお喋りがやんで、衣摺れの音だけが残った。慌てて、後ろからゴーレムが座布団を二つ持ってやってきた。それを並べて二枚敷くと、またすごすごと部屋を後にする。

「失礼を致しました逸叡殿。定刻より幾分早くいらっしゃいましたね。」

「遅い。」

 不機嫌そうに、逸叡は扇で欠伸を隠しながらそう突き放した。逸叡の隣にいた当の零は度肝を抜かれた。ゴーレムに連れられてやってきたその男の姿を見て、慌てて顔を床に向けて頭を下げた。

「……誠に悠樹の所の倅を?」

「それはそちの目で確かめたらええ。」

 どさ、と頭の向こう側で男が腰を下ろした。その尊大さもさる事ながら、どこか民衆に親しい雰囲気もある男は、今きっとにこにこと笑いながら自分の脳天を見つめているに違いない、と零は確信する。男はすぐには口を開かなかった。故に、口火を切ったのは零だった。

「お、お久しく存じます上様。その……お加減がよろしいようでなによりで御座います。」

 顔見知りと聞いて覚悟は決めていたが、いざ予告もなしに来られると肝っ玉が据わっているとかそういう範囲の問題ではなかった。

「うむ。苦しゅうない、面を上げよ。」

「はっ、恐悦至極に存じます。」

 果たしてつい先まで欧州のマナーと文化に入り浸っていた自分が、突然日ノ本の礼儀作法を完璧に全う出来ているかは分からなかった。しかし、顔を上げた先にいた男はとても上機嫌だった。零は一息つく。

「そう硬直するでないわ。折角の再会の場が気不味くなるだろう。そうは思いませんか逸叡殿。」

「はあ。まあ吉宗はんがそう言いはりますならそうなんやろなぁ。」

 眉を上げて、逸叡は少し冷たい顔のまま固まっている零の横顔に視線を移した。

「再び相見える事が出来た事に感謝致しますが……俺のような下賤な者に何ぞ用でも御座いましょうか……?」

 逸叡は一瞬、どついたろか、と思ったが、これもまた零の、支配者に対する誠意の見せ方なのである。

「うむ、あの黒い彼奴の後始末の話だ。お前も聞いているのだろう。」

「え、えぇまあ存じ上げては御座いますが。まさか上様と一緒に討伐などと言いますまい……?」

 きょとんとした顔で、時の日ノ本の将軍であった徳川吉宗は恐縮する零を見つめた。そうしてすぐに大きな声で盛大な笑い声をあげた。

「なにを言うか!お前とそなたと……まあ取り敢えず討伐には行くとも!」

「後はこの間の柏葉と土方も一緒や。二人きりよりはええやろ。」

 二人きりよりは、ね、と零は呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...