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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)
Verse 4-28
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零を私室に残して、葵は式神五つに囲まれて湖の鳥居を進んでいった。その湖の中央、果てしなく水平線が続く世界に、来客は船に乗って立っていた。
「お前か、葵とかいう巫女は。」
「左様に御座います。お初にお目にかかれて光栄で御座いますアーサー王。」
目を伏せて、腰を低くしながら一礼する。アーサー王の後ろには、武装したゴーレムが数人、がちゃがちゃと鎧の音を鳴らしながら威嚇の体勢を取っている。
「ご不在の逸叡様に代わり、私がご用件を伺います。どのようなご用向きでしょうか。」
「零という男を知らないか? ここで目撃したという者がいくらかいる。」
よく見れば、アーサー王は武装をしていなかった。チェーンメイルの音もなく、彼は黒いタートルネックにドレープの美しいローブを羽織っているだけだ。
「さあ、存じ上げませぬ。」
すっとぼけた顔といえばそれまでだが、葵のその顔は氷上の妃ともいえる美しい無表情であった。明かりの作り出す影で微笑みとも怒りとも取れるその能面のような表情に、しかしアーサー王は怯みもせず歪な微笑みを浮かべたままだった。
「では匿ってはいない、と?」
「匿うもなにも、私はそのお方を存じ上げません。」
アーサー王は勝ち誇った顔も、屈辱で顔を歪める事もなかった。ただそこでゆうゆうと微笑んでいるだけだ。葵はその表情から少し薄ら寒さを感じた、
「……そうか、ならば仕方あるまい。また他を当たるとしよう。」
マントのように長いローブを翻して、アーサー王は葵に背を向けた。僅かな湖畔の風に、黒い天鵞絨のマントがなびく。
「アーサー王!貴方様にとってその人はどのようなお方なのですか!?」
船が湖面を滑り始めた。葵の言葉に、アーサー王が答える事はついになかった。
逸叡はグリゴーリーの家の玄関に立って、はあ、と肩を落とした。
「あれはもう確信しているだろうな、時間の問題だ。」
「まあ凌ぐだけ凌ぎますわ。あんさんもお気を付けて。」
やる事は少ないが、それに対する道筋が途方もなく長過ぎた。逸叡の見立てでは、今回の、零をアーサー王から遠ざける計画は九割九分九厘失敗に終わる。
(問題はどう失敗させるか、やな。)
額を撫でて、逸叡は振り返った。以前見た時よりグリゴーリーは酷く憔悴していた。指環なくして、彼は死を目の前に突きつけられる以外に出来る事など殆どないのだ。その身で零に最善を尽くしているのだから憔悴するのも当たり前だろう。
「あんさん、少し休んだほうがええ。」
「休めたら休む。」
休めたらな、とグリゴーリーは繰り返す。彼は今二羽の兎を追っていた。一羽は、零の手を汚さずにこの聖戦を終える事、もう一羽は、聖戦を出来るだけ早く終わらせる事だった。
「あれの準備が終わる前にどうにかしなければ……今のままでは零に勝ち目などあるものか。」
「二兎を追う者は一兎も得ず。」
逸叡はグリゴーリーの項垂れる頭にそう言ってチョップをかました。
「どっちか切り捨てへんとあかんのや。」
青白い瞳で、グリゴーリーは逸叡を見上げた。
「……お前ならどちらを追う。」
ジャケットに腕を通して、それをぴんと張る。逸叡は振り返った。
「わいなら……ただ終わりを追い続けますわ。」
* * *
その日、日課になりつつある子供達の相手を終えて夜の前に私室に戻ると、スーツ一着が箱に入って置いてあった。どうやら討伐に着ていけという事らしい。零は黒に赤いストライプの入ったそれを広げて見て、ふむ、と息をついた。
(ヤクザっぽい。)
感想はともかくとして、討伐への時刻は迫っていた。零はいそいそと袴を脱いで、スーツに着替えた。まるで仕立てられたようにぴったりとサイズが合ったそのスーツの見栄えを確かめて、零は長らく袂に入れっぱなしだったガラス容器を取り出した。
「さて、と。」
瓶一つにつき、一日の[燃料]が供給される。零は蓋を開けるとそれを一気に飲み干した。別段体に変化はないが、確かに頭の中でスイッチが入った。[人間]では決して意識が向かないような場所に注力する事が出来ている気がする。思い切って、自らの刀を目の前に出現させた。
(……成程、これなら。)
暴れる物の怪相手にも、これなら応戦出来そうな気がした。縁側に置いてあった新品の黒い革靴を人差し指と中指に引っ掛けて、零は待合時間に遅れないように小走りで自室を後にした。
「お前か、葵とかいう巫女は。」
「左様に御座います。お初にお目にかかれて光栄で御座いますアーサー王。」
目を伏せて、腰を低くしながら一礼する。アーサー王の後ろには、武装したゴーレムが数人、がちゃがちゃと鎧の音を鳴らしながら威嚇の体勢を取っている。
「ご不在の逸叡様に代わり、私がご用件を伺います。どのようなご用向きでしょうか。」
「零という男を知らないか? ここで目撃したという者がいくらかいる。」
よく見れば、アーサー王は武装をしていなかった。チェーンメイルの音もなく、彼は黒いタートルネックにドレープの美しいローブを羽織っているだけだ。
「さあ、存じ上げませぬ。」
すっとぼけた顔といえばそれまでだが、葵のその顔は氷上の妃ともいえる美しい無表情であった。明かりの作り出す影で微笑みとも怒りとも取れるその能面のような表情に、しかしアーサー王は怯みもせず歪な微笑みを浮かべたままだった。
「では匿ってはいない、と?」
「匿うもなにも、私はそのお方を存じ上げません。」
アーサー王は勝ち誇った顔も、屈辱で顔を歪める事もなかった。ただそこでゆうゆうと微笑んでいるだけだ。葵はその表情から少し薄ら寒さを感じた、
「……そうか、ならば仕方あるまい。また他を当たるとしよう。」
マントのように長いローブを翻して、アーサー王は葵に背を向けた。僅かな湖畔の風に、黒い天鵞絨のマントがなびく。
「アーサー王!貴方様にとってその人はどのようなお方なのですか!?」
船が湖面を滑り始めた。葵の言葉に、アーサー王が答える事はついになかった。
逸叡はグリゴーリーの家の玄関に立って、はあ、と肩を落とした。
「あれはもう確信しているだろうな、時間の問題だ。」
「まあ凌ぐだけ凌ぎますわ。あんさんもお気を付けて。」
やる事は少ないが、それに対する道筋が途方もなく長過ぎた。逸叡の見立てでは、今回の、零をアーサー王から遠ざける計画は九割九分九厘失敗に終わる。
(問題はどう失敗させるか、やな。)
額を撫でて、逸叡は振り返った。以前見た時よりグリゴーリーは酷く憔悴していた。指環なくして、彼は死を目の前に突きつけられる以外に出来る事など殆どないのだ。その身で零に最善を尽くしているのだから憔悴するのも当たり前だろう。
「あんさん、少し休んだほうがええ。」
「休めたら休む。」
休めたらな、とグリゴーリーは繰り返す。彼は今二羽の兎を追っていた。一羽は、零の手を汚さずにこの聖戦を終える事、もう一羽は、聖戦を出来るだけ早く終わらせる事だった。
「あれの準備が終わる前にどうにかしなければ……今のままでは零に勝ち目などあるものか。」
「二兎を追う者は一兎も得ず。」
逸叡はグリゴーリーの項垂れる頭にそう言ってチョップをかました。
「どっちか切り捨てへんとあかんのや。」
青白い瞳で、グリゴーリーは逸叡を見上げた。
「……お前ならどちらを追う。」
ジャケットに腕を通して、それをぴんと張る。逸叡は振り返った。
「わいなら……ただ終わりを追い続けますわ。」
* * *
その日、日課になりつつある子供達の相手を終えて夜の前に私室に戻ると、スーツ一着が箱に入って置いてあった。どうやら討伐に着ていけという事らしい。零は黒に赤いストライプの入ったそれを広げて見て、ふむ、と息をついた。
(ヤクザっぽい。)
感想はともかくとして、討伐への時刻は迫っていた。零はいそいそと袴を脱いで、スーツに着替えた。まるで仕立てられたようにぴったりとサイズが合ったそのスーツの見栄えを確かめて、零は長らく袂に入れっぱなしだったガラス容器を取り出した。
「さて、と。」
瓶一つにつき、一日の[燃料]が供給される。零は蓋を開けるとそれを一気に飲み干した。別段体に変化はないが、確かに頭の中でスイッチが入った。[人間]では決して意識が向かないような場所に注力する事が出来ている気がする。思い切って、自らの刀を目の前に出現させた。
(……成程、これなら。)
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