神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
6 / 271
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 1-6

しおりを挟む
 一次試験の会場で、レイは最後の復習に励んでいた。自らのノートをじっくりと眺めながら、永遠にも感じられる試験までの時間を埋めている。段々と席が埋まっていく様子を傍目に、レイはパンを食べ終えて紙袋を鞄の中へ突っ込んだ。そして鉛筆の芯を確認していると、突然会場の外が騒々しくなった。何人かが扉の向こうを覗き込んでいる。他の教室でなにか起こったのか、レイも少しばかり気になって外へ出た。教室へ入る青年達と野次馬の青年達で廊下はごった返している。レイは近くにいた青年に声をかけた。
 
「何があったんだ?」
 
「お貴族様が来たんだよ。」
 
 片眉を吊り上げたレイは、指差された場所に目を凝らす。今の時代、貴族が軍人になる事はそうそうない事例であった。というよりも、普通は両親が許さない筈である。貴族の中から堅物がなる軍人が輩出されるなど階級の恥なのだ。
 
「ほら、あれだよあれ! 金髪の——」
 
 社交界によく出ていた青年達にとってはよく知った顔であり、そしてこの群衆の中では恐らくレイが最もよく知っている人物であった。取り巻きの口々に上るその青年の瞳は、いつもとは違って非常に不機嫌そうである。レイは駆け出した。昨日ジャンの口から、ここには来ない、と聞いたばかりであったのに、なぜ彼はここにいるのか、直に問いただす必要があった。しかし、レイが彼に向かい合うより前にジャンの前に既に一人の青年が立っていた。金髪碧眼の、まるで中世騎士物語から抜け出したような美形の青年であった。
 
「へぇ、伯爵家のぼんぼんがこんな所に何の用だ?」
 
 薄笑いを浮かべている青年は、顎を上げて苦々しい表情を浮かべるジャンにそう振る。
 
「俺がどこに行こうがお前に関係ないね。お前こそなんだ? 試験勉強しなくて大丈夫なのか?」
 
 ジャンの言葉で青年の表情が消え失せる。
 
「僕はお前と違って幼い頃から叩き込まれてるんだ。お前こそ開始時間五分前に来るなんて、貴族のくせに大丈夫なのか?」
 
 どうやら軍配は青年のほうに上がったらしい。辺りの雰囲気ですっかり忍耐が擦り切れていたジャンは、そのまま一歩踏み出して青年に殴りかかろうとした。しかし、その一歩手前で彼の腕を一人の青年が掴んだ。ヨハンである。
 
「煽るのはやめろジークフリート。お前もただじゃ済まないだろう。」
 
「お貴族様は受け流すのが得意かと思ってたけど違ったみたいだな。ヨハンの前世のよしみで許してやるよ、お坊っちゃま。」
 
 ジークフリートと呼ばれた青年が背を向け、取り巻きを連れ立って立ち去ると、辺りの緊張状態は緩和された。友人への疑問をすっかり忘れて、レイはジャンとヨハンの元へ駆け寄る。
 
「大丈夫か二人共。」
 
 嘘をついた二人の友人に顔向けが出来なかったのか、ジャンは表情が見えないように俯いたまま自分の試験会場の教室へ入っていった。レイはそれをただただ見送った後、隣に立っていたヨハンに目をやる。
 
「ヨハン……?」
 
 もう一人の友人は、ジャンの背中から少し逸れた所を見ていた。髪と同じ、黒に近い藍色の瞳を揺らし、殆ど動いていないにも関わらず額には汗が浮いている。恐る恐る肩を掴んで、レイは友人を揺さぶった。
 
「ヨハン、お前気分でも悪いのか?」
 
 我に帰ったようにヨハンは目を見開く。隣に立っていたレイに初めて気付いたのか、その姿をまじまじと見つめると、やがてぎこちなく頷いてその場をよろよろと立ち去っていった。
 
 * * *
 
 結果発表の場で、レイとヨハンとジャンは久し振りに一堂に会した。試験当日から一週間が過ぎていた。
 
「俺、勘当されたんだ。」
 
 受付で受験者の名前が呼ばれる中で、ジャンは二人にそう打ち明けた。
 
「どうしても士官学校に入りたいんだっつったらさー、親父の奴、あんな頭の固い職業についてどうするんだ、ってよ。俺は頭の硬くない軍人を今までずっと見てきたから、そういう職業じゃないって言ったら案の定口論だよ。最終的には試験に行ったら勘当だってさ。喜んで行ってやったよ。ジャンヌは泣いてたけど。」
 
 名前を呼ばれて受付に走ったヨハンを眺めながら、レイはジャンに言う。
 
「貴族のままだったら生活も安定してただろ。金もあるだろうし、きっと普通に結婚して幸せになれた筈だ。別に士官学校に入らなくたって俺達とはいつでも会えるだろ?」
 
 ジャンは目を丸くした。そして、すぐに赤い鼻を鳴らして朗らかに笑う。
 
「なーに言ってんだよ。俺がいなかったら今頃お前ら一人ぼっちだろ? 俺がいなくてやってけんのかよ二人共。」
 
 ヨハンが帰ってくる頃にはジャンの名前が呼ばれた。入れ違いで駆けていくジャンを見送って、ヨハンは封筒の中の書類を確かめる。
 
「どうだった?」
 
「受かった。」
 
 合格書類を見せるヨハンは珍しく満足げに笑った。一通り合格書類を眺めたレイは、それを返しながら封筒を受け取ったジャンを見やる。どうやら合格したようだ。封筒を大手に振りながら駆け寄ってきた。
 
「ジャンがいなかったら、俺達今頃どうなってただろうな。」
 
 ヨハンは沈黙を守る。やがてジャンが大はしゃぎで書類を二人に見せている中、レイが呼ばれた。応援する二人に手を振って、レイは受付へ悠々と歩いていく。
 
「レイさんですね?」
 
「そうです。」
 
 受付の軍人が封筒を差し出した。
 
「入試権利獲得おめでとう御座います。提出書類に関しては全て同封してある紙に印刷されているのでしっかりと目を通して、期日までの記入と提出をお願いします。郵送は当日消印です、間違いのないようお願いします。」
 
「ありがとうございます。」
 
 たった数分で待ちくたびれたジャンは、レイが戻ってくるや否や封筒の中身をせっついた。合格書類をちらりと見せただけで、ジャンはまるで自分の事のように、いやそれ以上に喜ぶ。
 
「次の本試も三人で受かろうな!」
 
 ジャンは二人の肩に両腕を回した。思わず封筒を落としそうになったが、レイは慌てて封筒を強く掴んでそれを回避する。
 
「そういやこの間、ケーキの美味しい店を見つけたんだ。食べて帰ろうよ!」
 
「能天気だなお前、帰って勉強するぞ……。」
 
「買って俺の家で食べていけばいい。折角合格したんだ、うちの親父にもなにか買って帰ろう。」
 
 呆れたヨハンにレイは笑って答えた。もしバスカヴィルがいなければ、この三人は今頃こうして肩を組んで帰る事はなかっただろう。ジャンは喜んだ。
 
「よっしゃ、三人で割り勘して買って帰ろう!」
 
 * * *
 
 入学式は一、二年で使う学舎で開かれる。満開の桜の花が、士官生の制服に落ちていった。レイは辺りを見回しながら歩みを進める。ふと見慣れた人影を見て、その背中へ駆け寄った。
 
「ロベルトさん。」
 
 声をかけると、ヨハンとは対照的な赤褐色の髪を持った男が振り返る。ロベルトであった。新品の制服に身を包んだレイをじっと見つめて、彼は口を開く。
 
「入試、頑張ったな。スピーチは?」
 
 手に握っていた原稿を無言で渡し、ロベルトは狼のようなその鋭い瞳でそれをざっと読み流した。バスカヴィルに何度も添削して貰いながらやっと完成させたそのスピーチ原稿を、ロベルトはレイに返す。
 
「上出来だ。壇上でも話せるな?」
 
「はい、父上やヨハン達の前で何度も練習しましたから。」
 
 満面の笑みで力強く頷くレイを見て、ロベルトも頷いた。
 
 
 
 晴れ晴れしい入学式は成功に終わった。レイ、ジャン、ヨハンはだれ一人落ちる事なく、軍人への道を歩み始めたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...