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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
Verse 2-9
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母のいない食卓。レイには慣れている。とても静かなクリスマスだ。小さな普通の一軒家でゆっくりと、父親と至福の一時を過ごすのは彼の一番の休息であった。しかし、レイは一つだけ抱えていたしこりがあった。ヨハンの前世、それを知るためのジークフリートとの駆け引き。
「レイ、食が進んでいないようだけど……。」
向かいに座っていたバスカヴィルは、スープの上を掬うだけで口に運ばれないスプーンを見て心配そうに尋ねた。慌ててレイはスプーンを口に入れて言う。
「親父のご飯は不味くないぞ!」
「それは心配してないけどね。」
微笑んだバスカヴィルは、すっかり空になった食器を脇によけてレイの左手に触れた。
「今年は色々あったけれど……無事レイとクリスマスを迎えられて嬉しいよ。」
「俺も、親父と新年迎えられそうでよかったよ。」
食事を全て胃袋に収めて、しかしレイの頭から件の話は離れない。幸福な時間は、レイの悩みを解消する事なくむしろ増大させていた。食器が下げられていく中で、その悩みをどうにか父親に悟られないようにと考える。やがてゆっくりと立ち上がり、皿を洗うバスカヴィルに向かって無表情で言った。
「俺、先に風呂入るよ。」
「お湯が冷めないうちに入っておいで。」
バスカヴィルの朗らかな笑みに、レイは胸が痛んだ。尊敬する父を、羨望する父を、良かれと思ってでも欺く事にレイは人知れず下唇を噛む。
二人は風呂を終えて、バスカヴィルの寝室にあるソファーに並んで座っていた。雑誌を読む父親の肩に頭を預けて、レイは天井のシャンデリアを見つめている。
「レイ、好みの女の子は?」
「はぁ?」
どうやら今読んでる紙面に影響された話題らしい。バスカヴィルが開いている一ページには、ナイスバディで赤いドレスを纏った女性がポーズを決めて立っている。
「俺はもっと清楚な方がいい。」
「ジャンヌちゃんみたいな?」
舌打ちをして父親の太腿を叩いた。どうやらバスカヴィルによる理想の息子の嫁、義理の娘はジャンの妹であるようだ。レイは少し想像してみた、豪華なウェディングドレスを身に纏い、大輪の百合のブーケを持って振り向くジャンヌの姿。
「型タイプはプリンセスか……Aか……。」
「私はエンパイアラインがいいな。」
「聞いてねぇよ。」
もう一度叩いてレイはソファーに踏ん反り返った。ジャンヌの花嫁姿を思い浮かべているなどジャンに知れたら、それこそ大目玉ものである。すっかり煩悩を払いのけると、レイは気難しげにため息を吐いた。ジークフリートの言葉が永遠と頭の中で繰り返されている。
(体で払って貰おうか、か。)
耳にじっとりとかかった彼の吐息の感触を、レイは未だに忘れらずにいた。右耳の先に触れて、すぐに手を引っ込める。ジークフリートの声と感触だけでなく、あの夏の夜の快感もレイは全くもって覚えていた。いつの間にか雑誌を読み終えてロックのウィスキーをあおっていたバスカヴィルは、沈黙を守るレイに違和感を感じて横を向いた。腕を組んでいる息子の唇はいつもより赤い。いつもよりも血色良く見えた。
「レイ、ジャンヌ嬢のえっちな姿を想像するのはやめなさい。」
「違う。」
からかったバスカヴィルに対して、レイは真面目な口調で言う。鼻でため息を吐いたバスカヴィルは再び雑誌の方へ目を移した。暇を持て余したのか、近くにあった新聞を取ろうとしたところでバスカヴィルはレイに引き止められた。グラスを握っている方の手首を掴まれて、バスカヴィルは怪訝そうに息子に視線をやる。
「親父……。」
潤んだ瞳と吐息の多い音。甘えるような息子の声に、バスカヴィルは危うくグラスを床に落としかけた。レイの声は完全に、父親に向けられたものではない。バスカヴィルは急いでグラスを机に置いた。熱い眼差しを感じて、額に手をやる。最悪なクリスマスを迎えた事に、ジークフリートへの怒りが蘇り眉間に皺を寄せた。
「ヴィル——」
「やめなさい。」
あの部屋にいた士官生達は全員この声を聞いたのかと思うと、バスカヴィルは自らが持っている権力を濫用してでも全員を捕縛して自分の手で拷問にかけて絶望を味あわせながら殺したいと心底思う。必要以上に擦り寄って密着してくる息子に、バスカヴィルはとうとう声を荒げた。
「やめなさい!!」
やめるんだ、とバスカヴィルは息子の火照った手首を掴んで、宥めさせた。怒りと吐き気を覚える嫌悪感、目の前にある欲求の対象を前にしてバスカヴィルはすっかり余裕がなくなっている。
「レイ、あの夜の事はもう忘れなさい。お前には刺激が強過ぎる。」
言って忘れられる程の出来事ではないとバスカヴィルも承知の上であった。身に沁みる程よく分かっている。何度もその悪夢に苛まれた事もあった。
「親父!!」
顔を背け続けていたバスカヴィルは、弾かれたように振り向いた。涙を溜めて、震える手で父親の上腕を掴んでいる。
「もう、もう限界だ……お願いだ……。とう、さん……。」
バスカヴィルには無理だった。昔同じような事が彼の士官生時代にもあったが、その時の同室の友はそれを忍耐強く宥めてくれた。しかし、バスカヴィルにそれは無理であった。
「レイ、すまない……すまない……。」
懺悔のようなか細い声である。バスカヴィルはレイの肩を優しく掴んで、そっとソファーの上に押し倒した。
* * *
「レイ、食が進んでいないようだけど……。」
向かいに座っていたバスカヴィルは、スープの上を掬うだけで口に運ばれないスプーンを見て心配そうに尋ねた。慌ててレイはスプーンを口に入れて言う。
「親父のご飯は不味くないぞ!」
「それは心配してないけどね。」
微笑んだバスカヴィルは、すっかり空になった食器を脇によけてレイの左手に触れた。
「今年は色々あったけれど……無事レイとクリスマスを迎えられて嬉しいよ。」
「俺も、親父と新年迎えられそうでよかったよ。」
食事を全て胃袋に収めて、しかしレイの頭から件の話は離れない。幸福な時間は、レイの悩みを解消する事なくむしろ増大させていた。食器が下げられていく中で、その悩みをどうにか父親に悟られないようにと考える。やがてゆっくりと立ち上がり、皿を洗うバスカヴィルに向かって無表情で言った。
「俺、先に風呂入るよ。」
「お湯が冷めないうちに入っておいで。」
バスカヴィルの朗らかな笑みに、レイは胸が痛んだ。尊敬する父を、羨望する父を、良かれと思ってでも欺く事にレイは人知れず下唇を噛む。
二人は風呂を終えて、バスカヴィルの寝室にあるソファーに並んで座っていた。雑誌を読む父親の肩に頭を預けて、レイは天井のシャンデリアを見つめている。
「レイ、好みの女の子は?」
「はぁ?」
どうやら今読んでる紙面に影響された話題らしい。バスカヴィルが開いている一ページには、ナイスバディで赤いドレスを纏った女性がポーズを決めて立っている。
「俺はもっと清楚な方がいい。」
「ジャンヌちゃんみたいな?」
舌打ちをして父親の太腿を叩いた。どうやらバスカヴィルによる理想の息子の嫁、義理の娘はジャンの妹であるようだ。レイは少し想像してみた、豪華なウェディングドレスを身に纏い、大輪の百合のブーケを持って振り向くジャンヌの姿。
「型タイプはプリンセスか……Aか……。」
「私はエンパイアラインがいいな。」
「聞いてねぇよ。」
もう一度叩いてレイはソファーに踏ん反り返った。ジャンヌの花嫁姿を思い浮かべているなどジャンに知れたら、それこそ大目玉ものである。すっかり煩悩を払いのけると、レイは気難しげにため息を吐いた。ジークフリートの言葉が永遠と頭の中で繰り返されている。
(体で払って貰おうか、か。)
耳にじっとりとかかった彼の吐息の感触を、レイは未だに忘れらずにいた。右耳の先に触れて、すぐに手を引っ込める。ジークフリートの声と感触だけでなく、あの夏の夜の快感もレイは全くもって覚えていた。いつの間にか雑誌を読み終えてロックのウィスキーをあおっていたバスカヴィルは、沈黙を守るレイに違和感を感じて横を向いた。腕を組んでいる息子の唇はいつもより赤い。いつもよりも血色良く見えた。
「レイ、ジャンヌ嬢のえっちな姿を想像するのはやめなさい。」
「違う。」
からかったバスカヴィルに対して、レイは真面目な口調で言う。鼻でため息を吐いたバスカヴィルは再び雑誌の方へ目を移した。暇を持て余したのか、近くにあった新聞を取ろうとしたところでバスカヴィルはレイに引き止められた。グラスを握っている方の手首を掴まれて、バスカヴィルは怪訝そうに息子に視線をやる。
「親父……。」
潤んだ瞳と吐息の多い音。甘えるような息子の声に、バスカヴィルは危うくグラスを床に落としかけた。レイの声は完全に、父親に向けられたものではない。バスカヴィルは急いでグラスを机に置いた。熱い眼差しを感じて、額に手をやる。最悪なクリスマスを迎えた事に、ジークフリートへの怒りが蘇り眉間に皺を寄せた。
「ヴィル——」
「やめなさい。」
あの部屋にいた士官生達は全員この声を聞いたのかと思うと、バスカヴィルは自らが持っている権力を濫用してでも全員を捕縛して自分の手で拷問にかけて絶望を味あわせながら殺したいと心底思う。必要以上に擦り寄って密着してくる息子に、バスカヴィルはとうとう声を荒げた。
「やめなさい!!」
やめるんだ、とバスカヴィルは息子の火照った手首を掴んで、宥めさせた。怒りと吐き気を覚える嫌悪感、目の前にある欲求の対象を前にしてバスカヴィルはすっかり余裕がなくなっている。
「レイ、あの夜の事はもう忘れなさい。お前には刺激が強過ぎる。」
言って忘れられる程の出来事ではないとバスカヴィルも承知の上であった。身に沁みる程よく分かっている。何度もその悪夢に苛まれた事もあった。
「親父!!」
顔を背け続けていたバスカヴィルは、弾かれたように振り向いた。涙を溜めて、震える手で父親の上腕を掴んでいる。
「もう、もう限界だ……お願いだ……。とう、さん……。」
バスカヴィルには無理だった。昔同じような事が彼の士官生時代にもあったが、その時の同室の友はそれを忍耐強く宥めてくれた。しかし、バスカヴィルにそれは無理であった。
「レイ、すまない……すまない……。」
懺悔のようなか細い声である。バスカヴィルはレイの肩を優しく掴んで、そっとソファーの上に押し倒した。
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