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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
Verse 2-10
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暗い屋敷の中、牢獄のような自室。ヨハンは、膝を抱えて部屋の隅に座っていた。目の前には、ジャンとの思い出が詰まったトランクが置きっ放しである。やがてゆっくりと扉が開いた。赤褐色の髪の男が光を遮るようにして立っている。
「ヨハン、夕食だ。」
いつもの低音だ。聞き慣れた声に、ヨハンは小さく返す。ゆっくりと立ち上がりヨハンは仮面を被った。精神上の意味合いで、ではあるが。背筋を伸ばし、胸を張り、家に相応しい弟である、と兄や両親が見てくれるように、ヨハンは精一杯の仮面を被った。ロベルトの背中について階下へ降り、ヨハンは帰宅して以来顔を見せていなかった両親へ会いに行く。二人は既に席に着いていた。まるで冷凍庫のようなその食堂で、ヨハンはロベルトの横に腰を下ろす。
「ヨハン、士官学校生活はどうだったかね。」
嗄れた父親の声が食堂に響く。厳格な父、規律を一切とするこの軍人に、ヨハンは自室でずっと考えていた文句を述べた。
「とても有意義なものでした。同じ士官生とも友好関係を築き、軍人の将来へ一歩また近付く事ができています。進学させて頂いた父上には至極感謝しております。」
この場で、楽しい、という言葉は厳禁である。士官学校は遊び場ではないのだ。結構、と言った父親に、ヨハンは小さく会釈をする。
「ところでロベルト、貴方来年から元帥補佐に任命されるんですってね。貴方の晴れ姿楽しみにしてるわ。」
「そうだロベルト。バスカヴィル元帥閣下が来年から創設する新しい軍位だ。失礼のないように、胸を張って誇るといい。」
ロベルトが返事をする暇はなかった。両親の言葉を身に受けて、ロベルトは二人の突き刺すような視線を感じる。元帥補佐とは、その名の通り元帥を補佐する者である。元帥の次に高い階級であった。つまり、ロベルトの上に立つ者はバスカヴィル以外皇族と、それに仕える神官のみとなるのだ。今食事をともにしようとする両親よりも、彼は遥かに高い地位を戴いたのである。父絶対のこの家の下とあっては、ロベルトは厄介者であった。
「では食事にしよう。給仕、スープを持ってきなさい。」
既にロベルトにはこの家で発言する権利も、極論存在する権利もなくなっていた。勿論、当主である父親がスープを口にするまで、だれも食事に手をつけてはいけなかった。父がスプーンを手に取ってスープを啜ったところで、ロベルトは勝ち誇った笑みを浮かべる。父親が突然咳き込み、立ち上がり、その場に倒れ伏した。
「ち、父上!」
ヨハンが駆け寄る前にロベルトは弟の行く手を遮る。母とメイドの叫び声が食堂を埋め尽くした。加担した給仕やシェフ達は歯をガチガチ鳴らしている。平気な顔を、むしろ笑っているのはロベルトたった一人だけであった。皿に被せてある銀の蓋の下に隠されていた拳銃を手に取って、ロベルトは素早く父親の額に二発弾を撃ち込む。
「父上、もうこの家に貴方は必要ない。俺とヨハンは、二人で生きて行く。」
そして銃口を母に向けて続けた。
「母上、俺に従うなら命と生活だけは約束しましょう。ですが」
撃鉄を起こしたところで、母親は叫び声を上げて床に膝をついた。どこかの軍人の娘、ただ金が目当てで結婚した女を、ロベルトは蔑んだ。カーテンの陰に隠れて震えていたヨハンは、全てが終わったのを察して顔を出した。
「来い、ヨハン。」
手招きをされたヨハンは恐る恐る、殺人を犯したにも関わらず血痕一つついていない奇妙な兄に近寄る。拳銃をテーブルに置いて、ロベルトはヨハンを抱き締めた。
「お帰り、ヨハン。」
歪なほど平和な響きに、ヨハンは涙を流した。
* * *
三月を終えて、新年度を迎えた。友人達は再会する。ジャンは相変わらず元気であった。フィリップも変わらず饒舌であったが意気揚々としている。アルフレッドも、医学書を読み漁っていた。レイとヨハンは、あの一件があったにも関わらず、普通の顔をして友人と会った。
「ヨハン元気にしてたか! またスキー行こうな。今度はフィリップも一緒に行こうぜ。」
「いいよ二人で行け……。」
陽気なジャンの言葉に、ヨハンはどこか現実離れした笑みを浮かべている。アルフレッドは目ざとく気付いたようだったが、辺りをしきりに見回していたレイは気付いていなかった。
「すまん、ちょっと用事を済ませてくる。」
柱の陰に整った鼻とサディスト染みた孔雀色の瞳を見つけて、レイは友人達に別れを告げてそちらへ駆けていく。ジークフリートは休暇帰りの姿で、カシミヤのタートルネックと黒いジャケットを着ていた。
「僕を探してたのか。」
「とぼけるな。」
突き刺すようなレイの声に、ジークフリートは口端を更に吊り上げる。
「少し色がついたんじゃないのか?」
首筋に触れようとしたジークフリートの手を払いのけ、レイは決意の固い視線を送る。彼は両手を挙げた。
「分かったよ。僕の部屋が一人部屋だから僕の所に来るといい。いつがいい? まだガイダンス時期のほうがお前も空いてるだろ?」
少し考える素振りを見せて、レイは言い放つ。
「なら明後日の夜。俺はお前の部屋のドアを……五回ノックする。」
レイが戻ると、一人少年が加わっていた。ヨハンの同室者、リーズである。スキー場での思い出話をするジャンの話を、彼らは肩を叩き合い、笑い合い、菓子を摘みながら聞いていた。やがて話が一段落ついたところで、リーズが声を上げる。
「そういえば兄さん、靴下の片っぽボクの所に入ってたの届けに来たんだ。」
「マジかよ ないと思って捨てちまったぞ!」
ジャンは手に持っていたクッキーを皿の上に落とした。レイは席に着こうとして思わず腰を上げた。取り上げようとしたクッキーを落としたその手で、二人は兄弟を指差す。
「兄弟なの……か?」
「あぁ、言ってなかったか? リーズは俺の弟だ。」
新学期早々、彼らの耳は絶叫で埋め尽くされた。
* * *
「ヨハン、夕食だ。」
いつもの低音だ。聞き慣れた声に、ヨハンは小さく返す。ゆっくりと立ち上がりヨハンは仮面を被った。精神上の意味合いで、ではあるが。背筋を伸ばし、胸を張り、家に相応しい弟である、と兄や両親が見てくれるように、ヨハンは精一杯の仮面を被った。ロベルトの背中について階下へ降り、ヨハンは帰宅して以来顔を見せていなかった両親へ会いに行く。二人は既に席に着いていた。まるで冷凍庫のようなその食堂で、ヨハンはロベルトの横に腰を下ろす。
「ヨハン、士官学校生活はどうだったかね。」
嗄れた父親の声が食堂に響く。厳格な父、規律を一切とするこの軍人に、ヨハンは自室でずっと考えていた文句を述べた。
「とても有意義なものでした。同じ士官生とも友好関係を築き、軍人の将来へ一歩また近付く事ができています。進学させて頂いた父上には至極感謝しております。」
この場で、楽しい、という言葉は厳禁である。士官学校は遊び場ではないのだ。結構、と言った父親に、ヨハンは小さく会釈をする。
「ところでロベルト、貴方来年から元帥補佐に任命されるんですってね。貴方の晴れ姿楽しみにしてるわ。」
「そうだロベルト。バスカヴィル元帥閣下が来年から創設する新しい軍位だ。失礼のないように、胸を張って誇るといい。」
ロベルトが返事をする暇はなかった。両親の言葉を身に受けて、ロベルトは二人の突き刺すような視線を感じる。元帥補佐とは、その名の通り元帥を補佐する者である。元帥の次に高い階級であった。つまり、ロベルトの上に立つ者はバスカヴィル以外皇族と、それに仕える神官のみとなるのだ。今食事をともにしようとする両親よりも、彼は遥かに高い地位を戴いたのである。父絶対のこの家の下とあっては、ロベルトは厄介者であった。
「では食事にしよう。給仕、スープを持ってきなさい。」
既にロベルトにはこの家で発言する権利も、極論存在する権利もなくなっていた。勿論、当主である父親がスープを口にするまで、だれも食事に手をつけてはいけなかった。父がスプーンを手に取ってスープを啜ったところで、ロベルトは勝ち誇った笑みを浮かべる。父親が突然咳き込み、立ち上がり、その場に倒れ伏した。
「ち、父上!」
ヨハンが駆け寄る前にロベルトは弟の行く手を遮る。母とメイドの叫び声が食堂を埋め尽くした。加担した給仕やシェフ達は歯をガチガチ鳴らしている。平気な顔を、むしろ笑っているのはロベルトたった一人だけであった。皿に被せてある銀の蓋の下に隠されていた拳銃を手に取って、ロベルトは素早く父親の額に二発弾を撃ち込む。
「父上、もうこの家に貴方は必要ない。俺とヨハンは、二人で生きて行く。」
そして銃口を母に向けて続けた。
「母上、俺に従うなら命と生活だけは約束しましょう。ですが」
撃鉄を起こしたところで、母親は叫び声を上げて床に膝をついた。どこかの軍人の娘、ただ金が目当てで結婚した女を、ロベルトは蔑んだ。カーテンの陰に隠れて震えていたヨハンは、全てが終わったのを察して顔を出した。
「来い、ヨハン。」
手招きをされたヨハンは恐る恐る、殺人を犯したにも関わらず血痕一つついていない奇妙な兄に近寄る。拳銃をテーブルに置いて、ロベルトはヨハンを抱き締めた。
「お帰り、ヨハン。」
歪なほど平和な響きに、ヨハンは涙を流した。
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三月を終えて、新年度を迎えた。友人達は再会する。ジャンは相変わらず元気であった。フィリップも変わらず饒舌であったが意気揚々としている。アルフレッドも、医学書を読み漁っていた。レイとヨハンは、あの一件があったにも関わらず、普通の顔をして友人と会った。
「ヨハン元気にしてたか! またスキー行こうな。今度はフィリップも一緒に行こうぜ。」
「いいよ二人で行け……。」
陽気なジャンの言葉に、ヨハンはどこか現実離れした笑みを浮かべている。アルフレッドは目ざとく気付いたようだったが、辺りをしきりに見回していたレイは気付いていなかった。
「すまん、ちょっと用事を済ませてくる。」
柱の陰に整った鼻とサディスト染みた孔雀色の瞳を見つけて、レイは友人達に別れを告げてそちらへ駆けていく。ジークフリートは休暇帰りの姿で、カシミヤのタートルネックと黒いジャケットを着ていた。
「僕を探してたのか。」
「とぼけるな。」
突き刺すようなレイの声に、ジークフリートは口端を更に吊り上げる。
「少し色がついたんじゃないのか?」
首筋に触れようとしたジークフリートの手を払いのけ、レイは決意の固い視線を送る。彼は両手を挙げた。
「分かったよ。僕の部屋が一人部屋だから僕の所に来るといい。いつがいい? まだガイダンス時期のほうがお前も空いてるだろ?」
少し考える素振りを見せて、レイは言い放つ。
「なら明後日の夜。俺はお前の部屋のドアを……五回ノックする。」
レイが戻ると、一人少年が加わっていた。ヨハンの同室者、リーズである。スキー場での思い出話をするジャンの話を、彼らは肩を叩き合い、笑い合い、菓子を摘みながら聞いていた。やがて話が一段落ついたところで、リーズが声を上げる。
「そういえば兄さん、靴下の片っぽボクの所に入ってたの届けに来たんだ。」
「マジかよ ないと思って捨てちまったぞ!」
ジャンは手に持っていたクッキーを皿の上に落とした。レイは席に着こうとして思わず腰を上げた。取り上げようとしたクッキーを落としたその手で、二人は兄弟を指差す。
「兄弟なの……か?」
「あぁ、言ってなかったか? リーズは俺の弟だ。」
新学期早々、彼らの耳は絶叫で埋め尽くされた。
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