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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
Verse 2-15
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家を勘当されたジャンが休暇に自らの屋敷に帰る事はなかった。かと言って学校に居座るわけでもなく、別にホームレス生活を送っているわけでもなく、彼はフィリップの家に世話になっていた。
「ただいま!」
イタリアの土産にトランクを膨らませて、ジャンは意気揚々とフィリップの屋敷へ入っていく。
「お帰りなさいジャン君。トランク重かったでしょう?」
フィリップの家はごく小さな貴族であった。爵位は男爵である。夫人である葵は日本人であった。ジャンの太陽のような明るい声にやっと起きたのか、フィリップが目を擦りながらエントランスの階段を降りてくる。
「おう、フィリップにもワイングラス買ってきたよ。こないだぶっ壊しただろお前。」
「うるせぇな……お帰り。」
テーブルの上に土産を置いて、ジャンは背伸びをしながら久し振りの屋敷を満喫している。洗濯物を使用人に預けて、漸く空になったトランクを振り回しながらフィリップの隣に座る。差し出されたフルーツジュースを飲み干して、グラスを荒々しく置いた。
「ヨハンは? 帰ったのか?」
「あ、そういえば今回はこっち寄らなかったね。……普通に意気揚々と帰っていったけど。いつもより屋敷に帰る時楽しそうに見えたよ?」
一緒に出されたフルーツジュースを飲み干してフィリップは、ふーん、と意味ありげに頷いた。
「そうだ、またジャンヌちゃんに会ったほうがいいんじゃないのか?」
「そうだった! そういえば、あいつこないだ神学校進んだんだっけ? 楽しみだなぁ。」
神学校、とは将来神官と祭司になりたい若者達が入学する学校である。ジャンヌは無事、自らの将来に向けてまた一歩進めたわけであった。ところで、とジャンは空になったグラスを指の中で回しながらフィリップを睨む。
「ジャンヌちゃんとかいうキモい呼び方やめないと——」
「あいさっさー。」
フィリップはそれとなく笑った。
* * *
暗い家ではなかった。色や照明に関しては。庭はいつものように美しい花々が咲き乱れて、使用人達が生真面目に形を整えている。屋敷の中では、明るい色のカーテンがひらひらと踊っていた。ジークフリートの屋敷はロココ調の造りであった。優しく可憐な雰囲気、それが唯一、今の彼の心を落ち着かせるものである。
「ただいま、母上。」
車椅子に座ってにこにこ笑っている母に、ジークフリートは無機質に言った。まるで人形のようにジークフリートへ首を回して、彼の母は表情を変えずに答える。
「お帰りなさいジークフリート。士官学校は楽しかった?」
「はい……、母上。」
そう、と満足げに頷いて、母はまた視線を戻した。その先にあるのは陽の光を浴びる庭だけである。父が最も好いた母の声を聞くたびに、ジークフリートは胸の詰まる思いがした。
ジークフリートの父はお人好しであった。感情の起伏はさほど激しくなく、常に穏やかで、まるで絵に描いたような優しい父親であった。ジークフリートの母はなかなかの美人であった。可憐で美しい声は、どんな男性も、どんな女性も魅了する。二人は政略結婚でもあったが、恋愛結婚でもあった。ジークフリートは幸せであった。才知に恵まれた父親と、美しく可憐で聡明な母親の元に生まれた彼は人生を謳歌していた。そう、彼の下に一人の男がやってくるまでは。
「……母上。今度別荘に人を呼んでも構いませんか。」
母の足元に膝をつき、ジークフリートはその膝に頭を乗せていた。頭を撫でられながら、ジークフリートはふと思い出した過去で頬を涙に濡らしている。
「お父さんが、いいと言ったらね?」
父は既にこの世にいなかった。目も見えず、足も動かず、しかし母はその庭の前でずっと父の姿を待っている。ジークフリートは母が生きている限り嘘を吐き続ける事であろう。彼は母に何度も真実を打ち明けようとしたが、母を殺そうと考えた事は一度もなかった。腹を痛めて自らを産んだ母を、どうして殺せるだろうか、とジークフリートは親殺しのニュースを見て幾度となく思っている。
「分かりました。」
ジークフリートはやがて立ち上がって、長く放置していたトランクを手に持った。階段を上っていると母はいつもと変わらない可憐な声で息子を呼び止める。
「ジークフリート、やっと友達ができたのね?」
彼はその時、あの日以来一度も聞かなかった母の喜びの声を聞いた。
* * *
ジークフリートの別荘の前に一つの馬車が止まった。ゆっくりと開いた扉から、馬車酔いをして顔が真っ青なレイが出てくる。トランクを受け取ってベルを鳴らすと、暫くしてジークフリートが自らやってきた。
「ようこそレイ。」
「すまん……水をくれ……。」
よたよたと歩いていくレイを見ながら、近くにいた使用人に水を出すように言った。屋敷は大分小さい。ジャンから聞いたフィリップの屋敷よりも恐らく狭いであろう。エントランスで水をあおると、レイの顔に漸く血の気が戻った。
「今日は長旅だったろう。」
「とりあえず一日は休む。あと屋敷の地図をくれ。」
使用人に地図も命じて、ジークフリートはその場を去った。
* * *
「ただいま!」
イタリアの土産にトランクを膨らませて、ジャンは意気揚々とフィリップの屋敷へ入っていく。
「お帰りなさいジャン君。トランク重かったでしょう?」
フィリップの家はごく小さな貴族であった。爵位は男爵である。夫人である葵は日本人であった。ジャンの太陽のような明るい声にやっと起きたのか、フィリップが目を擦りながらエントランスの階段を降りてくる。
「おう、フィリップにもワイングラス買ってきたよ。こないだぶっ壊しただろお前。」
「うるせぇな……お帰り。」
テーブルの上に土産を置いて、ジャンは背伸びをしながら久し振りの屋敷を満喫している。洗濯物を使用人に預けて、漸く空になったトランクを振り回しながらフィリップの隣に座る。差し出されたフルーツジュースを飲み干して、グラスを荒々しく置いた。
「ヨハンは? 帰ったのか?」
「あ、そういえば今回はこっち寄らなかったね。……普通に意気揚々と帰っていったけど。いつもより屋敷に帰る時楽しそうに見えたよ?」
一緒に出されたフルーツジュースを飲み干してフィリップは、ふーん、と意味ありげに頷いた。
「そうだ、またジャンヌちゃんに会ったほうがいいんじゃないのか?」
「そうだった! そういえば、あいつこないだ神学校進んだんだっけ? 楽しみだなぁ。」
神学校、とは将来神官と祭司になりたい若者達が入学する学校である。ジャンヌは無事、自らの将来に向けてまた一歩進めたわけであった。ところで、とジャンは空になったグラスを指の中で回しながらフィリップを睨む。
「ジャンヌちゃんとかいうキモい呼び方やめないと——」
「あいさっさー。」
フィリップはそれとなく笑った。
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暗い家ではなかった。色や照明に関しては。庭はいつものように美しい花々が咲き乱れて、使用人達が生真面目に形を整えている。屋敷の中では、明るい色のカーテンがひらひらと踊っていた。ジークフリートの屋敷はロココ調の造りであった。優しく可憐な雰囲気、それが唯一、今の彼の心を落ち着かせるものである。
「ただいま、母上。」
車椅子に座ってにこにこ笑っている母に、ジークフリートは無機質に言った。まるで人形のようにジークフリートへ首を回して、彼の母は表情を変えずに答える。
「お帰りなさいジークフリート。士官学校は楽しかった?」
「はい……、母上。」
そう、と満足げに頷いて、母はまた視線を戻した。その先にあるのは陽の光を浴びる庭だけである。父が最も好いた母の声を聞くたびに、ジークフリートは胸の詰まる思いがした。
ジークフリートの父はお人好しであった。感情の起伏はさほど激しくなく、常に穏やかで、まるで絵に描いたような優しい父親であった。ジークフリートの母はなかなかの美人であった。可憐で美しい声は、どんな男性も、どんな女性も魅了する。二人は政略結婚でもあったが、恋愛結婚でもあった。ジークフリートは幸せであった。才知に恵まれた父親と、美しく可憐で聡明な母親の元に生まれた彼は人生を謳歌していた。そう、彼の下に一人の男がやってくるまでは。
「……母上。今度別荘に人を呼んでも構いませんか。」
母の足元に膝をつき、ジークフリートはその膝に頭を乗せていた。頭を撫でられながら、ジークフリートはふと思い出した過去で頬を涙に濡らしている。
「お父さんが、いいと言ったらね?」
父は既にこの世にいなかった。目も見えず、足も動かず、しかし母はその庭の前でずっと父の姿を待っている。ジークフリートは母が生きている限り嘘を吐き続ける事であろう。彼は母に何度も真実を打ち明けようとしたが、母を殺そうと考えた事は一度もなかった。腹を痛めて自らを産んだ母を、どうして殺せるだろうか、とジークフリートは親殺しのニュースを見て幾度となく思っている。
「分かりました。」
ジークフリートはやがて立ち上がって、長く放置していたトランクを手に持った。階段を上っていると母はいつもと変わらない可憐な声で息子を呼び止める。
「ジークフリート、やっと友達ができたのね?」
彼はその時、あの日以来一度も聞かなかった母の喜びの声を聞いた。
* * *
ジークフリートの別荘の前に一つの馬車が止まった。ゆっくりと開いた扉から、馬車酔いをして顔が真っ青なレイが出てくる。トランクを受け取ってベルを鳴らすと、暫くしてジークフリートが自らやってきた。
「ようこそレイ。」
「すまん……水をくれ……。」
よたよたと歩いていくレイを見ながら、近くにいた使用人に水を出すように言った。屋敷は大分小さい。ジャンから聞いたフィリップの屋敷よりも恐らく狭いであろう。エントランスで水をあおると、レイの顔に漸く血の気が戻った。
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「とりあえず一日は休む。あと屋敷の地図をくれ。」
使用人に地図も命じて、ジークフリートはその場を去った。
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