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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
Verse 2-19
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明朝。ジークフリートのヴァイオリンコンサートのチケットを携えて、レイは帰りの馬車へ乗り込んだ。窓の外で、車椅子を押すジークフリートと彼の母が微笑んでいる。
「今回は本当にありがとうジークフリート。また機会があったら別荘に呼んでくれ。」
「こちらこそ、礼を言わせてくれレイ。今度は別荘だけじゃなくて、どこか一緒に旅行でもしよう。」
お互いに握手を交わして、ジークフリートは母に気付かれないようにレイの手の甲に唇を落とす。
「またいらしてね、レイさん。」
「はい、また。」
馬が嘶き、馬車が出発した。
* * *
四年次の後期が来た。自らの目指す進路を、つまり軍位を、最低でもこの時までには決めていなければならない。幼馴染の二人、そしてフィリップと再会したレイは、温かい紅茶に迎えられる。
「それで。お前ら卒業時の軍位試験、どれ受けるか決まってんのか?」
口火を切ったのはフィリップである。暫く角砂糖を溶かしていたスプーンを口に咥えながら、彼は三人の顔を覗き込む。
「俺少佐ー。」
気楽そうな顔でジャンは言った。フィリップは片眉を上げたが、やがて頷く。
「安定してるとこ選んだんだな。」
「四年次の成績見てね。チャレンジはしない事にした。」
夏季休暇では、大佐かな、と曖昧な返事を返されていたフィリップは、納得したように何度も首を縦に振った。ジャンの向かい側に座っていたヨハンを手で示して、フィリップは言うように促した。
「大佐。」
「らしいな。」
いつものように、二人の会話は手短である。そうして、フィリップは机に寄りかかるレイを見た。ジークフリートと過ごした夏の思い出に浸っていたレイは、その視線で我に帰る。目の前に広がっていた景色が、美しい湖や森からアンティークな机とその上に置かれているクッキーへ移り変わった。
「あ、あぁ。俺は将軍だ。」
フィリップはスプーンを落とした。ジャンはクッキーの欠片を落とした。なにも反応を示さなかったのはヨハンくらいである。
「流石、元帥の息子は目指す所が違うぜ……。」
「レイ、それ冗談じゃ……なさそう。」
皆頑張ってまた軍で会おうな、と告げて四人は別れた。これから先卒業するまで、一年と半年、恐らく彼らは時間を作って会う事はない。毎週起こる膨大なレポートや試験に忙殺され、そして五年次からは軍位授与試験に付属する特別必修講義に精を出さなければならなかった。
「お帰りレイ。よかったら一緒に夕食食べるかい?」
すっかりトランクの中身を片付け終えていたアルフレッドは没頭していた医学書を閉じる。帰って来たレイにそう告げたが、レイは片手を上げて、持っていたビニール袋を示した。
「気が利くね!」
「もう外も寒いからな。談話室のオーブン使ってくる。」
「コーヒーと紅茶を入れておくよ。」
扉から出てシャワー室の前を通り、各階にある広い談話室へ向かった。中は薄暗く、照らし出しているのは夕日だけである。インテリアとして置いてあるグランドピアノが、重々しい雰囲気を出していた。
「ピアノ……か。」
皿をオーブンの前に置いて、レイは鍵盤の蓋を開ける。幼少期、一時期習っていたが途中から自分で放棄した。伸びしろはいくらでもあったが、伸ばそうとしなかったのである。その時の師は彼に、才能も技術も申し分ない、と言ったがそれでもレイは首を横に振った。意欲だけがなかったのである。ふと耳に浮かんだ音に指を合わせ、その鍵盤を押し始めた。速い上昇、激しい和音。遮る者何一つないその空間に、ベートヴェンの月光、第三楽章が流れる。恐らく扉を閉めていなかったのが原因だったのだろう。レイは曲に集中していて気付かなかったが、音を聞きつけた士官生達が訝しげな顔を浮かべてぞろぞろとやってきた。若干の長調からまた短調へ。旋律は続いていく。
ジークフリートは夕食を持ってバジリスク寮へ向かっていた。冬の寒い空気に包まれて移動する気にもなれず足早に歩いていた彼は、しかし顔を上げた。ちょうどユニコーン寮の前を通りかかった時である。少し空いていた窓から流れてくるメロディーに、彼は思わず宿舎に飛び込んだ。音符の急上昇とともに、彼はエレベーターがあるのを忘れて階段を上っていく。談話室前に出来た人だかりは厚かった。彼らは終わった曲への拍手を忘れ、お互いに囁き合っている。
「おい、さっきまでピアノを弾いてたのは?」
近くにいた士官生の肩を掴んでジークフリートは詰め寄った。驚いて目を丸くする士官生は、反対側の廊下の先を指差す。
「あいつだよ。」
その青年の姿を、レイの姿を目にした時には、既に彼の寮室への扉は閉ざされていた。
* * *
「今回は本当にありがとうジークフリート。また機会があったら別荘に呼んでくれ。」
「こちらこそ、礼を言わせてくれレイ。今度は別荘だけじゃなくて、どこか一緒に旅行でもしよう。」
お互いに握手を交わして、ジークフリートは母に気付かれないようにレイの手の甲に唇を落とす。
「またいらしてね、レイさん。」
「はい、また。」
馬が嘶き、馬車が出発した。
* * *
四年次の後期が来た。自らの目指す進路を、つまり軍位を、最低でもこの時までには決めていなければならない。幼馴染の二人、そしてフィリップと再会したレイは、温かい紅茶に迎えられる。
「それで。お前ら卒業時の軍位試験、どれ受けるか決まってんのか?」
口火を切ったのはフィリップである。暫く角砂糖を溶かしていたスプーンを口に咥えながら、彼は三人の顔を覗き込む。
「俺少佐ー。」
気楽そうな顔でジャンは言った。フィリップは片眉を上げたが、やがて頷く。
「安定してるとこ選んだんだな。」
「四年次の成績見てね。チャレンジはしない事にした。」
夏季休暇では、大佐かな、と曖昧な返事を返されていたフィリップは、納得したように何度も首を縦に振った。ジャンの向かい側に座っていたヨハンを手で示して、フィリップは言うように促した。
「大佐。」
「らしいな。」
いつものように、二人の会話は手短である。そうして、フィリップは机に寄りかかるレイを見た。ジークフリートと過ごした夏の思い出に浸っていたレイは、その視線で我に帰る。目の前に広がっていた景色が、美しい湖や森からアンティークな机とその上に置かれているクッキーへ移り変わった。
「あ、あぁ。俺は将軍だ。」
フィリップはスプーンを落とした。ジャンはクッキーの欠片を落とした。なにも反応を示さなかったのはヨハンくらいである。
「流石、元帥の息子は目指す所が違うぜ……。」
「レイ、それ冗談じゃ……なさそう。」
皆頑張ってまた軍で会おうな、と告げて四人は別れた。これから先卒業するまで、一年と半年、恐らく彼らは時間を作って会う事はない。毎週起こる膨大なレポートや試験に忙殺され、そして五年次からは軍位授与試験に付属する特別必修講義に精を出さなければならなかった。
「お帰りレイ。よかったら一緒に夕食食べるかい?」
すっかりトランクの中身を片付け終えていたアルフレッドは没頭していた医学書を閉じる。帰って来たレイにそう告げたが、レイは片手を上げて、持っていたビニール袋を示した。
「気が利くね!」
「もう外も寒いからな。談話室のオーブン使ってくる。」
「コーヒーと紅茶を入れておくよ。」
扉から出てシャワー室の前を通り、各階にある広い談話室へ向かった。中は薄暗く、照らし出しているのは夕日だけである。インテリアとして置いてあるグランドピアノが、重々しい雰囲気を出していた。
「ピアノ……か。」
皿をオーブンの前に置いて、レイは鍵盤の蓋を開ける。幼少期、一時期習っていたが途中から自分で放棄した。伸びしろはいくらでもあったが、伸ばそうとしなかったのである。その時の師は彼に、才能も技術も申し分ない、と言ったがそれでもレイは首を横に振った。意欲だけがなかったのである。ふと耳に浮かんだ音に指を合わせ、その鍵盤を押し始めた。速い上昇、激しい和音。遮る者何一つないその空間に、ベートヴェンの月光、第三楽章が流れる。恐らく扉を閉めていなかったのが原因だったのだろう。レイは曲に集中していて気付かなかったが、音を聞きつけた士官生達が訝しげな顔を浮かべてぞろぞろとやってきた。若干の長調からまた短調へ。旋律は続いていく。
ジークフリートは夕食を持ってバジリスク寮へ向かっていた。冬の寒い空気に包まれて移動する気にもなれず足早に歩いていた彼は、しかし顔を上げた。ちょうどユニコーン寮の前を通りかかった時である。少し空いていた窓から流れてくるメロディーに、彼は思わず宿舎に飛び込んだ。音符の急上昇とともに、彼はエレベーターがあるのを忘れて階段を上っていく。談話室前に出来た人だかりは厚かった。彼らは終わった曲への拍手を忘れ、お互いに囁き合っている。
「おい、さっきまでピアノを弾いてたのは?」
近くにいた士官生の肩を掴んでジークフリートは詰め寄った。驚いて目を丸くする士官生は、反対側の廊下の先を指差す。
「あいつだよ。」
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