神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
56 / 271
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 3-22

しおりを挟む
 目を覚ますと、暗い天井がある。痛む頭に顔をしかめながら、バスカヴィルは両手首を後ろで縛られているのに気付いた。椅子の端に座っている背中に見覚えがある。その広い背中は、紛れもなくロベルトだ。

「ロベ……ルト?」

 その掠れた声で、彼はゆっくと腰を上げた。その顔にはいつも交わしているぎこちない笑顔はない。心底意地悪そうに口端を吊り上げて、ロベルトはゆっくりとロッカーを背もたれにするバスカヴィルに乗り上げた。

「ロベルト?」

 逆光で影になったロベルトの顔をバスカヴィルは見上げる。ゆっくりと制服の前を開けていくロベルトの手を見てバスカヴィルは身をよじった。

「どうしてこんな事するんだ!」

 前を肌蹴させると、ロベルトはバスカヴィルの顔を見てにやりと笑う。

「どうして?俺は、俺が高みに登るためだったらなんだってする。お前が俺の事を友人だと思っていようがなかろうが、お前が俺より出来がいいならお前の事を完膚なきまでに叩きのめすまでだ。」

 艶やかな黒髪をすいて、ロベルトはその後頭部を掴み上げるとバスカヴィルに上を向かせる。そうして、顔を近付け唇に唇をつけ、ロベルトは腰にくるほどの低音で囁いた。

「説明すべきところはした。後はお前にそれを実践するだけだ。せめて楽しくなるようにいい声を出してくれよ?ヴィル。」

 その日、ニコライは真夜中に帰ってきた。ベッドメイキングされたままの、空っぽな部屋が彼を迎えいれる。

「ヴィル?」

 洗面所にも、共同シャワー室にも、バスカヴィルの影は見られなかった。ふと、ロベルトの顔が脳裏に浮かぶ。ニコライは入ってきた時と同じように窓枠に足をかけると、ユニコーン寮の最上階から飛び降りた。

 ひとしきり探して、ニコライは実習棟の更衣室でバスカヴィルを見つける。息絶え絶えで床に座り込むバスカヴィルを助け起こして、ニコライはその向かい側でベンチに座っていたロベルトを、鬼気迫る表情で怒鳴りつけた。

「ルプレヒト、バスカヴィルになにをした!」

 ロベルトは答えない。煙草を咥えたまま、彼はただバスカヴィルを見つめていた。

 * * *

 上にあるバスカヴィルの端正な顔を驚いた顔で見つめて、しかしニコライはすぐに不機嫌そうな顔になる。ロベルトの件があってからこれが五度目である。

「ヴィル。」

 諭すように言って、ニコライはその肩を押して上体を起こした。うんざりした顔をバスカヴィルに向けて、ニコライは疲れたように肩を落とすバスカヴィルの背中をさする。

「大丈夫だ。お前なら、乗り越えられる。」

 恐ろしいほど同じ夢を何度も見るのだろう。バスカヴィルは毎日、いつも通りの生活を送っているが、その顔はやつれ果てていた。まだ休暇に入るまでには大分ある。体を労ったニコライの顎を掬って、バスカヴィルはその薄い唇に唇を重ねようとした。しかし、ニコライはそれを跳ね除ける。そしてついに、バスカヴィルに呆れたように言った。

「私はお前の親じゃない。お前にかかりきりではいられない。だから一人でどうにかして。自分の身は自分で守って。」

 その時のヴィルの表情は、ニコライは覚えていない。



 この日、彼は人を信じる事をやめた。友人に切り捨てられて、人を信じる事が恐ろしくなった。上辺だけの微笑みで生きていこうと決意した。だれよりも自らがそう望んだから。孤独だけを信じて生きていこうと決意した。しかし彼の下に来た一人の高貴な少年は彼を変えた。彼は少年に出来る限りの全てを与え、全てを捧げ、全てを注いだ。彼に残っているのはもう一つだけ、その命だけだった。

 * * *

 母が世界で一番巨大な門の向こうへ消えた時の事を、レイは思い出した。伯父の脚に縋り付くようにしてその様子を見ていたレイは、脚の主の声を聞いた。

「お前の母さんは、もう戻ってこない。」

 目に涙を浮かべて、レイはただただ門が閉まるのを見つめている。最後に門がかち合った音は彼にとって恐ろしいものであった。だれもがその場を去っていく中、レイはずっとそこに立っている。手をバスカヴィルに引っ張られても、彼は断固としてその場を離れようとしなかった。ずっと門を見つめるレイの下に、バスカヴィルは戻って来る。そして、小さな彼を抱き上げてそっと囁いた。

「お前は私が守るよ。私の息子なのだから。」

 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...