神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 4-1

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 少将が管理する機密文書の書庫の机には、山のように本が積み上げられていた。もう夜も更けた頃、ジークフリート少将とアーサー=フィリップ中佐は蝋燭の灯り一本で、残り僅かとなった未読の文書を淡々と読破している。

「読み終えたぜ。」

 腕時計の秒針が永遠と鳴り響く中、アーサーは本を閉じるとともにそう言った。ジークフリートもやがて紙から顔を上げる。アーサーは隣にあったメモを取り上げて机に放り投げた。

「あのアメジストマント共が皇族の薄暮の瞳を狙い始めたのは、今のレイモンドが当主になってからだ。それに、バスカヴィル元帥と前の当主であるクラヴェーリの功績もあって皇族とROZENと分家の仲は良かった。」

 閉じた本の革表紙を撫でながら、ジークフリートはメモからゆっくりと瞳を離す。孔雀色の瞳の中で蝋燭がゆらめいた。

「なんであいつらはあの力を狙ってる? 狙ってると言っても……手に入れたいのか、操りたいのか、僕らには意図が掴めない。」

 万年筆のキャップで机を叩きながら、ジークフリートは自らのメモに視線を落とす。

「情報どころか目的を遂行し始めたのが新し過ぎる。判断材料自体が少ないんだ。」

 背もたれに乱暴に体を投げ出して、ジークフリートは大きなため息をつく。三日三晩寝ていないせいですっかり体が強張っていた。ゆっくりと目を手で覆う。机に肘をついて、アーサーも大きなため息をついた。

「レイの薄暮の瞳は壊れたって言ってたが……この本によれば埋め込めるらしいじゃねぇか。」

 オパール色の箔押しがされた一つの冊子を投げ渡される。ビロードの表紙を捲ると美しい筆跡がずらりと並んでいた。上体を上げて眠たげな瞳で文字を読む。

「瞳の埋め込みは……神官一人と皇帝によって行われる。尚、命の危険はいかなる時も伴う。」

 深刻そうな視線をアーサーに向けると、アーサーは思い切り踏ん反り返った。

「皇帝は知らねぇけど、分家共は未だにレイの事を追ってるはずだ。」

 * * *

 教会の鐘の音が夜明けに染まる空に響く。肩につくかつかないかくらいまで伸びた髪に手櫛を入れながら、レイ将軍はうっすらと瞳を開けた。冬の薄ら寒い風が辺りを包み込んでいる。隣には小さく寝息をたてるジャンヌがいた。妻を起こさないようにゆっくりとベッドから這い出して、レイは寝室を後にする。少々くたびれた軍服を着込んで、彼はダイニングルームまで降りていった。

「おはようございますご主人様。まだお早いですが、朝食は如されますか?」

 まだ太陽がすっかり顔を出してないうちに姿を見せたレイを見て、執事は布巾を広げながら尋ねる。

「今日はいい。もう出る。」

 分かりました、と執事は自らの布巾をメイドに預けて馬小屋まで早足で歩いて行った。テーブルの中央に置いてあった新聞を広げると、いつものように他愛のない記事がずらりと並んでいる。どこのご令嬢がだれかと結婚した、神官がなにを発表した、そんな事をつらつらと述べ立てる文字を流し読みして、レイはダイニングルームを後にした。



 その日は特に大量の書類に忙殺される事もなく、レイは書類に念入りに目を通して判子とサインを施していた。レイの一件から既に五年の時が経とうとしているが、その間一つも大事が起きていない。平和な時が永遠と続いていた。集中力が切れた頃には既に日は最も高い位置に登っている。さんさんと輝く太陽を背に受けていたレイは、後ろにある窓のレースカーテンを閉めた。腰を上げたついでに紅茶を入れに行こうとしたレイの耳にノック音が響く。

「どうぞ。」

 なんとなしに許可を出すと、レイは簡易キッチンに入って湯を沸かした。お気に入りのティーカップを棚から出して、彼は来訪者を確認する為に執務室へ戻る。

「久し、 振りだな。」

 扉の前に立っている人物にレイは目を疑った。金髪に孔雀色の瞳をもった青年が、凜然とそこに立っている。

「ジー……ク?」

 もしティーカップを持っていたら、レイの手から滑り落ちていただろう。士官学校以来一度も相見える事の出来なかった二人の視線がゆっくりと合った。青年期の垢抜けない雰囲気はすっかり影を潜め、精悍な美男子になっているジークフリートを、レイはまじまじと見つめた。

「会いたかった。」

 ただただ静かに告げられたジークフリートの言葉にレイは駆け寄った。彼の両腕を掴み、顔を近付け、ほんの少しだけ上にある瞳を覗き込む。

「俺も……俺もだジーク。」

 涙で震える声を聞いて、ジークフリートは堪らずにレイを骨が軋む程強く抱き締めた。首の付け根に鼻を埋めて、さらりとした髪の毛を指に絡ませて、ジークフリートは十三年ぶりにレイに触れる感覚に酔いしれる。

「いいのか、俺の執務室に来て。」

「構わない、口実ならちゃんと用意してある。」

 腰に回していた腕を離してジークフリートは大きめの茶封筒をレイに見せた。にやりと笑ったジークフリートを見て、レイははっと我に返る。

「湯がやばいな……。」

 紅茶を一杯机において、レイはソファーに座るジークフリートに向かい合った。執務机にもたれかかるレイを一瞥して、彼は茶封筒の中身を取り出す。

「記録が始まってから今までの分家の行動だ。」

 立ち上がって一枚目の書類を見せると、ジークフリートはレイの隣に並んで執務机にもたれた。読み流していくレイに対し、ジークフリートは該当箇所を指差す。

「現在の分家当主、レイモンドになってから皇族の薄暮の瞳が狙われるようになってる。記録が始まってこんな事は初めてだ。」

「俺が狙われてるって言いたいのか? でも、薄暮の瞳はもう俺持ってないからな。」

 茶封筒から出てきた書類のもう一枚を、ジークフリートはレイに渡した。アーサーが投げ渡した本のコピーである。

「薄暮の瞳は埋め込みが出来るらしい、命の危険は伴うが……。ともかく、もし分家が未だに瞳を狙ってるなら、お前もまだ狙われてるかもしれない。」

 底に残った紅茶を飲み干してレイは頭を振る。ティーカップをソーサーに置いてレイは書類を机に放り投げた。

「調べてくれたのは嬉しいけど、俺を狙ってるとしてそれに五年もかけるか?」

「飽くまで可能性の話だ。用心に越した事はないだろ……。」

 散らかった書類を片付けるジークフリートの背中に向けてレイはゆっくりと口を開く。

「なぁジーク。今日の夜、お前の家に泊まりに行っていいか?」

 立ち上がりかけていたジークフリートは手に持っていた茶封筒を危うく絨毯に落としかけた。ゆっくりと首を傾げたレイの表情を見て、ジークフリートはその頬を撫でる。

「構わないが……、僕以外の前でその表情はしないでくれ。」

 肌が粟立つくらい妖しげな微笑み方は、まるで世界の時間を強制的に夜にするくらい艶やかであった。レイの表情から自らの思考を切り離すようにしてジークフリートは手を離す。すると、ノック音もそこそこに執務室の扉がゆっくりと開いていった。

「私の息子になんの用かな、少将。」

 佇まいを直して、ジークフリートはちらりと背後にいるレイに視線をやる。

「別に俺の執務室に来ようがジークの勝手だろ。」

 執務机から腰を上げると、レイはバスカヴィル元帥の前に腕を組んで立った。見下げる父親に対してレイはその瞳をじりじりと睨みつける。その間そそくさと書類を持ち上げて、ジークフリートはレイの横を通り抜けた。

「ジークは昔のジークじゃない。」

 執務室の扉が閉まると、レイはバスカヴィルにそう吐き捨てる。ドアノブを回して外に出ようとしたレイの手首を掴み、バスカヴィルは冷ややかな視線を送った。

「そうかい。それなら、私はお前に人を疑う事を教えなければいけないね。」

 手を振りほどいたレイは手首をさすりながら再びバスカヴィルを睨みつける。そして、憮然とした態度で彼は顎を上げた。

「それなら、俺は親父を疑う事から始める。」

 瞠目したバスカヴィルの表情に満足げな笑みを浮かべて、レイは悠々と執務室を去っていった。
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