神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 4-8

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 ソファーで寝息を立てているレイを一瞥して、ジークフリートは執務机の上にある見慣れない封筒を手にした。白というよりは真珠のように淡く輝くその封筒には、細い銀の線で宛名が書かれているだけである。裏を返すと、そこには白銀の封蝋が押されていた。帝国内では、組織から送られる手紙は封蝋の色が決まっている。ROZENは真紅、LILIEは白、そしてNELKEは白銀であった。

「これは……。」

 封筒の頭は既にナイフで開かれている。ジークフリートはもう一度レイを見ると、するりと中から手紙を抜いた。

『皇帝直属軍事機関ROZEN、レイ総合将軍閣下。先日は神官庁にわざわざ足を運んで頂き、誠にありがとうございます。我が同僚である神官ランスロットから即日報告を受け取りました。先の皇族復帰のお話ですが、皇帝陛下からの賛同の声もありまして、お受けする事と相成りました。尚、閣下のご意向である限定期間での復帰も了解済みであります。戴冠式の日取りにつきましては内部、公式ともに後日、相談の上決定しますので、お日柄の良い日にまたこちらに足を運んで頂ければ嬉しいです。取り急ぎ失礼致します。皇帝側近機関NELKE、ロビン。』

 なにがレイを皇位復帰させようと思わせたのか、ジークフリートには全く分からなかった。しかし、視線を下に滑らせるにつれ、彼の瞳はどんどんと輝いていく。正しき血は、正しくその地位に収まるべきである。天は、まるでそう決められていたかのように彼に味方した。



「なに喜んでんだよ、皇帝と分家の思う壺じゃねぇか!」

 勇み足でアーサーに報告をしに行ったジークフリートが聞いた第一声はそれであった。書庫室で向かい側に座っていたアーサーはそう怒鳴ると腕を組んで口を尖らせる。

「まぁ、一時的にでも公的に皇族になったら確かに手は出しづらいだろうけどよ。」

 机の上には、先程までアーサーが眺めていたテロから今日までの本部出入り調査票のコピーがあった。ずらりと並べられた人名には、全て赤い線が引かれてある。視線の先を察して、アーサーは面倒そうに口を開いた。

「どんなに洗っても不審人物は来てねぇよ。もう分家はレイの事なんて微塵も気にしちゃいないらしい。」

 大幅に机から離れていた椅子を、アーサーは足で引き戻す。どうやら彼も内心、警戒はしていてもレイの復帰にはそれなりの歓迎をしているらしい。

「お前の言ってるように、もし本当に皇帝がレイの皇族復帰を歓迎してるなら。……もしかしたら別の目的があるかもな。」

 横に置いてあった一枚の書類をつまみ、ジークフリートの目と鼻の先に突きつける。バスカヴィルの基本データのコピーであった。

「どうやら俺達、絞る的を間違えたみたいだな。」

 前世不明の元皇太子。分家の目標は、既にレイから逸れていた。



 喫煙室で煙草の煙を吐いているアーサーの隣にエドワードが座った。

「一本ちょーだい。」

「あいよ。」

 ライターで先端に火を点けると、エドワードはぼんやりと虚空を眺める。どうやら仕事疲れの一服らしい。

「お前の部署はどうよ。」

「ぜーんぜん。分家の発祥について調べてるけど、進展ない。」

 二人は同時にため息をついた。どうやらROZEN内部の士気は、原因不明のテロでだだ下がりのようである。立ち上る煙を見つめながら、アーサーは短くなったタバコを灰皿に押し付けた。

「レイが——」

 エドワードの持っていたタバコが、音もなく地面に落ちていった。

 * * *

 将軍が皇族復帰するらしい、その噂は瞬く間に軍内部に広まった。人の噂も七十五日とは言うが、その広がりようにアーサーは腹を抱えて笑わずにはいられない。

「人の目がレイに向いているうちは、俺らもそれなりにやりたい放題だぜ?」

 図書館から借りてきたらしい膨大な歴史書をどんっと机の上に置き、アーサーは椅子に座った。木造りの机もたわみそうな量である。ジークフリートはその蔵書の背表紙をただただ見つめていた。

「すごい量だな。どういう基準で持ってきたんだ?」

 手当たり次第に開いた本を見ながら、アーサーはニヤリと笑う。

「前世の欄に書かないって事は、それなりに裏社会の人間だと俺は睨んだ。」

 成る程、とジークフリートは感慨深く鼻から息をはいた。背表紙の字面は、いかにも根拠のない陰謀論からキリスト教の科学的に証明できない奇跡の話や秘密結社についてなど、なんとなく内容の察せられるものばかりである。

(いかにもヒムラー閣下が好きそうな……やめておこう。)

 頭によぎった丸眼鏡のかつての上司を端に追いやり、ジークフリートも多大な書物に手をつけた。



 噂を聞きつけたバスカヴィルはその場にいても立ってもいられなかった。少将に出し抜かれた思いで腑が煮えくり返っている。彼は人にぶつかるのも構わず、将軍執務室へ急いだ。

「閣下お待ち下さい! ただの噂です!!」

 声を張り上げる部下とともにロベルトは元帥の背を追ったが、その努力もむなしく将軍執務室の扉は開け放たれる。しかし、バスカヴィルの視界に入ったのは空っぽの部屋であった。

「レイは、レイはどこだ!」

「閣下、人前で声を荒げないでください。」

 バスカヴィルの上腕を掴み、ロベルトは苛立たしげに囁く。集まった野次馬を散らしながら、彼は将軍執務室の中へバスカヴィルを追いやった。鍵を閉め、しんとした執務室を見渡す。

「どうして、なぜだレイ……。」

 ソファーに座り込んで頭を抱えるバスカヴィルを背に、ロベルトは机の向こう側にある広い窓の前に立った。

「取り敢えず、将軍の居場所を探し出しましょう。話はそれからです。」

 振り返ると、バスカヴィルは既に顔を上げている。その瞳はどこか執念深く諦めを知らない、狡猾な蛇を思わせた。その必要はない、とバスカヴィルはゆっくりと、余裕を持って腰を上げる。

「吐かせればいいだけだ。」

 だれを、とは決して言わなかった。なぜならバスカヴィルは、レイを唆した人物を既に知っている、と確信していたからである。

 家に帰ると、食卓の上に一枚の折り畳まれたメモが置いてあった。

『ジャンヌ、ここで待っててくれ。やる事が終わったら、また戻ってくる。』

 筆跡は正しくレイのもので、ジャンヌは思わずメモの裏を返す。期待を裏切るような真っ白い一面に、ジャンヌはため息をついた。どうやら、用件は言わずに家を出ていくようである。頭を振りながら寝室へ入ると、彼女は荷物をベッドに放り出した。

「奥様、夕食の準備が出来ております。」

「……もう少ししたら行くわ。」

 部屋の前から女中が去っていく足音を聞きながら、彼女は深く息を吐く。自分が全く知らない場所で世界が回っているような気がして、ジャンヌはもう一度頭を振った。

 * * *
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