神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 4-7

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「成る程、確かに優生学ってのが流行り始めたのは十九世紀だ。元帥が『久し振りに見る字面』なら、その時代の人間だった事は間違いないな。……っても? 俺は百年戦争の人間だからその情報から個人を割り出すのは大変だな。」

 真向かいに座ってリゾットをすくうアーサーは、ジークフリートが持ってきた図書館にある普通の文献をめくりながらそう言った。

「僕の身を張ったんだ。せいぜい役立ててくれよ。」

「へいへい分かってますよー。ったって、十九世紀な……。」

 本を閉じてリゾットを食べ終えると、アーサーは椅子にふんぞり返る。爪楊枝で歯の間に挟まったエビの筋を取りながら、アーサーはそのアイスブルーの瞳でジークフリートをじっと見つめていた。

「おい、まだなんか用があんだろ。」

 皿にゴミを放り出して、アーサーはいつもより食事量の少ないジークフリートにそう詰め寄る。暫くもぞもぞ体を動かした後、ジークフリートはだれにも聞かれないようにそっと囁いた。

「実は頼みが——」

 リゾットの皿を端に追いやって、アーサーは身を乗り出す。

「んな事は分かってる、単刀直入に言えよ。」

 一度辺りを確認して、ジークフリートも身を乗り出した。

「レイと二人だけで、安全に会える場所を探して欲しい。」

 肘をついてアーサーはジークフリートの顔をよく見る。そうしていくらか考えたのち、彼はジークフリートの欲しがっていた答えを導き出した。

「王宮とか?」

 お前の言い方は回りくどいんだよ、とアーサーは呟く。まっすぐ見つめるジークフリートの眼差しは、アーサーも今気付いた事だが、だれかを出し抜く狡猾な蛇というよりは、その場に山の如く構える竜のようであった。

「もしかして元帥閣下になんか言われたのか?」

 ゆっくりと立ち上がったジークフリートは、トレーを持つとアーサーに向き直る。

「皇族に戻せるものならしてみろ、と。」

 アーサーは息を飲んだ。

 * * *

 エドワードが帝立図書館に通い詰めて一週間が経った。多くの蔵書を洗いざらい調べたが、彼の欲しい情報はとんと見つからない。背伸びをして棚に向かうレイを見たが、彼もかぶりを振ってるところを見ると、どうやら収穫はなさそうである。

「あとは禁書室だけ? 許可もらってくるかなぁ……。」

 入館許可証を弄びながら、エドワードは深々と息を吐いた。

「すまないが、禁書室に入れるのはどうあがいても皇族とそのお付きの神官だけなんだ……。」

 思わずエドワードは眉をひそめる。

「禁書室に何があるってんだ……?」

 いわゆるエドワードの把握する最もやばげな本は、ROZENが管理する基礎の書である。つまり、それ以上にやばげな本が存在する事を知ったエドワードは、肝っ玉を抜かれた思いであった。

「レイが皇族に戻ったら禁書室行ってもらえっかなぁ。」

 そんな事よりも、とエドワードは情報収集に頭を戻す。本を戻していたレイの手が小さく揺れた。

「エドは……俺に皇族復帰してほしいか?」

「やだなぁ、もしもの話だよ。」

 背後で笑いながら陽気に手を振ったエドワードの気持ちはいざ知れず、レイは禁書室に続く暗い廊下に目をやった。



 王宮の一角でエドワードに別れを告げて、レイは足早に神官達の間を縫って歩いた。

「レイ様。」

 背後から呼びかけたのは、レイがまだ皇族であった頃のお付きの神官であったランスロットである。癖のある金髪を揺らしながら、彼はレイに明るく微笑んで近付いた。

「神官庁に何かご用ですか?」

 神官庁とは、神官達が働く王宮の一部にあたる建物である。ランスロットの顔を見て、レイは強張っていた表情を緩めた。

「ランス、お前に話があったんだ。」

「私にですか? ……少々お待ち頂ければ、この書類を担当に渡してからまたこちらに戻って参りますよ。」

 それで構わない、とレイはランスロットにつられて微笑んだ。



 王宮の中はROZEN本部よりも開放的でゆったりとしていた。鳥の鳴き声を聞きながら、レイはガーデンテーブルの向かい側に腰掛けたランスロットを見つめている。

「こちらに来るのは……五年ぶりですか?」

「そうだな。あの時は、世話になったよ。」

 注がれていく紅茶の水面を見ながら、彼はそうぼそぼそと話した。ティーポットが机に置かれると、レイはゆっくりと口火を切る。

「その、皇太子復帰を考えてるんだ。」

 俯いていたレイはちらりとランスロットを見た。ティーカップを僅かに傾けたまま、ランスロットは瞠目した瞳をレイに据えている。レイは慌てて付け加えた。

「ほ、ほら今の皇太子もいるし、もし無理ならいいんだ。俺は……その……目的が遂行できたら、もう本当に皇太子をやめるから。」

 カップをソーサーに戻して、ランスロットはレイに向き直る。

「その目的とは一体何か、お聞きしても?」

 レイは首を振った。

「目的は三つある。それしか、今は言えない。」

 金髪の向こうにある湖を思わせる冴えた青は、その答えを予想していたかのように全く揺れない。一度眼を瞑って、ランスロットは頷いた。

「分かりました。私から、ロビンにお話ししておきましょう。」

 肩の荷を降ろしたように、レイは心の底から微笑む。その表情を見て、ランスロットは颯爽とその場を後にした。



 成る程、とロビン神官長は目の前の書類を手に取る。

「その三つの目的の見当は?」

「いえ、私には全く。」

 申し訳ない、とランスロットは目を伏せて頭を下げた。ロビンは一度叱責しようか考えたが、聞き出そうにも彼らにとっては相手が相手である。

「ですが最近、ROZENのエドワード少佐と帝立図書館に頻繁に入館していたようです。なんでも、ついこの間起きたテロに関して、分家の調べ物があるとか、なんとか。」

「なら目的の一つは禁書庫か……。分家の本はさして表に出していないはず。」

 口元に手を当てて、ロビンは深くため息をつく。白銀の瞳がじっと空を見据えていた。長い沈黙の後、ランスロットはロビンに進言する。

「その、[ミカエル]。[神]のご意向だし。」

 その言葉にロビンは顔をしかめた。体勢を正し、ランスロットを追い払うように手を振る。

「分かってる。……もういい、下がってくれ。」

 一礼して、ランスロットは心配そうに部屋を後にした。



 レイはその日、暫く会っていなかった母の下を訪れた。未だLILIEに匿われている身とはいえ、レイの件の収束を経て皇帝の監視がなくなった彼女は既に自由の身である。

「いらっしゃいレイ、また身長が伸びたかしら?」

「気のせいですよ。」

 それだけ交わして、紅茶とケーキを食べている間はレイは黙々と部屋の静寂を保った。ティーポットの中身も、皿の上も空になると、マリアはレイの向かいに座る。

「ここに来るという事は、なにか相談事かしら。」

 微笑んだマリアの顔を、レイはまともに見る事はできなかった。自分はなにか親不孝な事をしでかしたのではないか、と体が震え始める。机に乗せられた手に、マリアはそっと自分の手を重ねた。まるで囚人のように項垂れるレイは、漸く唇を動かす。

「一時的に……皇太子の位に復帰する事を、考えてます。」

 マリアの手に力がこもった。息子の顔をよく見ようと覗き込んだが、黒い前髪でそれは叶わない。

「父さんには、父さんには言ったの?」

「言ってない。言わないで、言わないでください。お願い、します。」

 母の手をすり抜けて、レイは自らの顔を両手で覆った。懸命に首を横に振って、父親に事情が漏れる事を拒否する。マリアは息を呑んだ。

「レイ、父さんと何かあったの?」

 息子はただ、机に突っ伏して啜り泣くだけであった。

 * * *
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