神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 5-6

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 氷が溶けて鈴のように鳴ると、佐藤は漸く口を開いた。

「牡丹が言ってた話だけど、今日本とドイツが秘密裏に同盟を結んでるのは確かなんだ。あと、違反するところまで行ってるか分からないけど、着々と軍備を増やしてるのも確か。士官学校とか大学校の入学者数が極端に増えてたよ。」

 手元に紙は残してないけど、と佐藤は肩をすくめる。彼はいわばスパイだった。

「今回、ROZENの合同訓練に日本軍が名乗りを上げたのもそういう理由だと思う。」

「ROZENへの諜報活動ね?」

 頷いた佐藤に、牡丹は息を吐きながら背もたれに身体を預ける。

「あとどのくらい滞在するね。」

「数週間って感じかな。」

 店内の壁にかかっているカレンダーに目をやると、牡丹は佐藤を見た。杏仁豆腐を食べきって一息ついている佐藤に、牡丹は言う。

「その時、出し抜けるね?」

「……俺だけ帝國に留まるって事?」

 そうね、と牡丹は瞳だけで頷いた。顎に人差し指を当て、佐藤は視線を天井に上げた。確かに、彼がここで日本地域に帰るには非常に危険でもある。帝國に留まっている方がずっと安全ではあった。

「できなくはないかな。」

 最終日のプランを頭の中でなぞり、佐藤は、なんのこれしき、とそう言った。

 * * *

 廊下を歩いていると、突然腕を後ろに引かれた。リチャードは声を上げる間もなく口を抑えられ、暗い談話室にずいっと押し込められる。焦りを抑えて上を見上げると、ジークフリートが酷く神妙な顔をしてリチャードが黙るのを待っていた。

「何の用だ?」

 後ろ手に隠していた手を頭の横に上げ、ジークフリートは一つの封筒をリチャードに見せる。

「これに見覚えはあるな。」

「なんのつもりだ。僕は知らない。」

 口の前にあった手を退けて、リチャードは談話室から出ようとした。

「お前はどうする。あっちに帰るのか?」

 ドアノブを回そうとした手は止まる。身体を横に、ジークフリートに視線をやった。彼は無表情だ。

「ジークフリートは、どうするんだ。」

 ついこの間、ロベルトの執務室に入り、燃え燻っている暖炉を見てリチャードは察した。兄は戻るつもりはない、と。

「……分からない。」

 封筒に入っているのは紙一枚だ。しかし、その紙一枚で二人の人生は劇的に変容する。それは金や地位の話だけではない。

「僕は……戻りたい気持ちのほうが大きい。」

「エドワードは、ジャンはどうするんだ?」

 悩みの種を突かれて、リチャードはハッと顔を上げる。そして、彼はジークフリートに吐き捨てた。

「お前こそ……お前こそ戻れよ。レイから離れたら、元帥からの圧力も、お前の悩み全部、全部解決するだろ!!」

「ジャンは、どうするんだ。」

 ジークフリートはもう一度、至極冷静にゆっくりと繰り返す。罵詈雑言では動じないジークフリートに対して、いても立ってもいられなくなったリチャードは踵を返した。

「さよならだ……。」

 涙を堪えて、彼は談話室を後にする。暗い空間にただ取り残されただけのジークフリートは、封筒を持つ手を下ろして扉を見つめていた。



 柔らかい絨毯に降り立つと、部屋の主はじろりとそちらに瞳を向ける。

「アーサー。」

「これで満足かよ。」

 放り投げた書類に一瞬だけ目をやって、ロベルトはなにもない暖炉に視線を戻す。アーサーの顔は珍しく苦痛に歪んでいた。身体的なものではなく、精神的なものである。

「同族狩りみたいな事させやがって、これこそニッキーにやらせりゃいいだろ!!」

「支部の人間では漁りにくい事情だ。かといって近親者では警戒される。」

 うっすらと残る頰の傷に触れ、ロベルトは煙草を始末した。

「それで、あんたがこの間燃やしてたのはその書類だってのか。」

 書類を睨みつけたままのアーサーに、ロベルトはただ無機質に答える。

「放っておく。」

 舌打ちを残して、アーサーは扉に向かう。彼の背中は急いていた。出口を開け放ったアーサーに、ロベルトは呼びかける。

「アーサー。」

 扉に触れていた手を下ろして、アーサーは次にくる言葉を待った。感情を隠す事が極端に下手である事を、彼は自覚している。

「他言は無用だ。例え将軍に問われようと——」

 アーサーは目をきつく閉じた。

「元帥に問われようと。」

 * * *

 大盛況だね、とアルフレッドはレイの隣に立った。本部で一番広い修練場を貸し切ったはずが、今や軍人達の渦である。

「本当面倒臭いな……。」

 きっかけは数日前のエドワードの言葉であった。とっつきやすいエドワードの性格は合同訓練に参加した日本軍人にも受けが良かったらしい。中でも咲口と、その友人である坂本隼人中尉とは式典後のカジノで会話開始数分後に打ち解けあったという。

『僕達は諜報部隊だから、団体戦闘より個人戦闘のほうが磨きがかかっていてね——』

 と話し始めた咲口に、エドワードが意気投合して、坂本が今回のこの騒ぎを計画した、というのが今レイの耳に入っている事の顛末である。

「まぁあながち間違ってないと思うよ。僕も本人からそれ聞いたし。」

 嘘であれば話にしか聞かない咲口と坂本はいやな顔をしている筈である、とレイは二人の姿を遠目に探した。

「あの二人の経歴は?」

 探しがてらにアルフレッドに問うと、アルフレッドはさらりと口に出す。

「咲口君も坂本君もどちらも財閥の家みたいよ。咲口君の前世は、父親を早くに亡くしたらしくて、当主になるはずが継母の画策で腹違いの弟にその座を奪われて、幼馴染の島田君、悠樹大佐の副官の誘いで部隊に入ったみたい。坂本君の方はさして知らないね。」

 波乱万丈なんだな、とレイはその姿を見つけた。薄茶色の髪の毛はウェーブがかっていて、肌は日本人にしては白かった。

「あ、そうそう。咲口君はフランス人とのハーフみたいよ。」

 納得したレイはその隣にいる青年に目をやった。咲口よりは濃いめの茶髪を七三に分け、狐を思わせる糸目が特徴的だ。

「隣にいるのが坂本隼人か。」

「あーうん、じゃない? 咲口君とよく行動してる糸目の人って聞いてるよ。」

 そろそろ行ったら、とアルフレッドは観衆の向こう側を指した。既に数人が、と言ってもその全員レイの顔見知りであるが、柵の向こうに集まっている。大衆から数々の応援の声をかけられながら、レイは人混みを掻き分けてやっと柵を飛び越した。

「おっす、久し振りだな。」

 気付いて声をかけたアーサーに片手で答えると、隣でエドワードが人数を何度も数えていた。

「他に誰が来るんだ?」

「えーっと、レイと、リチャード、アーサー、俺。あとアーサーがロベルトさんとジークフリートに声かけてくれたんだよね?」

 人員を指折り数え終わると、アーサーが肩を竦める。

「補佐官閣下なら多忙で来れねぇだとよ。」

 エドワードは残念そうに鼻を鳴らすと、メモ帳とペンを取り出してなにか書き留め始めた。

「向こう側は?」

「島田さん、咲口と坂本、あと佐藤博人と竹伊と衣刀さん?」

 インクの乗ったメモ帳を覗き込んで、レイとアーサーは口をへの字に曲げて並行する。

「おいおい、ペアで戦闘するんだろ? こっち足りなくねぇか。」

「完全に今奇数だな。ちなみにアルフレッドが参加する気はさらさらなさそうだ。」

 話し込んでるうちにジークフリートとリチャードが入ったが、そんな二人はそっちのけで三人はメンバーに関して吟味していた。そうして数分経つと咲口と島田が彼らの下へ歩いてくる。

「おはよう咲口。こっちの人手が今足りなくて。」

「あ、本当? 実はこっちも佐藤が来ないみたいで……。」

 どうすんだよ、とアーサーは呟くと、島田は大衆の中から上司とともに歩く元帥の姿を見つけた。そうして思い付いたようにその二人を指す。

「あの二人は?」

 咲口とエドワードは同じタイミングでそちらを向いて、すぐに頭を元の位置に戻した。

「いや、気のせい、気のせいだよね今島田さんが指した方向。」

「僕も幻覚を見た気がするよ。」

 しかし二人が止める暇もなく、島田は、行ってくる、と柵越しに二人へ駆け寄る。エドワードと咲口が振り向いた頃には、既に二人を連れだって島田は歩いてきていた。

「人が足りなくなってしまったんだって?」

「ウィッス、そうです、はい。」

 しどろもどろで答えたエドワードは、バスカヴィルを遠くからじっと見つめる悠樹に視線を逸らす。続けて咲口は悠樹に尋ねた。

「あの、佐藤がすっぽかしまして。」

 そうか、と悠樹が無頓着に答えたのを傍目に、バスカヴィルはメンバーを見て言った。

「もしよかったら私が参加するけど、大佐殿も是非。」

 暫く思案した後、悠樹は長くため息をついて小さく頷く。それでは、と島田は先に歩き去った悠樹の背中を追って咲口と歩いていった。

「そんじゃ、まぁ久し振りに本気出しますか。」

 エドワードは平手と拳をパンっと合わせて、六人はくじを引いた。



 屋敷のベルが鳴ると、ロベルトは重い腰を上げる。玄関ホールの階段から玄関扉まで、彼の足取りは酷く重い。

「お届けものです。」

 ご本人様は、と続くかと緊張していた体は、差し出された包みで別の疲労に変わった。ロベルトは茶色い紙に包まれたなにかを受け取って、サインをする。宅配人が自転車に乗って屋敷の前から去っていくのを見送り、彼は扉をゆっくりと閉めた。小包の宛先は、ロベルトではなくリチャードである。食卓の上に宅配物を放り投げて、ロベルトは丁寧に紐を解いた。届いてそのままの状態に戻す事など、もともと諜報部隊の隊長であったロベルトにはいとも容易い事である。紙の隙間から見えた黒い布を見て、ロベルトはもう少し包みの隙間を広げる。そして白いラインを見て、彼は確信した。紙と紐を元に戻すと、重い足取りでヨハンの寝室に入る。包みをベッドの上にそっと置いて、彼は寝室を後にした。
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