神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 5-5

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 昼の食堂はごった返していた。普段もそれなりの混雑が見られる時間に、日本軍人達も相まって席はすっかり埋め尽くされている。真夏であるにも関わらず、テラス席で顔を仰ぎながら昼飯をかきこんでいる軍人もいる。すっかり食堂で済ませる気だったレイは、夜に引き換えた食券をポケットに押し込んだ。頭を振りながら振り向くと、丁度肩に手を置こうとしていた父親が立っている。

「と、父さ——」

 人差し指を唇に押し当てられ、レイは更にしどろもどろになりながら視線をバスカヴィルの顔からずらした。ほんの少し死角になる背後で、悠樹が副官である島田となにか話し込んでいる。人差し指が離れていくと、レイはすかさず口を開く。

「元帥閣下……。」

「お昼ご飯かな? 食堂は酷く混雑しているようだね。」

 いつもの調子で返答したバスカヴィルに、レイは少し息を吐く。

「えぇ、食堂でとろうと思ったんですがこの有様です。もう少し執務を終えて出直そうかと思いまして……。」

 二人の会話が聞こえたのか、悠樹は話を打ち切ってバスカヴィルの方へ歩いてきた。バスカヴィルは、彼を会話の輪に入れるように肩を後ろに引く。

「実は丁度視察が一段落してね、今から大佐殿と食事に行くところだったんだよ。折角だから、将軍もどうかな?」

 島田君も是非、とバスカヴィルは微笑む。島田は一瞬、構いませんか、とばかりに悠樹に視線を送った後に頷いた。

「それでは、お言葉に甘えて。」

 その返答を聞いて、レイはバスカヴィルに微笑み返す。

「では、自分も。」



 本部から少しばかり離れたレストランの個室で、レイの隣ではバスカヴィルがメニューを見てシェフと話し込んでいる。

「いかがでしたか、視察の方は。」

 沈黙を破って、レイは目の前に座る島田に話しかけた。レストランの内装を視線だけで眺め回っていた島田は、ハッとしてレイに顔を戻す。

「はい。この平和なご時世ですが、有事に対しての危機感を持っていて素晴らしいと思います。あそこまできっちりと軍隊指導なさっているとは。」

 メニューを渡してシェフが去ったのを見て、バスカヴィルは姿勢を正す。

「まぁ帝國を守るだけの本部には、貴方がたが持っているような近代化学兵器は一つもないけれどね。」

 出された食前酒を一気にあおり、悠樹は咳払いを一つした。制帽を脱いだ額には、大きな切り傷が見える。

「いらん兵器に金を注ぎ込むのは、かえって軍事費が嵩みます。」

 それもそうだね、とバスカヴィルはグラスを片手に微笑んだ。その笑みから目を逸らすようにして、悠樹は島田の手元を見る。

「飲まんのか。」

 手の中のグラスには白ワインが少しも減らずに残っている。島田が苦笑したのを見て、バスカヴィルもレイの手元に目をやる。視線を感じたレイは、グラスにかけていた手をそっと離した。

「ワインはあまり好きじゃない……。」

「実は自分も……。」

 二人の前に残る白ワインを見て、バスカヴィルは仕方なさそうに苦笑する。空気を察した悠樹は、すかさず島田のグラスを持ち上げた。

「飲むぞ。」

 副官の返答も聞かずに、悠樹は白ワインを飲み干す。バスカヴィルもレイのグラスを取って同じように口つけた。

「島田殿はどんなお酒が好きですか?」

 グラスをテーブルに置いた悠樹から目を離して、島田は再びレイに視線を向けた。

「あぁ、基本的に日本酒ばかり嗜んでしまうので……。将軍閣下は普段どのようなお酒を?」

「自分は普段、あまり酒を飲まないので……。本当に飲みたい時は果実酒や蜂蜜酒ばかりで。」

 少量しか口にしません、とレイは島田に笑いかけた。緊張がほぐれたのか、島田も漸く、ぎこちなく微笑みを浮かべる。



 メインディッシュの白身魚が運ばれてきたところで、悠樹はナイフを手にしながら少々切り込んだ話を向けた。

「そういえば、元帥閣下と将軍閣下はとても仲が良いとお聞きしますが。」

 レイと島田の表情は一向に変わらなかった。先程までの他愛ない雑談を続けていると思っていたからだ。しかし、バスカヴィルの手がほんの一瞬、規定外の動きをした事を、悠樹は見逃さない。

「私とレイは親子だからね。そういえば、私達以外に親子で軍人をやってる人は、本部の高官にはいなかったかな?」

 柔らかい白身魚を頬張ったまま、レイは二、三度頷いた。

「それとも、親子にしては仲が良すぎると?」

 片眉を釣り上げたバスカヴィルに、悠樹は、いいえ、と首を振る。

「ですが、親子ではなく伯父と甥では?」

 上司そっちのけで料理について話しこむレイと島田をよそに、悠樹は畳み掛けた。バスカヴィルは一瞬も表情を崩さない。ただいつものどこ吹く風の顔で返す。

「そうだね。でももう親子のようなものだよ。」

 言い切ってにっこりと笑う元帥に、悠樹は背中が寒くなった。

「そうですか。……唐突に不躾な疑問をぶつけた事をお許しください。」

「別に構わないよ。不思議に思った事は機会がある時に聞かないとね。」

 視線を皿に戻したバスカヴィルを、悠樹は手を動かしながらただじっと見つめていた。

 部隊行動からこっそり抜け出して、佐藤は未だ見慣れない帝國の石畳を歩いている。真夏の温度に対して軍服の詰め襟は酷く窮屈で、佐藤は数十分歩いた所で漸くジャケットを脱いだ。中に着ていたワイシャツの袖もまくり、再び目的地を目指す為に歩き出す。

「博人!」

 すっかり汗ばんだ顔を拭いていると、目的の人物が姿を現した。チャイナドレス風の、スリットが入った神官服を身につけた女性が、軽やかな足取りで駆けてくる。

「牡丹!」

 前世では恋人同士であった二人は、この世界でも密かに連絡を取り合っていた。

「ごめんね、遅くなったよ。」

「別にいいね。もし良かったら近くでお茶するか?」

 近くの中華料理店を指差すと、佐藤は、待ってました、とばかりに冷たい空気にあたりに行った。
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