神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 5-10

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 ドイツに帰って数日が経つ。書類を纏めて、ジークフリートは部下にそれを渡した。ついこの間までROZENの軍服を来ていた彼は今、ナチスSSの黒服を来て職務に励んでいる。

「ジークフリート。」

 仕事に一段落つけたところで、ジークフリートはコーヒーを飲んで暫しの休みを味わっていた。名前を呼ばれて振り向くと、シェレンベルクが手を上げてやってくるところである。

「シェレ。僕に何か用か?」

 シェレンベルクとは上司が違うため別室で働いていたが、廊下やホールですれ違えば会話を交わしていた。

「お前を呼んでこいと言われた。時間は?」

「次の仕事は来てないから大丈夫だ。それにしても誰に呼ばれたんだ?」

 質問に答えないまま、シェレンベルクは部屋を出た。ジークフリートはジャケットを手に取る。慌ててそれに袖を通しながら、シェレンベルクの背を追った。



 ノックをして部屋に入る。シェレンベルクの肩の向こうに、だれもが知る顔があった。

「閣下、ジークフリート少将を連れてきました。」

 書類を流し読みしながらコーヒーカップを持っていた顔が上がる。ジークフリートの顔を見ると、その男はもう一度書類を見て姿勢を正した。

「ジークフリート少将、こちらへ。」

 ロベルトとはまた違った射抜くような視線は、前に歩いてくるジークフリートをじっと品定めするように見つめる。

「お久し振りです、ラインハルト閣下。」

 ヒトラーに理想のアーリア人と謳われた人物がそこに座っている。仕事の一切に感情を挟まない、この世で最も理想的な高官、それがラインハルト・ハイドリヒであった。

「早速本題に斬りこむが、君を是非私の……あの男風に言えば側近にしたい。あの男の下に置いておくにはもったいない人材だ。箪笥の肥やしにしかならん。」

 挨拶もそこそこに、ハイドリヒはそう言った。ジークフリートは逃げるようにシェレンベルクに視線を向けたが、シェレンベルクは扉の脇に立ったまま別の所を見ている。

「閣下は全国指導者がお嫌いですか。」

「その話はお前が本当に信用に足るか見極めてからだ。」

 ジークフリートは閉口する。畳み掛けるようにしてハイドリヒは顔を上げた。

「異論は?」

 冷め切った鋭い青の双眸がジークフリートの端正な顔を映し出す。

「……ありません。」

「よろしい。退出を許可する。」

 いつの間にかその視野にジークフリートを入れていたシェレンベルクは、音もなく扉を開けた。緊張したまま扉に向かうジークフリートに、シェレンベルクは右手を挙げる。

「ハイル・ヒトラー。」

 我に返ったように、ジークフリートはハッとシェレンベルクを見た。慌てて右手を挙げて彼も挨拶に答える。

「ハイル・ヒトラー。」

 扉が閉まるとともに、二つの軍靴は冷たい執務室を後にした。

 * * *

 父親を前に、レイは完全に旅行着で立っていた。

「ドイツに行く、だって? 外交の仕事ならお前ではなく部下に任せなさい。」

 鼻であしらうようにそう言って、バスカヴィルは書類仕事を続ける。ジークフリートとヨハンが離反し、アーサーとエドワードはフランスへ既に発っていた。

「仮にドイツに行ってお前は何をする? 戦争をやめろ、と人道に訴えるつもりかな。ナチスの思惑はお子様さながらに世界征服だ。なにを訴えようと武力行使しない限り、彼らは歩みを止めない。」

「ジークフリートとヨハンに帰ってきて貰う。」

 キャップを閉めて、万年筆を放り投げる。バスカヴィルは大きくため息をついてレイを見上げた。

「それはフランスに行った二人に任せておきなさい。ニコライも尽力している。お前のような階級の人間が堂々と表から門戸を叩いてもなにも発展しない問題だよ。お前が今するべきなのは、終戦後のドイツと日本に対する罰則や条約を考える事だ。」

 努めて冷静なバスカヴィルに、レイは机に手のひらを叩きつけて反論する。

「俺だけここでのんびり過ごしてろっていうのか!?」

「アルフレッド君がいるじゃないか。」

 レイがドイツへ向かいたがる実際の理由は、バスカヴィルもよく理解していた。どんな言葉を並べ立てても、ジークフリートに会って直接話がしたいレイの気持ちは増幅するばかりである。その引き合いにアルフレッドを出しても、息子の心を動かすのにあまりに弱い素材である事を、父親であるバスカヴィルは重々承知していた。

「仕事に戻りなさい、将軍。私もまだ手をつけてない書類が沢山あるのでね。」

 その言葉を聞くと、レイは肩を落として執務室から出ていった。

 * * *

 フランス支部のナチス対策本部へ、地図に書かれている通りに二人は歩いていた。

「こりゃスゲェ……。」

「ヴェルサイユ宮殿ってこんな立派なんだね……。」

 踏み込んで第一声、バロック調の最高傑作の一つであるヴェルサイユ宮殿を前にして、二人は呆然と突っ立っていた。受付で記名を済ませて、アーサーとエドワードは今のご時世とは似つかわしくない華々しい廊下を歩いて行った。アーサーの耳には僅かな囁きが聞こえる。エドワードの姿を見とめて、多くの人が歩くのをやめていた。

「聖女!」

 一際大きな声が二人の耳に届く。声だけでだれか分かったアーサーはため息をついたまま振り返らない。

「ジル! ジルじゃないか!」

 一方、振り返ったエドワードは、遥か昔の戦友との再開に嬉々とした声を上げた。

「聖女、本当に来て頂けるとは。」

「元帥閣下とフランス支部の皆のお陰だよ。」

 熱く抱擁を交わして、ジル・ド・レエ少将はにっこりと笑う。

「長い旅路をよく耐えてくださいました。すぐに元帥の所へ案内します。」

 そう言ってエドワードの連れ人であるアーサーの方を向き、ジルの顔は凍りついた。

「よう狂信者。前世共々お噂はかねがね。」

 いかにもあくどい笑みを浮かべて、アーサーは心底嫌そうな声でそう言う。一気に険悪な表情になったジルに余裕を持って両手を挙げた。

「おいおいそう怒んなよ。今の敵はイングランド王国でもフランス国王でも、ましてや、もはや領土も持たないブルゴーニュ公でもないだろ?」

 爪が食い込むほど拳を握りしめるジルと、にんまりと笑うアーサーの間の雰囲気はどんどんと剣呑になっていく。エドワードは慌ててその雰囲気をぶち壊しにかかった。

「ちょっと、昔の事蒸し返すのやめなよな! 早く元帥の所に会いに行こう?」

 アーサーは放っておいても大丈夫、とエドワードはジルの肩を掴む。我に返ったジルは、先程の笑みを浮かべて、対策本部の元帥執務室へ二人を案内した。



「アルチュール・ド・リシュモンです。こうして相見えるのはお久し振りで。」

 アーサーとエドワードと硬い握手を交わして、老練のフランス支部元帥アルチュール・ド・リシュモンはそう挨拶した。

「おう久し振りだな。俺はこっちでも勝手にやらせてもらうぜアルチュール。」

「殿下は相変わらずのようでなにより。問題を起こさない範囲であれば構いません。」

 手を解いて、アーサーを寝泊まりする部屋へ案内するよう部下に伝えると、アルチュールはすぐにエドワードに向き直る。

「聖……少佐殿。お話はどのくらい聞き及んでいますか。」

「一応前線に立てって言われたから、近代の戦争については一通り本を読んできたけど……。俺は多分昔みたいに神様の加護がないから、銃弾跳ね返すとか無理だよ?」

 記憶の中にある金の装飾が施された青いローブとは真反対の、ROZEN軍服を身にまとったアルチュールはエドワードにとって新鮮だった。とは言っても、彼が知る限り外見はさして変わらず、エドワードは少し不思議な気持ちで彼と言葉を交わしている。

「銃弾を跳ね返すとか、戦車を素手で止めるとか、そのような奇跡染みた事象は一切期待しておりません。ただ銃弾にのみ関して言えば、甲冑は用意しようと思えばできます。青いチュニックも。前世と全く同じとは言えませんが。」

 ガラガラと木の台車で運ばれてきたのは、多少傷が見えるもののピカピカに磨き上げられた銀のプレートアーマーと、前世よりずっと装飾の凝った真っ青なチュニックである。

「全く同じよりもっと凄くない? 俺が来なかったらどうするつもりだったのさ……。」

「作って頂いた鍛冶職人には申し訳ないですが、全て溶かし、銃弾にするつもりでした。」

 鎧を軽々と持ち上げて、エドワードはその重さに懐かしさを感じた。

「まぁ銃弾でさっさと倒れるくらいならこれつけて跳ね返した方が聖女っぽいかもね。」

 ヘルメットは流石に作れなかったようだが、顔くらいならばエドワードの反射神経で交わす事は可能である。

「ナチスの侵攻と宣戦布告はまだ来てませんが、既に国境付近に兵は配置してます。聖女が来たとなれば野営地も沸き立つでしょう。」

 アルチュールは、エドワードを部屋へ案内した。それなら早く身支度をしなくちゃ、とエドワードが寝室に駆け込んだその時、上にかかっていたシャンデリアが大きく左右に揺れた。それだけでなく、地面がぐらついてエドワードは危うくベッドに身を投げる形になる。

「な、なんだ!?」

 部屋に置いてあった本棚からはバサバサと本が落ちていった。揺れが収まったのは数分後で、あまりに大きな揺れのお陰でエドワードはまだ揺れているのではないかと錯覚に陥る。

「お怪我は——」

「大丈夫だよ。それにしても、帝國で地震なんて……初めてだよね。」

 アルチュールに助け起こされて、エドワードは辺りの被害を見た。窓ガラスは割れておらず、小物が倒れたり本が落ちたりしただけに留まったようである。

「不吉な……。」

 庭の様子を確かめるジルに言葉に、エドワードは小さく頷いた。



 遠くでワッと歓声の上がる様を聞きながら、アーサーは森の中を駆けていく。おおよそ、エドワードが野営地に到着したのを見て、前線で準備を進めていた軍人や義勇兵達がその姿に感動したのだろう。

(流石聖女様ってところか。お顔は広い事で。)

 黒いコートを翻し、前線を尻目にアーサーは国境をやすやすと越える。眼下にいるドイツ兵には目もくれず、彼は更に足を速めた。

『二人もいらねぇよ。目立つからな。必要になったらすぐ呼ぶから待ってろ。』

 ついて行きたがった弟のルイスに告げた言葉を脳裏に浮かべる。スペインに里帰りしていたチャールズは故郷で足止めを食らっていた。すぐに助けになるのはルイスだけだったが、アーサーは逆に自らの行動が探知される事を恐れた。

(いくらなんでも強情張り過ぎたか……?)

 諜報部隊隊長とはいえ、平和ボケした帝國民の端くれである。用心に越した事はない。用心を取るか、切り札を残す事を取るか最後まで悩んだ。結果、彼は後者を選んだのである。

『——、こちらニコライ。ついさっきロシア支部に戻ってルイスに会った。どうぞ。』

「こちらアーサー。二日連絡が取れないようだったら応援頼むぜ。」

 眼下に広がる街を前に、アーサーは軽口を叩いた。

 * * *
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