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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
Verse 5-11
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グラスを傾けると氷の澄んだ音が響いた。月の明かりが琥珀色の液体に映し出される。
「この混乱に乗じる機会はそうそうないわな、ルプレヒト。」
別の所でまた氷と氷が掠れる音が聞こえた。顔を上げれば、カソック姿の男がテラスに出て笑っている。
「レイは発った。」
今頃は汽車の中で寝れない夜を過ごしているのだろう、とロベルトは目を伏せた。暫くして、また氷の揺れる音がする。
「して、契約は?」
ロベルトは思い出に浸るように目を細める。
「一方的に破棄した。あちらはもう覚えてないだろうがな。」
「よろしい。」
そう一言、カソック姿の男はグラスを持ったままロベルトに歩み寄る。そうしてグラスを持ち上げて、彼はにたりと微笑んだ。
「では[ルシファー]の復活に祝杯を挙げようではないか。」
首を傾げた男に、ロベルトもまた無表情でグラスを掲げた。
* * *
帝國暦一八二〇年、十月。帝國から離反したドイツ、日本と帝國間に戦争が勃発した。特にナチス・ドイツと帝國領フランス地域の間に起きた侵略戦争は、激しさを極めていた。
「ドイツさえ崩せば日本が降伏するのは時間の問題です。が、ドイツ軍は現在破竹の勢いで侵攻してきています。ギリギリ保たせていますが、今ここを破られてはもう後がありません。」
繰り広げられる戦略会議を目の前にエドワードはぼんやりと座っていた。難しく入り組んだ話は彼の頭には入ってこない。アーサーさえいれば、と彼はため息をついたが、アーサーはフランス地域に入って以来姿を消してしまった。一瞬裏切りを予感したが、諜報部隊の彼は自らの計略に関して多くは語らない。対してエドワードと言えば、野営地の奥に大事に仕舞われて、やる事と言えば怪我人を励まして、フランス支部中将の手伝いをするくらいである。今までやった一番危ない仕事といえば、空襲のきた村の民間人を避難させる事だけである。
(俺、なんの為にここに来たんだっけ。)
隣に立てかけてある槍を見て、彼はふとバスカヴィルの言葉を思い出す。前線に立って兵の士気を上げる、その為に故国フランスにやってきたのではなかったのか。
「聖女殿、もし御手が空いておられれば、兵達の休憩所に行って——」
ジルの声を聞いて、エドワードは体重を感じさせない足取りですくっと立って槍を持った。
「俺ちょっと行ってくるよ。」
「は、どこにですか。」
歩きながらそう伝えると、ジルは慌てて彼についていく。
「俺はここで休んでる場合じゃない。もう十分休んで、旅の疲れはすっかり取れたんだ。」
白馬の鞍に跨り、エドワードはにこりと笑う。その微笑みは生きていた時のままで、ジルは目を丸くした。
「お待ち下さい聖女! 貴方が今前線に出て死にでもしたら——」
戦友の言葉を振り切って、エドワードは馬の腹を蹴り上げた。戦争の形は違えど、エドワードは自分が戦場によく合う体質であると実感した。血を浴びるわけでもなく、敵を殺すわけでもなく、祖国の旗を掲げて兵士を導く事に長けている、と。
野営地と前線の境に辿り着いて、エドワードは馬を降りた。幾重にも重なる掘りかけの塹壕の向こうから、絶え間ない銃声が聞こえてくる。
「せ、聖女……様。」
足元の塹壕で蚊の泣くような声が聞こえて、エドワードは下を向いた。シャベルを横に突き立てて、彼は陽の光を背に受けるエドワードを、土まみれの顔で見上げている。兵士はROZENの野戦服を着ていなかった。フランス地域で自発的に集められた義勇軍の制服だ。
「あ、あの聖女様。ここより先はき、危険ですから、すぐに戻って——」
兵士の声も聞かずに、エドワードは塹壕をゆうゆうと通り過ぎていく。ただ淡々と剥き出しの土の上を歩き、彼は銃弾の飛び交う先へ進んだ。
「隊長! だれかこっちに近付いてきてます!!」
最前線にいたドイツ兵の一人が、煙の中に浮かび上がった黒い影に気付いて声を張り上げた。
「撃ち方やめ!! ……やめろと言ったのが聞こえんのか!!」
兵士達に罵声を飛ばし、隊長は双眼鏡で硝煙の先を覗く。フランス軍からの射撃も、いつの間にか止まっている。
「だ、だれでしょうかね。こんなご時世で、鎧っぽいですけど。」
どこから持ってきたのか、槍の穂先には青い旗を掲げていた。金糸で刺繍された無数の百合が、僅かに届く日光で煌めく。
「なんじゃあの中世染みた旗は……。」
軸である槍が地面に突き立つと、今まで微塵も吹かなかった風がどこからともなく煙と雲を一掃した。顔を出した太陽は鎧を照らす。彼の背後にいるフランス兵から見れば、その頭上には光輪が見えた事であろう。天使を思わせる金髪はそよ風に靡き、海を思わせる青い瞳は爛々と輝いていた。
「ねえ君、ナイフ持ってる?」
すぐ後ろで銃を抱えていた兵士に手を差し出して、彼はにこりと笑う。兵士はその澄んだ瞳を見て、今までの罪悪感も塞ぎ込んだ気持ちも全て吹き飛んだようだった。
「は、はい……こんな汚ねぇので良ければ。」
差し出されたナイフを受け取ると、彼は少しも嫌な表情もせずに、むしろ一層微笑む。
「ありがとう。」
彼はドイツ兵に向かって仁王立ちした。そして今まで伸ばしていた美しい金髪をその手で掴み、いつの日かしたように、受け取ったナイフでばっさりと切り落としてしまった。長い髪を見せつけて、金髪を握る腕を広げる。
「私はここに戻ってきた! 祖国フランスに!!」
耳が痛くなるような静寂は、その凛とした声をよく通した。風が、離れたドイツ兵にもその声を届ける。
「長い時の隔たりを超えて、しかし私は有象無象のフランスの戦士、兵士諸君と常にともにある!」
長い金糸のふさが、弧を描いて地面に落ちた。しかし、まるで目の前で奇跡が起きたように、その青年が奇跡の擬人化とでもいうかのように、兵士達は目の前に立つ聖女の顔を永遠と見上げたままである。
「神に愛された母国フランスの兵士達よ! 剣を、銃を、武器を取れ!! 私は今再び、フランスの為にこの槍を取ってともに戦おうぞ!!」
軍旗が翻った刹那、大地を揺るがす雄叫びが荒廃とした大地に響き渡った。
* * *
「この混乱に乗じる機会はそうそうないわな、ルプレヒト。」
別の所でまた氷と氷が掠れる音が聞こえた。顔を上げれば、カソック姿の男がテラスに出て笑っている。
「レイは発った。」
今頃は汽車の中で寝れない夜を過ごしているのだろう、とロベルトは目を伏せた。暫くして、また氷の揺れる音がする。
「して、契約は?」
ロベルトは思い出に浸るように目を細める。
「一方的に破棄した。あちらはもう覚えてないだろうがな。」
「よろしい。」
そう一言、カソック姿の男はグラスを持ったままロベルトに歩み寄る。そうしてグラスを持ち上げて、彼はにたりと微笑んだ。
「では[ルシファー]の復活に祝杯を挙げようではないか。」
首を傾げた男に、ロベルトもまた無表情でグラスを掲げた。
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帝國暦一八二〇年、十月。帝國から離反したドイツ、日本と帝國間に戦争が勃発した。特にナチス・ドイツと帝國領フランス地域の間に起きた侵略戦争は、激しさを極めていた。
「ドイツさえ崩せば日本が降伏するのは時間の問題です。が、ドイツ軍は現在破竹の勢いで侵攻してきています。ギリギリ保たせていますが、今ここを破られてはもう後がありません。」
繰り広げられる戦略会議を目の前にエドワードはぼんやりと座っていた。難しく入り組んだ話は彼の頭には入ってこない。アーサーさえいれば、と彼はため息をついたが、アーサーはフランス地域に入って以来姿を消してしまった。一瞬裏切りを予感したが、諜報部隊の彼は自らの計略に関して多くは語らない。対してエドワードと言えば、野営地の奥に大事に仕舞われて、やる事と言えば怪我人を励まして、フランス支部中将の手伝いをするくらいである。今までやった一番危ない仕事といえば、空襲のきた村の民間人を避難させる事だけである。
(俺、なんの為にここに来たんだっけ。)
隣に立てかけてある槍を見て、彼はふとバスカヴィルの言葉を思い出す。前線に立って兵の士気を上げる、その為に故国フランスにやってきたのではなかったのか。
「聖女殿、もし御手が空いておられれば、兵達の休憩所に行って——」
ジルの声を聞いて、エドワードは体重を感じさせない足取りですくっと立って槍を持った。
「俺ちょっと行ってくるよ。」
「は、どこにですか。」
歩きながらそう伝えると、ジルは慌てて彼についていく。
「俺はここで休んでる場合じゃない。もう十分休んで、旅の疲れはすっかり取れたんだ。」
白馬の鞍に跨り、エドワードはにこりと笑う。その微笑みは生きていた時のままで、ジルは目を丸くした。
「お待ち下さい聖女! 貴方が今前線に出て死にでもしたら——」
戦友の言葉を振り切って、エドワードは馬の腹を蹴り上げた。戦争の形は違えど、エドワードは自分が戦場によく合う体質であると実感した。血を浴びるわけでもなく、敵を殺すわけでもなく、祖国の旗を掲げて兵士を導く事に長けている、と。
野営地と前線の境に辿り着いて、エドワードは馬を降りた。幾重にも重なる掘りかけの塹壕の向こうから、絶え間ない銃声が聞こえてくる。
「せ、聖女……様。」
足元の塹壕で蚊の泣くような声が聞こえて、エドワードは下を向いた。シャベルを横に突き立てて、彼は陽の光を背に受けるエドワードを、土まみれの顔で見上げている。兵士はROZENの野戦服を着ていなかった。フランス地域で自発的に集められた義勇軍の制服だ。
「あ、あの聖女様。ここより先はき、危険ですから、すぐに戻って——」
兵士の声も聞かずに、エドワードは塹壕をゆうゆうと通り過ぎていく。ただ淡々と剥き出しの土の上を歩き、彼は銃弾の飛び交う先へ進んだ。
「隊長! だれかこっちに近付いてきてます!!」
最前線にいたドイツ兵の一人が、煙の中に浮かび上がった黒い影に気付いて声を張り上げた。
「撃ち方やめ!! ……やめろと言ったのが聞こえんのか!!」
兵士達に罵声を飛ばし、隊長は双眼鏡で硝煙の先を覗く。フランス軍からの射撃も、いつの間にか止まっている。
「だ、だれでしょうかね。こんなご時世で、鎧っぽいですけど。」
どこから持ってきたのか、槍の穂先には青い旗を掲げていた。金糸で刺繍された無数の百合が、僅かに届く日光で煌めく。
「なんじゃあの中世染みた旗は……。」
軸である槍が地面に突き立つと、今まで微塵も吹かなかった風がどこからともなく煙と雲を一掃した。顔を出した太陽は鎧を照らす。彼の背後にいるフランス兵から見れば、その頭上には光輪が見えた事であろう。天使を思わせる金髪はそよ風に靡き、海を思わせる青い瞳は爛々と輝いていた。
「ねえ君、ナイフ持ってる?」
すぐ後ろで銃を抱えていた兵士に手を差し出して、彼はにこりと笑う。兵士はその澄んだ瞳を見て、今までの罪悪感も塞ぎ込んだ気持ちも全て吹き飛んだようだった。
「は、はい……こんな汚ねぇので良ければ。」
差し出されたナイフを受け取ると、彼は少しも嫌な表情もせずに、むしろ一層微笑む。
「ありがとう。」
彼はドイツ兵に向かって仁王立ちした。そして今まで伸ばしていた美しい金髪をその手で掴み、いつの日かしたように、受け取ったナイフでばっさりと切り落としてしまった。長い髪を見せつけて、金髪を握る腕を広げる。
「私はここに戻ってきた! 祖国フランスに!!」
耳が痛くなるような静寂は、その凛とした声をよく通した。風が、離れたドイツ兵にもその声を届ける。
「長い時の隔たりを超えて、しかし私は有象無象のフランスの戦士、兵士諸君と常にともにある!」
長い金糸のふさが、弧を描いて地面に落ちた。しかし、まるで目の前で奇跡が起きたように、その青年が奇跡の擬人化とでもいうかのように、兵士達は目の前に立つ聖女の顔を永遠と見上げたままである。
「神に愛された母国フランスの兵士達よ! 剣を、銃を、武器を取れ!! 私は今再び、フランスの為にこの槍を取ってともに戦おうぞ!!」
軍旗が翻った刹那、大地を揺るがす雄叫びが荒廃とした大地に響き渡った。
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