神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 5-14

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 戦況報告を聞き終えると、バスカヴィルはティーカップに残った紅茶を飲み干した。

「失礼します。」

 ノックとともにロベルトが入ってくると、バスカヴィルは立ち上がる。

「なんだい。」

「来客です。」

 だれとは言わずに、ロベルトは半歩後ろに下がった。紫色のマントを引きずって、一人の男が執務室に入ってくる。

「レイモンド……。今お前に構っている暇は——」

「私もお前なんぞに手を焼かされて面倒だったぞ。だが今日でそれも終わりだ。」

 マントの中に隠し持っていたロングソードをすらりと抜いて、レイモンドはそれを振りかざした。いつもであれば簡単に退けられる筈が、バスカヴィルは身を引こうとして自らの足元が凍り付いているのに気付く。為す術もなく、バスカヴィルの左胸に剣が貫通した。

「さてさて、嘘に塗りたくられた生活はそろそろおしまいだ。我々はいなければならん場所に戻り、しなければいけない事をしなくてはならない。」

 ギラギラと光る青い瞳は、バスカヴィルが床に崩れ落ちていく様を見送るとロベルトへ言った。

「支度をしろ。」

 戸口の前に立っていたロベルトは、影のようにその場から消え去る。最後に残されたのは、バスカヴィルの死体だけであった。

 * * *

 フランスとドイツの戦況は、ある程度の膠着状態から若干の改善が見られ始めていた。エドワードが前線に立ってから、フランス軍は徐々に前線を進め、現在はドイツの国境を既に超えている。アルチュールの見立てでは、ベルリン、もしくは他の主要都市を落とすところまで行けばナチスは降伏する筈であった。

「聖女様、なにか建物が見えます!」

 とある村を攻略して、エドワードは兵士達と主に住民達を探していた。建物が見える、と言われてエドワードは一瞬先に進むのが怖くなった。強制収容所の話は嫌という程読んでいたからである。

「どんな建物?」

「なにか……別荘みたいで。」

 兵士の後ろに立つと、確かに質素な、しかし人が住んでいるらしき建物があった。しかし、その屋敷から出てくる物々しい雰囲気は拭えない。

「聖女様、どうしますか。突撃しますか。」

「いや、俺一人で行ってくるよ。そんなに危なくなさそうだし。みんなは村の探索を続けてきて。」

 兵士の肩を叩いて、彼は物々しい別荘に向けて歩き出した。刻一刻と、その別荘の大きさが明らかになってくる。別荘というよりは少しこじんまりとしていた。

(なんなんだろう、ここ。)

 ふと話し声が聞こえて、エドワードは慌てて外壁に張り付いた。

「レイはここにいるんだな。」

「僕が嘘をつくとでも。」

 金属音が軽快な音を立てる。聞き覚えのある声に、エドワードは身を硬くした。紛う事なき、ジークフリートとヨハンの声だ。

「お前に嘘ついたってなんのいい事もない。こっちは仕事があるんだ。さっさと行ってくれ。」

 足音が遠ざかると、エドワードはゆっくりと息を吐き出す。



「裏口はこっち。殺すなら全員殺す事。異論は?」

「ねぇわ。」

 別荘の屋上で、アーサーとニコライはジークフリートとヨハンの行方を見守った。

「まさか最前線フランス軍と鉢合わせるとはな。」

 ニコライに合図して、アーサーは裏口にダイブする。両脇にいたSS隊員二人を殺害し、同時にニコライが裏口を蹴破った。よそに連絡が行く前にブレーカーを全て切り落とす。近くで無線機を握ろうとしたSS隊員の喉笛を悉く切り裂き、無線機の電源を全て切って叩き壊した。二人は血浸しになった床を見る。

「地下の送電線が別。」

「行くぞ。」

 コートを翻して、二人は隊員達の息の根が止まっている事をしっかりと確認してから地下への階段を降りる。アーサーは壁に身を寄せて忍び足で一段ずつ、その間にニコライは階段を飛び降りた。

「だれ——」

 看守長の声は途中で命とともに絶えた。ブレーカーが破壊される電気音が響いて、一瞬停電が起きる。

「アーサー。」

「分かってるって。」

 真っ暗闇の中で発砲音が響く。ニコライが電球の電気のみを繋げる中、アーサーは銃弾の音が響いた方へ一目散で走っていく。ヨーロッパ人の色素の薄い瞳は光を集めやすい。事さらアーサーのアイスブルーの目は。彼にしてみれば、無差別に発される銃弾と看守達の姿など丸見えであった。

「点いた。」

 部屋の明かりだけが元に戻ると、地下牢の敵は一掃されている。

「入口だけか。」

 看守の数を数えて、ニコライは頷く。

「ここは広いけど、入口はこれ一個だけだから。」

 ナイフを仕舞って、アーサーは右手の方向の入口を差した。

「片っ端からレイを探すぞ。」

 もしもの為に、二人は投獄されているはずのレイを手早く探す為に走り出した。



 硬いベッドの上でゆっくりと目を開けた。牢の内側に影が落ちているのに気付いて、上体を起こす。

「……レイ。」

 鉄格子を握って、その声はあまりに悲しそうであった。立ち上がって冷たい鉄の遮りに駆け寄る。

「ジーク……来てくれてたのか。」

 もっとよく顔を見たくて、レイは制帽をゆっくりと脱がせた。

「ちゃんと食べれてるか?」

「この粗末な牢には合わない程絶品なご飯貰ってるよ。……そんな事よりジークフリートは?ちゃんと寝れてるか?凄く疲れた顔だ。」

 逆光で表情はあまり見えなかった。しかし、頬はすっかり湿っていて、瞳に潤いはない。

「すまない、レイ。僕があっちに行ったばかりに、お前にこんな面倒な事を……許してくれ。傷つける気は毛頭——」

 謝罪と後悔を募らせるジークフリートの唇を、レイは格子越しにそっと塞いだ。そのキスは今までのものよりなにより優しく、なによりも慈愛に満ちていた。

「もう傷つけたくない。」

「大丈夫だジーク。もう傷つかない。いや……最初から、傷ついてない。」

 鉄の数センチが惜しかった。格子の間から腕を通し、ジークフリートはレイを抱き締めた。その時間は実際の時間の何倍にも感じられた。二人の人生の中で、最も安らげた時間の一つであった。



 突如停電が起きて、レイの体が跳ねる。

「なんだ……?」

 銃声と断末魔が聞こえると、レイは身を硬くした。ジークフリートはレイを離す。そして音が聞こえた方に顔を向けた。

「大丈夫だ、行ってくる。」

 制帽を被り直して、ジークフリートはレイの牢を後にした。

 先程の入り口に戻ってきて、ニコライはアーサーの肩を掴んだ。

「外にいたエドワードと、ヨハンがどこにいるか気になる。」

 階段を一瞥して、アーサーは頷く。

「探し出して見張っとけ。変な争い事は面倒だ。エドかヨハンが来そうだったら呼んでくれよ。」

 階段を駆け上がるのを見送って、アーサーは振り向いた。音もなく、そこにはジークフリートが立っている。

「おぉっとジークフリート。死にたくなけりゃレイに会わせるんだな?」

 待ってました、と言わんばかりに、アーサーは両手を挙げた。ジークフリートは拳銃を抜いたが、投げたのは鍵だった。

「随分と素直だな。」

 レイの牢獄の鍵だと気付いて、アーサーは眼を細める。

「彼を傷つけたくない。」

「はぁ?傷つけたくなけりゃな! 最初っから寝返らなけりゃ良かったんだよ!!」

 怒声を張り上げるアーサーに、ジークフリートは自嘲気味に笑う。

「そうだな。だからもう僕はレイを傷つけないようにできる方法を見つけた。」

 訝しげに眉をひそめて、そして、アーサーは理解した。しかし、ジークフリートを止めるには、あまりに時間がなかった。止める声は銃声でか掻き消され、掴もうとした手首は向こう側へ離れていく。アーサーの体には一点の血もつかなかった。

「ジーク、フリート……。」

 目の前に倒れたのは、見るも無残なジークフリートの死体。そこらに転がる有象無象と同じ格好の青年。顎から頭蓋を撃ち抜いて、彼は一瞬にして息絶えていた。我に返って、アーサーは血まみれの死体を担ぎ出そうとする。しかし、その目の前を駆け下りてきたニコライが塞ぐ。

「ヨハンが来る。」

 その名前を聞いて、一瞬にして為そうとしていた事を断念した。手袋が血に濡れて、担ごうとしていた体がぬるりと滑り落ちる。

「……分かった。」
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