神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 1-5

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 理恵は、暫くフィリップについている、と言ってフィリップとともに付属大使館を後にした。すっかり茶菓子のなくなった皿とティーカップを洗い流すと、咲口は深々とため息をついた。

「本当、僕らどうすればいいのかな。」

「逆に考えるんです。何もしなくていいんじゃないですか?」

 それなら楽だけど、と咲口は心配そうに微笑んだ。島田史興と衣刀之人は外回りからそろそろ帰ってくる時間であった。

「そういえば、もう一つ疑問があるんだ、佐藤。」

 手を拭きながら、咲口はとても言いにくそうな顔で佐藤に向き直った。

「悠樹部隊で出た内通者。それは、佐藤、君一人だった。なのに、どうして部隊ぐるみで内通者になってるのか、それが不思議でたまらない。」

「そうですね、俺も不思議です。」

 佐藤が前世で死に別れた恋人、牡丹は、中国からのスパイとして嫌疑をかけられ、悠樹部隊によって暗殺された女である。暗殺を命じられた佐藤は、しかし恋仲の牡丹を殺す事はできず、日本国内で逃避行を続け、挙げ句の果てにともに殺されたのである。佐藤はあの時の恋人の死に報いる為に、牡丹のいる帝國側についたのだ。

「ごめんね、佐藤。なんか、こんなところで重たい事言って。」

「別に構わないですよ。謝るべきなのは俺の方です。だって……。」

 前世で佐藤は、その戦闘の果てに咲口と相打ちになった。佐藤もまた、咲口に島田という恋人があったにも関わらず、彼を殺した罪悪感が燻っていたのだ。

「そうだね。でもちょっと嬉しかったんだ。僕、あの時初めて島田を最期まで騙しおおせたから。島田に、まだ申し訳ないとは思うけど。」

 すっかり終業の時間になって、沢山の軍人達が家へ帰っていく中、二人は夕焼けを見ながらソファーに腰を落ち着けた。

「この間聞きました。咲口先輩も俺もいなくなって、他は皆大陸でスパイして命を賭けて。結核でぶっ倒れた師匠を看病して、その最期を看取って、悠樹部隊で終戦を、日本の土の上で迎えたのは島田先輩だけだった。悠樹部隊の皆が裁判にかけられないように、師匠と仲の良かったアルフレッドさんやニコライさん達に死ぬ気で交渉して皆を連合国の諜報機関に逃がすのに必死だったそうです。任を解かれて東京大空襲で焼け野原になった土地で、畑耕しながら子供達の遊び相手になったとか。」

「最後まで自分の信念に生きてくれたなら、僕はもうそれで幸せだよ。」

 咲口も佐藤も、悲惨な末路を辿った自覚はある程度ある。しかし、最も悲惨なのは、戦後の日本を否応無く見せられた島田を思うと、二人の死と別れの苦しみなどほんの一ミリにも満たなかった。

「はぁ、センチメンタルに浸っちゃったけど、僕達は今やるべき事をやらなきゃ。」

「そうですね。取り敢えず、このよく分かんない状況を打破しましょう!」

 重い腰を上げて、二人は仕事鞄を手に執務室を出た。

 * * *

 中佐執務室に立って、フィリップは思い出した。彼の部下に、だれ一人として会っていなかった。長々と眠っていたなら、大体弟が起こしに来るはずである。

「どこ行ってんだあいつ。」

 隊員達の任務ファイルを開くと、一番最新の任務にリリィの名前があった。

『現在、休暇中です、探さないでください。』

 任務の備考欄に書かれた文章を見て、フィリップは口をへの字に曲げた。ご丁寧に滞在先の電話番号も書いてあり、フィリップはここぞとばかりに受話器を取った。しかし。

『現在、この番号は使われておりません。』

「は?」

 半ば憤りを込めた返答を機械音声に返し、フィリップはもう一度掛け直す。しっかりと番号を確認して、押し間違いがなかったのを確認する。

『現在、この番号は——』

「ふざけてんのかテメェ!」

 壊れてもおかしくないほど強く受話器を叩きつけ、フィリップは自らが最も記憶しているロシア支部元帥執務室直通の電話番号を回した。しかし。

『現在、この——』

「俺が間違うわけねぇだろ!!」

 ROZEN用の電話帳を開いてみても、電話番号は一つも更新されていなかった。フィリップが記憶した通り、そのままの番号が書かれている。

(……駄目元だ駄目元。今の指揮権が皇帝にあるってんなら電話帳更新してない事について不平不満ある事ない事言い連ねてやる!)

 一瞬の躊躇とともに、神官庁へ続くダイヤルを回した。ここまできたら直談判である。ROZENを舐めてはいけない事を、神官及び世界の支配者たる皇帝に否が応でも思い知って貰わなければいけなかった。しかし。

『現在——』

「馬鹿野郎! 死に晒せ!」

 幾度となくやったように受話器を叩きつけ、フィリップは額を机にこすりつけた。電話で直談判が無理であれば、あとやる事は一つである。しかし、王宮に入るには中佐という身分は低すぎだ。こうなっては代行いえど元帥を連れていくしかない。運が良い事に、彼は元皇太子という肩書きもあったフィリップは椅子を蹴って立ち上がり、凄まじい速さで最上階まで登りつめた。

「おらレイ! 支度しやがれ! 王宮通しやがれ!」

「……どうした?」

 半分寝ぼけた顔をしたレイは、詰襟を脱いだ白いワイシャツ姿だった。ジークフリートであれば話そうとしていた重要な要件さえ忘れて飛びついていただろう。

「ロシア支部にも神官庁にも電話が通じねぇってどういう事だ! 直談判しに行くぞ! お前も来い!」

 ソファーの背もたれに放り捨ててあったジャケットを無理矢理着せて、さっさと玄関庭園まで降りて馬小屋から馬を拝借し、二人は王宮を目指した。



(……おかしい。)

 橋にさしかかったところで、歩けども歩けども王宮に近付いている気配が一向に感じられなかった。聖ピエトロ大聖堂は、その巨大さからどんなに歩いてもなかなか辿り着くまでに時間がかかる事で有名だが、王宮までの橋はさして長くはない。それは、一度渡ったフィリップが体感した事実である。諦めたようにレイは馬の手綱を引いたが、フィリップは永遠と突き進んだ。もうどのくらいの時間が経ったのかもおかまいなしだった。

「やめておけ。無意味だぞ。」

 すぐ背後から、レイの声は聞こえた。どんなに歩いても、レイから距離が離れる事はなかったのである。ずっと歩いていたのではない、王宮が近付かないのではない。永遠と同じ場所で足踏みをしているだけだったのだ。

「おい、どういう事だよ。どうなってんだこれ……。」

「無意味なんだ、フィリップ。どんなに足掻いたって無意味だ。」

 愕然とした顔で、フィリップはレイを振り返った。そこには、橋にさしかかってから一度も遠のく事のない、帝國の風景があった。
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