神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 1-6

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 ROZENの地下にある、設立からの全ての書類が保管してある書類保管庫に足を運んだ。フィリップだけでは人手は足りない為に、事情を話して先日の四人もまた協力する為にその保管庫に入る。

「一番最新の奴からでいい。洗いざらい調べてくれ、軍の動向とか、内部の奴とか、俺が書いた奴でもなんでもいい。」

 重い段ボール箱をドカドカと机の上に積み上げては積み上げて、四人は椅子に座った。

「久し振りだな、島田、衣刀さんもよく来てくれた。」

「いや、自分達でも助けになれるのなら嬉しい。」

 島田と衣刀と握手を交わして、フィリップは笑った。

「自分も書類整理はよく任されてましたから、お力になれれば。」

 そうして、書類漁りは開始された。逐一報告するのは集中力にも影響が出る為、ある程度まとまった結果が出るまでは永遠と書類の不明点をメモする作業を続けた。そして、数時間後。

「どうだ、咲口。」

 だれもいない事を確認して、ジムの給湯室から紅茶を運んできた理恵を見て、フィリップは漸く口を開いた。

「書類室で紅茶飲んで大丈夫なの?」

「大丈夫よ、レプリカだもの。」

 便利な台詞だな、と全員分の紅茶と果物ゼリーを配って念の為に書類を脇にまとめた。

「まず、書類が一八二○年で止まってる。だからこれまでの七年間の書類が一切ないんだ。ちなみにROZEN元帥のバスカヴィル閣下が死亡した記述の書類もない。」

 フィリップは頷いた。

「あぁおまけに、ヨハンが裏切った後の末路とかジークフリートが死んだ報告書とか、全然出てねぇ。ジークフリートの場合、事故死扱いだろうと俺が提出しなきゃいけねぇはずだ。」

 メモ書きを捲りながら、島田は目を細める。

「おおむね同じ結果だ。地震があった直後、一体なにがあったのか推測もできないほど、一切の書類が見つからない。お前達もそうか?」

「ないですね、全く。」

 衣刀も、佐藤に同意するように頭を振った。フィリップは肘をついて片手の甲を撫でながら眉を寄せた。

(帝國は滅んだ。地震によって。この世界では、でも地震は起きた事にはなってない。戦争が終わったのは一八二五年、これを裏付ける講和条約の文書も休戦条約もない。という事はこの世界は——)

「一旦整理すると、一八二○年に、もし地震がなかったら、帝國はどう続いていたのか? そういう仮定の帝國に、地震で死んだはずの俺達が連れてこられた……?」

 視線の先が、佐藤から理恵に集中する。理恵は心底嬉しそうに微笑んだ。

「ご名答よ。さすが天才ね、佐藤君。」

 照れ隠しに頰をかいて、佐藤は目を伏せた。周りから、ささやかな歓声と拍手が起こる。

「あ、書類関係じゃないんだけど、ちょっと疑問が一つあってね。フィリップがさっき言ってた、電話が繋がらないって奴。今思い出したんだけど、数ヶ月前、僕がロシア地域の日本大使館に電話した時は普通に繋がって人も出たんだよ。」

「はぁ? 今じゃ大使館どころか支部にも繋がらねぇぞ、どうなってんだ?」

 再び、全員の視線が理恵に向けられた。いつも余裕飄々の理恵には珍しく、少し、いやかなり困った表情を浮かべている。

「弱ったわね、そこまで早いのかしら……。」

 彼女の呟きは、全員が理解するところまで至らなかった。

「存在しないのよ、この世界に。既にロシア地域は消滅したわ。帝國直轄領も時間の問題ね。」

「消滅!? 消滅って、え、それは人もろともですか!」

 興奮して思わず腰を上げた佐藤に、理恵は渋い顔で頷く。

「そうよ。この世界は存在してはいけないもの。だから普通は世界的な自浄作用が発動して自動消滅するの。消滅の時間、もっと長いかと思ったのだけど、これは本当に、自然消滅どころか、殺しにきてるわ。フィリップの電話の件でなんとなく察しがついてたけど、貴方達を不要に焦らせたくなかったから今まで黙ってたの、ごめんなさいね。でも本当の事よ?」

「つまり、マジでここはだれかが勝手に作った帝國って事か。」

 察しが早いようでなにより、と理恵は困惑を消し飛ばせるだけ出来るだけの笑顔を作ってみせた。

「どうにかしましょう。これには私も頭をフル回転させるわ。日本軍の皆さんは、できる限りこの本部にいて。最後まで一番安全なのはここだから。フィリップ、貴方もよ。寝る時は仮眠室で。」

「その根拠は?」

 メモを閉じて、島田はそう聞いた。なぜ本部が最も安全なのか。

「根拠ね。えぇあるわ。彼がもし来るとしたら、それはここだからよ。」

 * * *

 時は数日前の事。フィリップがこの世界で目覚めるほんの一日前である。

「まさかあんたの手を借りるとはな。癪に障るがまぁ良しとするか……。」

 黒く重い水底から目を覚ましたかのような怠さに、青年は首や肩を動かしながらぼそぼそと呟いた。青年の顔はよく見えない。黒により近い赤のビロードであつらえたフードマントを目深に被っていて、最も特徴的なのは、男であるにも関わらずの唇はまるでルージュを塗ったように赤かった。

「ところで精神だけでやってきて大丈夫なのか?魂は置いてきちゃったから今更だが。」

 隣にふわりと降り立ったのは、テイラーで仕立てたブリティッシュスーツを着こなす男だった。かつてその肉体はベルニーニの彫像の如きと、そしてその容姿はアフロディーテの如きと謳われた。

「大丈夫だよ。安定には安定を。不安定には不安定を。こんな場所で精神も魂も持ってきたらたまったものではないからね。」

「あーそうですかはいはい。」

 高説が始まるのをまず止めて、青年は馴染み深い市場を歩き始めた。

「さて。恥を忍んでこんな奴に手を借りて、来るには来たがどうしたもんかな。理恵は仕事についてるだろうが、あいつらに接触するのはハードルが高すぎる。」

「既に私が来てる時点で張本人に勘付かれてるのでは?」

 青年は唸った。程よく日に焼けた指が自らの唇に触れる。

「ここにいるレプリカ共の目、耳、鼻、その全てがあいつのそれと同様と考えていいだろうな。この世界は丸々あいつが作り出した監視世界。自分で言っててなんだがディストピアだな。」

 少し人の少ない広場で足を止めて、青年は先程まで歩いていた市場に目を向ける。青年は疑問に思った。その定義は間違ってはいないが、彼らは全く、こちらに並並ならぬ興味関心を向ける事はない。

「零。レプリカとはいうけれどそこまで作り込んだレプリカではないよ。彼らは全て、固有の人格を持っているから、普段通りの生活をしてる。人格を破壊するまで、あの男はどうやら人々に侵食していないみたいだね。」

「それは、俺が思ってるより希望があるって事でいいか?」

 勿論、と男は微笑んだ。零と呼ばれた青年は、その微笑みを見て鼻を鳴らした。

「あんたがそこまで協力してくれるとは思ってなかった。義理とはいえ、あの世界があいつにとって意味のなかった時間とはいえ、あいつの父親じゃなかったのか?」

 男はクスクスと笑った。

「そんな時代もあったね。しかし、零。これだけは覚えておきなさい。今の私は元帥でもなんでもない。お前が調査を仕向けた稀代の大魔術師である事を忘れてはいけないよ。それに——」

「あれの中身が俺だったって?あぁそうだな。だがあの時のあんたが[ルシファー]の肉体を借りてた事もちゃんと覚えておくんだな。敵だ。来るぞ。」

 男が腰に佩いていた太刀を抜くや否や、その刃から金属音が発された。白い長髪が目の前に散らばった。

「な……バスカヴィル!?」

「覚えてくれていて嬉しいよ、ガウェイン。でもお前はお勤めに来たんじゃないのかい?」

 軽々とガウェインの剣を弾き返し、ガウェインは広場の中央まで後退する。

「なぜお前がここに!? お前は既に[ルシファー]に肉体を返上したはずでは——」

「買い被りはやめてもらおうか。残念ながら私はお前の知っている私ではない。ガウェイン支部元帥なんて精神は捨てて、殺しにきたのならば殺しにきなさい。」

 歯を噛み締めて、ガウェインは瞠目した瞳にバスカヴィルを写し続けた。

「来ないのかい?では、私から行こう。」

 バスカヴィルは地を蹴った。その速さはガウェインでさえ捉え切る事は出来ない。刀が無数の斬撃を繰り出したが、ガウェインは辛うじてそれを剣で防いだ。手のひらが剣の振動で痺れる。

「[天使]、[メタトロン]だ。あいつの直属の配下だから殺すなよ。」

「そう言われてしまうと殺せないね。」

 零の眼前に一瞬戻り、また刀を構え直して地を蹴る。バスカヴィルの持つ太刀の剣先は、確かにガウェインの左胸をやすやすと突き抜けた。

「頭真っ白だ。行くぞ!」

 素早く刀を抜いて、身を翻して市場に駆けていく零の背中を追う。ガウェインの左胸には、一切の傷も入っていなかった。

「なんだ、あれは……。」

 広場に一人残されたガウェインは、先程まで二つの人影が立っていた場所を、開ききった目で見つめていた。
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