神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 1-7

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「ガウェインを放ってくるとは思わなかった。せめてゴーレムなら良かったんだが……。」

「相手も焦っているね。」

 すっかり埃のかぶった、ROZEN元帥が使う屋敷に踏み込む。どうやら、元帥代行になってからこの家は一度も使われていないらしい。バスカヴィルでさえ、息子が軍に勤めてからは小ざっぱりとした普通の家を住居としていたのだ。

「まさか俺が来るとは思わなかったんだろ。あんたも。」

 台所やトイレ、バスルーム、寝室など、生活に必要な部屋の機能を確かめると、バスカヴィルは早速台所で帰りにゆうゆうと買ってきた食材を出し始めた。

「彼は私が何者かまだ分かっていないようだ。」

「分かるわけねぇだろ。俺だって大して分かってないのに。」

 会話は途切れた。旧型だが故障はしていないラジオをリビングルームから引っ張り出して、零は厨房の隅っこでメモを片手にそれを聴き始めた。

「一八二七、四月十四日。第九セフィラが、帝國が崩壊して七年か。」

「ラジオなんて聴いてどうするんだい?」

 ジャガイモをスルスルと剥いていくバスカヴィルは、万年筆が紙の上を滑る音を聴きながら隅に陣取る零に尋ねた。

「どちらにせよ、[人間]が転生を続ける限り帝國はなくちゃならない。今でさえショートカットしてるけどあれは転生に必要なシステムの一環だ。で、復興する時に、空白となった数十年の時代を、どう辻褄を合わせるか、っていうね。なになに?戦争が終わったのは三四年で……。」

 ラジオが流れている間、着々と夕食作りが進んで、零がメモを取り終えた頃にはすっかりポトフが完成していた。

「あー美味そうな匂い。腹減った。」

「ほら、ダイニングルームに行きなさい。そこではこぼすよ。」

 言われるがままに椅子から降りて、零はバスカヴィルを追い抜いてダイニングルームの席に着いた。所々蜘蛛が巣食っているが、贅沢を言っている場合ではない。運ばれた熱々のポトフを頬張って、零は束の間の平和を味わった。

 * * *

 邸宅の電話線が仕事をしている事に驚きつつ、零は覚えている限りの、直轄領外部への電話番号をかけた。

「あーだめだな。こりゃだめだ。繋がらん。」

 メモの電話番号に全て横線を引いて、零は受話器を戻した。支度を終えたバスカヴィルが扉から頭を出すと、零も立ち上がってビロードのフードマントを羽織る。

「あそこ行くぞあそこ。俺の庭だ。徒歩じゃ長いが。」

「そう言うと思って、車を直しておいたよ。」

 どこから発掘したのか、いや彼の記憶力では発掘をする必要もないのだろうが、バスカヴィルは零に車のキーを見せつけて微笑む。よくやった、とばかりに零は親指を立てた。



 車を止めて扉を開ければ、そこには野原が広がっていた。春のお陰で花びらが風に舞い上がり、幻想的な風景を作り出していた。

「おーすげぇすげぇ。ボロッボロじゃんか。」

 野原の崖の向こうには、広大な大河を境にロシア特有のツンドラ地帯が広がっているはずだったが、最早見る影もなかった。土地という土地はまるでただの土塊のように崩れ、遠目には見えずとも今現在崩壊を進めているのだろう。

「あと何日で消えると思う?」

「もって二週間、早くて一週間、というところかな。どちらにせよ時間はあまりないよ。どうするつもりだい?」

 木々が倒れて落ちていくのを見ながら、零は顎に触れた。

「殴り倒してここからの脱出方法を聞いてみたいが、恐らくこれだけの穴だらけの世界システムじゃ脱出方法なんて逆にない。つー事はやる事は一つだ。あんたがやったみたいに世界の殻に風穴ぶちあけて脱出するないが……。俺に出来ればなぁ。」

 零は振り返った。空高く聳える漆黒の塔二つ。ROZENの本部である。その間に忽然と立っていたバスカヴィルは、不敵に微笑んだ。

「手を貸してあげようか?」

 * * *

 暫く寝る、と言って数日、零が起きるのは三度の食事のみであった。ダイニングルームに最も近い寝室で、バスカヴィルが食事に呼ぶまで深い眠りについていた。端的に見れば無職のような生活である。しかし、零にとって、それが今行える最大限の努力であった。

「あら、そうなの?……そうね、どんなにロジカルに考えても、この世界の外殻を破って外に出るなんて無理だもの。それならこの帝國の仕掛けを作り変えることから始めないと。今の零が力を溜めて漸く出来るか出来ないかの芸当よ。それが貴方に出来るの?」

 零の状況を伝えられて、理恵はバスカヴィルの作ったマカロンを一口で頬張りながら言った。理恵の言葉はバスカヴィルには若干理解し難かった。

「君達の考える事は難しいね。」

「難しく言ってるもの。要は上の命令に下は逆らえない。」

 もう一つピンク色のマカロンを口に入れて、理恵はにっこりと微笑んだ。

「貴方、理解出来ないんじゃなくて、理解し難いってだけなのね。言っている事は分かっても、それを実感する事はできないってところかしら。」

 味気のない新聞を読みながら、バスカヴィルは、さてね、と呟いた。

「ところで、君は助けに入らないのかい?力を貸すくらいはできそうなのに。」

「えぇ。私が命じられたのは内部潜入だけ。ここからあの五人を脱出させる事は仕事に入ってないわ。つまり、零は私の助けは要らないと言ってるのよ。ここに寄ったのも、帰り道の途中。」

 漸く立ち上がった理恵は、椅子を机に収めて首を傾げた。

「ごめんなさいね。彼の子守みたいな事、私がするべきなのに。もう出る幕もない貴方にやらせてしまって。」

 帰るのか、と新聞を置いて、しかしバスカヴィルの顔に笑顔はなかった。

「皮肉かい?私が喜んで引き受けたのを知ってそうな口振りだね。」

 すっかり短くなったシガレットを灰皿に押しつけて、バスカヴィルは憮然とした態度で目の前に立つ女子を見上げた。星空のようなキラキラとした青い瞳が、ニコリと微笑む。

「[人間]に彼の相手は余りあるわ。」

 * * *
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