神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 1-13

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 神殿の外に出れば、すっかりと日が傾いていた。ジャンもフィリップも、肉体的疲労はないが精神的な疲労は嵩んでいて、とりあえず帰る前に、と神殿前のベンチに座り込んだ。

「なぁ、レイさ。」

「言いたい事は山ほどあるんだろうけど。今は僕も疲れてるからまた今度ね。」

 ニコライ二世は迎えの電話を入れる為に場を離れていていなかった。フィリップは鼻から深々と息を吐いて、もう一度アルフレッドに向かって乗り出した。

「じゃあこいつだけ答えてくれ。お前らが頑なにヨハンのことをリチャードと呼ぶのは何なんだ。レイが俺達の知ってるレイとなんか違うのと、もしかして関連があんのか?」

 缶コーヒーを口元に運んでいたアルフレッドは、その手を止めた。明後日の方向に体を向けて、暫く唸っていた。

「関連性はあるけど、同じパターンじゃないよ。ヨハン、本来はリチャード一世なんだ。それをはヨハンという人格で自らを偽装していた。」

「何で?偽装する必要が?」

 追ってきた質問に、アルフレッドはなにも答えなかった。フィリップは肩を竦めてベンチに身を投げ出す。

「……そっか。アルもニコライも、ヨハンが最初からいないのを知ってたから、リチャードってずっと呼び続けてたんだね。」

 隣に座っていたジャンの蚊の鳴くような声は、すっかりと静まった神殿前の広場ではよく聞こえた。

「俺、ずっと、ヨハンがナチに寝返ったの怒ってて、だからずっとコードネーム呼んでるのかと思ってた。でも、違ったんだ。」

「ジャン……。」

 ジャンに視線をやって、アルフレッドは酷く申し訳なさそうな声で名前を呼んだ。

「ごめん、俺、なにも知らないのに……。右も左も分かんないのに……。勝手に疑って……。」

「ジャンはそういう仕事してきたから。」

 通話を終えて帰ってきたニコライ二世の言葉が、ジャンの頭の上から降りかかる。涙に濡れた顔で、ジャンはニコライ二世を見上げた。

「だれもジャンを責めない。仕方がないから。」

 ほんの短いその言葉は、ジャンのずっと張り巡らせていた緊張の糸を緩ませるのに十分だった。疲れたようにジャンが微笑むと、ニコライ二世もまた、珍しく頰の緊張を解いて薄く笑った。



「僕とニッキーは他にやることがあるからまだ暫く動いてるけど、二人は先に休んでてね。」

 そう言ってアルフレッドがジャンとフィリップを見送った後、残った二人はエデンの園のベンチに腰をかけていた。

「ジャンとフィリップのおかげで元に戻りかけてる。」

「あの二人が戻ってきても、リチャードも彼がいなければほんの時間稼ぎにしかならない。世界の三半規管は狂ったまま。なるべくいない時間を引き伸ばしてるけど、それもいつまで持つか……。」

 ニコライ二世は青々と茂る大木の葉を見上げた。

「逆、二人が戻ってこれなければ、リチャードも彼もきっと戻ってこれない。それは、今までの長い時間が証明してくれた。」

 生き生きとした深緑を、アルフレッドもまた見上げた。聖戦の始まりに立ち会い、今までの全ての事象をその瞳に捉えてきた樹だった。

「彼が戻って来た時、ROZENにいた皆揃っていなければ。」

 静かなニコライ二世の声は、強い決意に満ちていた。

「……ひとまず、僕達の当面の目標は、あいつに好き勝手させない事だね。」

「そうは言うけど。一体どうするつもり?今はレイが最高神。この世界にいるだれも彼に逆らえない。」

 頭上を見上げて話していた三人に、その影は見えなかった。しかし、彼女の黒はこの緑の世界にも非常に映えていて、誰の目にも止まるほど場違いな女子だった。

「えぇ、まぁそうね。でも、彼の命令に逆らわない範囲でやるのが策士というものよ?」

 皮肉めいた女子の声は、二人の視点を集中させるのに十分だった。赤いアクセントの入った真っ黒いセーラー服、黒いタイツ、黒い革靴。真っ直ぐに切り揃えられた漆黒の髪は冬のそよ風に美しくなびく。

「君は——」

「手短に告げるわお二人とも。時計を戻しなさい。彼が求めるのは、人類が生み出した二つ目の大きな戦争。そこで全て、元通りになるわ。」

 その名前を呼ぶ間もなく、女子はにっこりと笑って風とともに黒い霧となって霧散していった。

「どうする?」

 突然の提案に呆然とした後、一番最初に口を開いたのはアルフレッドだった。まるで今まで時が止まっていたかのように動きを止めていた周囲の動物が、再び活動を始める。

「ニッキー、時計を頼んでもいいかな?僕はすぐに動けるように待機してるよ。」

 小さく囁いたアルフレッドに、ニコライ二世は確かに頷いた。

 * * *

 [天使]達が慌てる声を聞きながら、ニコライ二世はするりと天井裏から神殿の外へ抜け出した。

『上手くいった?』

「頃合い。私達も第十セフィラに戻る。」

 アルフレッドとの会話を終わらせ、ニコライ二世はまっすぐ前を見つめた。白馬に乗った[天使]の一人が、風を切ってやってくる。

「[ウリエル]。どうかした?」

 帝國ではロビンの補佐を勤めていたランスロットは、慌てて下馬して二人に会釈をする。

「えぇ、第十セフィラの時間が突然巻き戻ったのです。凄まじい速さだったので、巡回していた私でも連絡なしですぐに分かりました。ニコライ陛下はどうされますか?」

 ニコライ二世はポーカーフェイスのままランスロットへ聞き返す。

「巻き戻った?いつに?」

「えぇ、一九三三年の一月一日です。」
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